ピンちゃん〈14〉 体育倉庫の四銃士

ボクと笠ブーは体育倉庫に走り、
コンちゃんに大北を呼びに行かせた。
倉庫の扉からは裸の足が見えていた。
連載 ピンちゃん 第14章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた。コンちゃんたちは、「ピンちゃん、長尾にやられたらしい」と言う。怒りに体が震えた。そんな中、やってきた弁論大会当日、ボクはその日の弁論を、「ピンちゃんの勇気に捧げよう」と決意した。最後の1枚半、1分間分の原稿にさしかかったとき、ボクの頭に突然、用意した原稿とは別のフレーズが浮かんだ。急遽、差し替えた原稿に、担任は苦い顔をしたが、結局は、そこが評価されて、ボクの弁論は金賞に選ばれた。その大会の会場には、ピンちゃんも来ていたが、金賞を祝福する輪の中に、彼女の姿はなかった。弁論の内容に傷ついて、姿を消したか? 心配しながら帰り支度をしていると、自転車の前カゴに、ドスンとだれかが荷物を放り込んできた。ピンちゃんだった。ボクが自転車を引き出すと、「乗せて」と荷台にまたがって、手を腰に回してくる。だれかに見られたら大変だと思いながら、ボクは、彼女の体温を背中に感じながら、農道を走った。翌週、金賞の弁論を、校内放送で再演することになった。その原稿を放送すれば、ピンちゃんに危害が及ぶかもしれない。原稿を変えなくちゃと言うボクに、ピンちゃんが言うのだった、「一字一句変えずに放送して」と。放送が流された数日後のホームルームで、その事件は報告された。ピンちゃんの手袋が、なんと、男子トイレで発見されたと言うのだ。ピンちゃんは。長尾に男子トイレに連れ込まれ、いやらしいことをされそうになった。つかまれた手をふりほどくとき、手袋が脱げ落ちたというのだ。そのピンちゃんが、「家でクリスマス会をやるけど、来ませんか?」と言う。その会には、大北も幸恵も参加して、ピンちゃんのピアノでクリスマスソングを歌ったりした。楽しいひと時を過ごしてピンちゃん宅を出たボクは、帰り道、突然、黒い影に襲われた。いきなりの襲撃にボクは口の中を切り、血を流した。すぐ、冬休みになった。やがてボクたちには、別れの季節がやって来る。卒業まで1週間と迫ったある日、コンちゃんが教室に駆け込んできた。「ピンちゃんが、長尾たちに連れていかれた」というのだ。ボクたちは、体育倉庫に急いだ――
笠ブーは、板壁の破れかけた板をはがそうとしたが、たとえ、その板をはがしても、ボクたちが、その隙間から中にはいることはできない。
ボクは笠ブーに合図を送って、もう一度、入り口の扉の前に戻った。
こうなったら、その扉を力ずくでこじ開けるしかない。
そこへ、コンちゃんが大北を連れて駆けつけてきた。
よし、扉に体当たりしてブチ破ろう――と、笠ブーが手と目で合図した。
ボクたちは4人で息をそろえて、固く閉ざされた扉に向かって突進した。
バーンと大きな音がした。
「何ゾ?」
「どうした?」
「だれか来た」
「オイ、まずいで」
中で、何人かの人間が動き出す気配がした。
ボクたちは、いったん後退して、もう一度、今度は体勢を低くし、相撲の立ち合いのような構えをとって、扉に突進した。
バーンと音がした後、今度は、カラン……と、何かが落ちる音がした。
突っ支い棒が外れた。
力いっぱい戸を引くと、戸はガラガラと音を立てて開いた。
笠ブーを先頭に、ボクたちは中に飛び込んだ。
ボクは笠ブーに合図を送って、もう一度、入り口の扉の前に戻った。
こうなったら、その扉を力ずくでこじ開けるしかない。
そこへ、コンちゃんが大北を連れて駆けつけてきた。
よし、扉に体当たりしてブチ破ろう――と、笠ブーが手と目で合図した。
ボクたちは4人で息をそろえて、固く閉ざされた扉に向かって突進した。
バーンと大きな音がした。
「何ゾ?」
「どうした?」
「だれか来た」
「オイ、まずいで」
中で、何人かの人間が動き出す気配がした。
ボクたちは、いったん後退して、もう一度、今度は体勢を低くし、相撲の立ち合いのような構えをとって、扉に突進した。
バーンと音がした後、今度は、カラン……と、何かが落ちる音がした。
突っ支い棒が外れた。
力いっぱい戸を引くと、戸はガラガラと音を立てて開いた。
笠ブーを先頭に、ボクたちは中に飛び込んだ。

