洗濯板に捧げ銃〈1〉 「ミス・リリー」の誕生

ためにやって来た女教師。ボクらは彼女を
「ミス・リリー」と呼んだ——。
マリアたちへ 第20話
洗濯板に捧げ銃 第16章
ボクらは、彼女を「ミス・リリー」と呼んでいた。
ほんとの名前は「中尾百合」という。
別に、名前が「百合」だから、「リリー」と呼んだわけではない。
「谷間に咲くユリ」のようにひっそりと存在を主張する姿が、リリーのように気高く、清楚であったところから、いつの間にか、そう呼ぶようになった。
男子校であったボクたちの学校には、教科を担当する女性教師がいなかった。
たったひとりの例外が、音楽を担当する「ミス・リリー」こと中尾百合だった。
受験校でもあったボクたちの学校では、「音楽」や「美術」や「倫理」は、必須ではなかった。希望者は受講できるが、受けなくても成績には関係がない。大学受験にもまったく関係のない科目だったので、月に2回開講される音楽の授業を受ける生徒は、多くても20名程度しかいなかった。
しかし、ボクたちの感じ方は、少し違った。
ヘェ、20名も集まるんや。
ボクらは、集まった人数が想像した以上に多かったことに驚いたのだった。

ミス・リリーの音楽の授業は、楽しかった。
カリキュラムのようなものはほとんどなく、中尾先生は、自分のお気に入りのクラシックの名盤を持ち込んで聴かせながら、その曲にまつわる自分の思い出を語ってくれたり、ときには、当時、流行り始めていたビートルズの譜面を持ち込んで、ピアノで伴奏しながら、ボクたちに歌わせてくれたりもした。
受験に必要のない情操教育などは、まったくと言っていいほど行わない学校だったので、そうしてミス・リリーと過ごす音楽の時間は、味気ない受験勉強に没頭しなければならないボクたちにとって、束の間の愉しみのひとつになっていた。
ボクたちが、中尾先生の授業を愉しみにする理由は、もうひとつあった。
ミス・リリーは、おそらくその頃、26か27ぐらいだったろうと思う。ボクたちにとっては、親しく言葉を交わすことのできる、唯一の「おとなの女性」だったが、しかし、ものすごく「おとな」というのでもない。その全身が漂わせる雰囲気は、大学を出たばかりの「お姉さん」という感じだった。
生意気盛りな15~18歳の思春期のボクたちにとって、そんな若い女性教師は、「からかい」の対象でもあった。
ほんとの名前は「中尾百合」という。
別に、名前が「百合」だから、「リリー」と呼んだわけではない。
「谷間に咲くユリ」のようにひっそりと存在を主張する姿が、リリーのように気高く、清楚であったところから、いつの間にか、そう呼ぶようになった。
男子校であったボクたちの学校には、教科を担当する女性教師がいなかった。
たったひとりの例外が、音楽を担当する「ミス・リリー」こと中尾百合だった。
受験校でもあったボクたちの学校では、「音楽」や「美術」や「倫理」は、必須ではなかった。希望者は受講できるが、受けなくても成績には関係がない。大学受験にもまったく関係のない科目だったので、月に2回開講される音楽の授業を受ける生徒は、多くても20名程度しかいなかった。
しかし、ボクたちの感じ方は、少し違った。
ヘェ、20名も集まるんや。
ボクらは、集まった人数が想像した以上に多かったことに驚いたのだった。

ミス・リリーの音楽の授業は、楽しかった。
カリキュラムのようなものはほとんどなく、中尾先生は、自分のお気に入りのクラシックの名盤を持ち込んで聴かせながら、その曲にまつわる自分の思い出を語ってくれたり、ときには、当時、流行り始めていたビートルズの譜面を持ち込んで、ピアノで伴奏しながら、ボクたちに歌わせてくれたりもした。
受験に必要のない情操教育などは、まったくと言っていいほど行わない学校だったので、そうしてミス・リリーと過ごす音楽の時間は、味気ない受験勉強に没頭しなければならないボクたちにとって、束の間の愉しみのひとつになっていた。
ボクたちが、中尾先生の授業を愉しみにする理由は、もうひとつあった。
ミス・リリーは、おそらくその頃、26か27ぐらいだったろうと思う。ボクたちにとっては、親しく言葉を交わすことのできる、唯一の「おとなの女性」だったが、しかし、ものすごく「おとな」というのでもない。その全身が漂わせる雰囲気は、大学を出たばかりの「お姉さん」という感じだった。
生意気盛りな15~18歳の思春期のボクたちにとって、そんな若い女性教師は、「からかい」の対象でもあった。

