ピンちゃん〈終章〉 ボクたちのファイナル

と、ピンちゃんは言う。その最後の舞を、
ボクたちは目に焼き付けた。そして、
ボクたちのファイナルがやって来た——。
連載 ピンちゃん 終章

前回から読みたい方は、⇒こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた。コンちゃんたちは、「ピンちゃん、長尾にやられたらしい」と言う。怒りに体が震えた。そんな中、やってきた弁論大会当日、ボクはその日の弁論を、「ピンちゃんの勇気に捧げよう」と決意した。最後の1枚半、1分間分の原稿にさしかかったとき、ボクの頭に突然、用意した原稿とは別のフレーズが浮かんだ。急遽、差し替えた原稿に、担任は苦い顔をしたが、結局は、そこが評価されて、ボクの弁論は金賞に選ばれた。その大会の会場には、ピンちゃんも来ていたが、金賞を祝福する輪の中に、彼女の姿はなかった。弁論の内容に傷ついて、姿を消したか? 心配しながら帰り支度をしていると、自転車の前カゴに、ドスンとだれかが荷物を放り込んできた。ピンちゃんだった。ボクが自転車を引き出すと、「乗せて」と荷台にまたがって、手を腰に回してくる。だれかに見られたら大変だと思いながら、ボクは、彼女の体温を背中に感じながら、農道を走った。翌週、金賞の弁論を、校内放送で再演することになった。その原稿を放送すれば、ピンちゃんに危害が及ぶかもしれない。原稿を変えなくちゃと言うボクに、ピンちゃんが言うのだった、「一字一句変えずに放送して」と。放送が流された数日後のホームルームで、その事件は報告された。ピンちゃんの手袋が、なんと、男子トイレで発見されたと言うのだ。ピンちゃんは。長尾に男子トイレに連れ込まれ、いやらしいことをされそうになった。つかまれた手をふりほどくとき、手袋が脱げ落ちたというのだ。そのピンちゃんが、「家でクリスマス会をやるけど、来ませんか?」と言う。その会には、大北も幸恵も参加して、ピンちゃんのピアノでクリスマスソングを歌ったりした。楽しいひと時を過ごしてピンちゃん宅を出たボクは、帰り道、突然、黒い影に襲われた。いきなりの襲撃にボクは口の中を切り、血を流した。すぐ、冬休みになった。やがてボクたちには、別れの季節がやって来る。卒業まで1週間と迫ったある日、コンちゃんが教室に駆け込んできた。「ピンちゃんが、長尾たちに連れていかれた」というのだ。ボクたちは、コンちゃんに大北を呼びに行かせ、体育倉庫に急いだ。大北とボクと笠ブーとコンちゃん、4人で扉に体当たりを食らわせて扉をこじ開けて飛び込むと、真っ先に長尾が向かってきた。ボクは、その腹に渾身の蹴りを食らわせた。そして、ボクたちは、ピンちゃんを救出した。やがて卒業式がやって来る。その前日、ピンちゃんが言い出した。「この平均台で、最後にもう一度、練習しておきたい」。ボクたちは、鶴の最後の美しい演技を目に焼き付けた――
翌日、ボクたちは卒業証書を受け取り、N中学に別れを告げた。
各クラスに分かれての茶話会が終わると、ボクたち4人は裏門に集合して、ピンちゃんを自宅の前まで送った。
最後の任務を終えたボクたちに、ピンちゃんは「ありがとう」と微笑みかけ、それから、ひとりずつに手を差し伸べた。
「ありがとう」と「さようなら」の握手だったが、ちょっとだけうれしいプレゼントがあった。
握手しながら、ピンちゃんは、ひとりひとりと頬と頬をすり寄せてくれた。
その時間が、ボクのときだけ、ちょっぴり長かったような気がした。
気のせいかもしれなかったが、たぶん、気のせいに違いないが……ほんの1秒か2秒だけ、長いように感じられた。
その長い、チーク・トゥ・チークの間に、ピンちゃんがボクの胸のポケットに滑り込ませたものがあった。
小さな紙切れのようなものだったが、その場で確認するわけにはいかなかった。
あとで、コンちゃんたちに言われた。
「秋吉クンのときだけ、ちょっと長かったのぉ」
「おお、長かったねゃ。ありゃ、えこひいきぞな」
やっぱり長かったんだ――と思うと、無性にうれしくなって、ボクはコンちゃんたちと別れた帰り道、そっと、胸に差し込まれた紙切れを開いてみた。
それは、薄紅色の便箋にしたためた、ピンちゃんからのメッセージだった。
各クラスに分かれての茶話会が終わると、ボクたち4人は裏門に集合して、ピンちゃんを自宅の前まで送った。
最後の任務を終えたボクたちに、ピンちゃんは「ありがとう」と微笑みかけ、それから、ひとりずつに手を差し伸べた。
「ありがとう」と「さようなら」の握手だったが、ちょっとだけうれしいプレゼントがあった。
握手しながら、ピンちゃんは、ひとりひとりと頬と頬をすり寄せてくれた。
その時間が、ボクのときだけ、ちょっぴり長かったような気がした。
気のせいかもしれなかったが、たぶん、気のせいに違いないが……ほんの1秒か2秒だけ、長いように感じられた。
その長い、チーク・トゥ・チークの間に、ピンちゃんがボクの胸のポケットに滑り込ませたものがあった。
小さな紙切れのようなものだったが、その場で確認するわけにはいかなかった。
あとで、コンちゃんたちに言われた。
「秋吉クンのときだけ、ちょっと長かったのぉ」
「おお、長かったねゃ。ありゃ、えこひいきぞな」
やっぱり長かったんだ――と思うと、無性にうれしくなって、ボクはコンちゃんたちと別れた帰り道、そっと、胸に差し込まれた紙切れを開いてみた。
それは、薄紅色の便箋にしたためた、ピンちゃんからのメッセージだった。