真っ先に向かって来たのは、長尾だった。
ボクはその腹に向かって頭から飛び込んだ。みぞおちあたりに頭頂部がめり込む感触があって、長尾は「ウッ」とうめき声を挙げ、その場に屈み込んだ。
この前のお返しだ。
屈み込んだ長尾の腹部に、渾身の力で蹴りを入れた。
長尾は顔を倉庫の床の土の上に着けて、口から何かを吐き出した。
長尾の仲間らしいひとりが、ボクに殴りかかろうとするのを大北が止め、振り上げた腕をもぎ取ってねじ上げた。「いたた……」と声を挙げて前のめりになった腹部へ、大北のひざが飛び、男は、うめき声を挙げながら床に転がった。
もうひとりは、笠ブーの標的になった。
笠ブーは力道山のファンだった。壁に吹き飛ばした男の胸に、ここぞとばかりに空手チョップの水平打ちを繰り出していた。
ボクは、ゲロを吐く長尾をほったらかして、跳び箱の裏手に回った。
ピンちゃんが、ブレザーの前を両手で合わせて胸を隠したまま、体をブルブルと震わせていた。
しかし、その目には、もう怯えの色はなかった。
ボクの顔を見ると、ホッ……と肩の力を抜いて、それから外されたブラウスのボタンを留め始めた。
一瞬だけ、その胸からかすかにのぞく谷間を見ることができたが、ボクはすぐに目を逸らした。

入り口では、大北が長尾の襟首をつかんで、何かを言っていた。
「おたがい、気持ちよう卒業しようや。このことは、先生たちには黙っとくから、もう二度と、こういうことはせんと約束してくれ」
長尾の首が、渋々というふうにタテに動いた。
大北が手を離すと、長尾は口の汚れを手の甲で拭いながら、倉庫から出ていった。
あとのふたりは、とっくにどこかへ姿を消していた。
しばらくすると、服の乱れを直し、汚れを払い落としたピンちゃんが、ボクたちのところにやってきた。
「ありがとう。みんな、三銃士……みたいやね」
「いや、四銃士やったんやけど……」
コンちゃんの姿が見えない。
と思ったら、コンちゃんは、倉庫の入り口を出たところに、突っ支い棒をまるでヤリのように構えて立っていた。
「ご苦労!」
大北と笠ブーがふざけて声をかけると、コンちゃんは突っ支い棒を体の正面に構えて捧げ筒の姿勢をとり、それから棒を倉庫の中に投げ入れて、フッ……と息をついた。
ピンちゃんが精神的に傷を負わずにすんだらしい様子なのに、ボクも、そして大北や笠ブーやコンちゃんも、ひと安心した。
ピンちゃんは、最後まで、ピン……としていてほしい。
その「ピン」を守るために、ボクたちはそれから卒業までの毎日、ピンちゃんの下校を4人でガードすることにした。
裏門の平均台の置いてある横に、一本だけ、桜の樹が植わっている。
その桜に少し早めの芽が吹き出していた。
「桜、今年は早そうやね」
ピンちゃんのもらした言葉に、ボクたちは残された日々の多くないことを悟った。
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