ボクらは、よく、先生の授業を質問攻めにした。
「先生は、音楽大学を出とん?」
「一応ね、出とるんよ」
「プロの演奏家とかになる気はなかったん?」
「そこまでの力はつけられんかったんよ。ほやけど、こうして教壇に立って、みんなに音楽教えてられるやろ。それだけでも、幸せなことやと思うとるんよ」
「ほんまかいな」とからかうやつもいたが、中尾先生は、そんなからかいを軽口でいなすでもなく、ムキになって反発するでもなく、みんなを諭すように、マジメに言うのだった。
「みなさんにとっては、音楽なんて、受験には何の役にも立たない授業かもしれません。でもね、先生は思うんよ。受験には関係なくても、多感な10代に耳にした音楽や、その音楽が伝えようとしてくれた情感や思想は、きっといつか、あなたたちの人生の財産のひとつになってくれるんやないか――って」
そうしてまともな答えを返してくる若い女教師を、ボクらは「堅いのォ」と思いながらも、どこか「かわいい」と感じたし、敬愛すべき存在として憧憬の対象ともした。
しかし、受講する生徒の中には、底意地のわるいのもいた。
「先生、結婚しとらんの?」
「恋人とかおらんの?」
そんな質問をするのは、たいていは、村上や亀山だった。
ほとんどが東京や京都の国立一期校を第一志望に上げるボクたちの学校には珍しく、早稲田や慶応を第一志望にする、どちらかと言うと、落ちこぼれグループに属する連中だった。
リリーは、そういう質問を受けると、少し困ったように天井を見上げ、「フゥ―」と息を吐いて、耳の横に垂れ下がった髪をかき揚げた。
「イッツ・ノット・フォー・ミーやね」
「なんや、それ?」とボクらは顔を見合わせたが、村上たちは、どこからか、その意味を聞き出してきた。
⇒続きを読む
筆者の最新実用エッセイ! キンドル(アマゾン)から発売中です!

「好きです」「愛してます」――そのひと言がスラッと口にできたら、この世の恋する男性や女性の心は、ずいぶんとラクになることでしょう。しかし、なかなか言えないんですね、このひと言が。勇気がなくて口にできない。自分は口ベタだからとためらってしまう。
そんな人たちに、「これなら言えるんじゃないか」とすすめるのが、「愛」と言わずに「愛」を伝える「メタメッセージ」の技術。あなたの恋愛の参考書として、お役立てください。
2019年11月発売 定価:600円 発行/虹BOOKS
「好き」を伝える技術: あなたの恋のメタメッセージ・テク (実用エッセイ)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
〈1〉 〈2〉 〈3〉






【1】妻は、おふたり様にひとりずつ
2016年3月発売 定価/342円
【2】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価122円
【3】チャボのラブレター
2014年10月発売 定価/122円
そんな人たちに、「これなら言えるんじゃないか」とすすめるのが、「愛」と言わずに「愛」を伝える「メタメッセージ」の技術。あなたの恋愛の参考書として、お役立てください。
2019年11月発売 定価:600円 発行/虹BOOKS
「好き」を伝える技術: あなたの恋のメタメッセージ・テク (実用エッセイ)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
〈1〉 〈2〉 〈3〉
2016年3月発売 定価/342円
【2】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価122円
【3】チャボのラブレター
2014年10月発売 定価/122円

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



→この小説の目次に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 洗濯板に捧げ銃〈2〉 美しき身代わり (2020/03/17)
- 洗濯板に捧げ銃〈1〉 「ミス・リリー」の誕生 (2020/03/11)
- ピンちゃん〈終章〉 ボクたちのファイナル (2020/03/05)