《短い間だったけど、秋吉クンと出会えたこと、
私はこれからも、ずっと忘れないと思います。
私のために、勇気を持ってしゃべってくれた弁論も、
私を守るために負ってくれた傷も、
私の危機を救ってくれた体育倉庫での勇気も、
全部、全部……私にとっては貴重な思い出です。
高校に入ったら、絶対、手紙を書いてね。
私も、遠い東京の空から、あなたの下宿先に手紙を書きます。
私の下宿先の住所を書いておきますね。
また会う日まで、さようなら。
真鍋みゆき》
私はこれからも、ずっと忘れないと思います。
私のために、勇気を持ってしゃべってくれた弁論も、
私を守るために負ってくれた傷も、
私の危機を救ってくれた体育倉庫での勇気も、
全部、全部……私にとっては貴重な思い出です。
高校に入ったら、絶対、手紙を書いてね。
私も、遠い東京の空から、あなたの下宿先に手紙を書きます。
私の下宿先の住所を書いておきますね。
また会う日まで、さようなら。
真鍋みゆき》
みんなで行こうと、クリスマスの夜に約束したハイキングは、結局、みんなの都合が合わず、実現できなかった。
そして、4月。
ボクはM市の高校に通うために、父親がツテで見つけた下宿に引っ越し、ピンちゃんは東京へ旅立った。
M市での生活に慣れると、ボクはすぐ、ピンちゃんに手紙を書いた。
ピンちゃんから返事が来たのは、5月の連休が過ぎた頃からだった。
それからも、年に2、3通の手紙をやり取りした。
ボクはM市の高校を卒業すると、横浜の大学に進学し、ピンちゃんは、高校を卒業すると念願の音楽大学への進学を果たした。
大北真一は、高校までを地元のN高校で過ごしたあと、希望どおり、美大へ進学した。
コンちゃんは、高専へ進んだあと、地元の造船会社に就職したが、その後の消息は知らない。
笠ブーは、やはりN高校で3年間を過ごしたあと、M市の大学に進んで教員免許をとり、地元に戻って社会科の教師になったと聞いた。
4人が顔を合わせることは、二度となかったが、大北とは、一度、変なところで再会した。
東京地裁の法廷だった。
街頭闘争で逮捕された友人の裁判を傍聴したボクは、別の裁判の傍聴にやってきた大北と、裁判所の建物を出たところでバッタリ出くわしたのだった。
口にもあごにもヒゲを生やし、どこか「闘士」の風貌を漂わせる大北は、懐かしそうに顔を崩して、握手を求めてきた。
ボクの中にも、大北の中にも、正義の風は吹き続けているらしかった。

ピンちゃんは、一度だけ、その下宿まで訪ねて行ったことがある。
すっかりおとなになったピンちゃんは、ストールをまとって繊細な音大生という雰囲気を全身に漂わせていた。
男性の訪問は、大家である伯母さんがうるさいから――と、ボクたちは、表をブラつきながら、小1時間、たがいの身の上を語り合った。
短い時間で話せたことは、それ以上でもそれ以下でもなく、すっかり生活環境の変わってしまったボクたちが、再び逢瀬を重ねて親交を深める、ということにはならなかった。
ひとつだけ変わらないことがあった。
ピンちゃんの髪は、「またね」と手を振るときにも、肩の上でピョンと跳ねていた。
第13話『ピンちゃん』は、これにて《完》です。

筆者の最新実用エッセイ! キンドル(アマゾン)から発売中です!

「好きです」「愛してます」――そのひと言がスラッと口にできたら、この世の恋する男性や女性の心は、ずいぶんとラクになることでしょう。しかし、なかなか言えないんですね、このひと言が。勇気がなくて口にできない。自分は口ベタだからとためらってしまう。
そんな人たちに、「これなら言えるんじゃないか」とすすめるのが、「愛」と言わずに「愛」を伝える「メタメッセージ」の技術。あなたの恋愛の参考書として、お役立てください。
2019年11月発売 定価:600円 発行/虹BOOKS
「好き」を伝える技術: あなたの恋のメタメッセージ・テク (実用エッセイ)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
〈1〉 〈2〉 〈3〉






【1】妻は、おふたり様にひとりずつ
2016年3月発売 定価/342円
【2】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価122円
【3】チャボのラブレター
2014年10月発売 定価/122円
そんな人たちに、「これなら言えるんじゃないか」とすすめるのが、「愛」と言わずに「愛」を伝える「メタメッセージ」の技術。あなたの恋愛の参考書として、お役立てください。
2019年11月発売 定価:600円 発行/虹BOOKS
「好き」を伝える技術: あなたの恋のメタメッセージ・テク (実用エッセイ)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
〈1〉 〈2〉 〈3〉
2016年3月発売 定価/342円
【2】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価122円
【3】チャボのラブレター
2014年10月発売 定価/122円

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



→この小説の目次に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 洗濯板に捧げ銃〈1〉 「ミス・リリー」の誕生 (2020/03/11)
- ピンちゃん〈終章〉 ボクたちのファイナル (2020/03/05)
- ピンちゃん〈15〉 ラスト・ショーの鶴 (2020/02/28)