ピンちゃん〈13〉 拉致されたマドンナ

やって来る。卒業まで1週間というその日、
コンちゃんが教室に飛び込んできた。
「ピンちゃんが連れて行かれた……」——。
連載 ピンちゃん 第13章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた。コンちゃんたちは、「ピンちゃん、長尾にやられたらしい」と言う。怒りに体が震えた。そんな中、やってきた弁論大会当日、ボクはその日の弁論を、「ピンちゃんの勇気に捧げよう」と決意した。最後の1枚半、1分間分の原稿にさしかかったとき、ボクの頭に突然、用意した原稿とは別のフレーズが浮かんだ。急遽、差し替えた原稿に、担任は苦い顔をしたが、結局は、そこが評価されて、ボクの弁論は金賞に選ばれた。その大会の会場には、ピンちゃんも来ていたが、金賞を祝福する輪の中に、彼女の姿はなかった。弁論の内容に傷ついて、姿を消したか? 心配しながら帰り支度をしていると、自転車の前カゴに、ドスンとだれかが荷物を放り込んできた。ピンちゃんだった。ボクが自転車を引き出すと、「乗せて」と荷台にまたがって、手を腰に回してくる。だれかに見られたら大変だと思いながら、ボクは、彼女の体温を背中に感じながら、農道を走った。翌週、金賞の弁論を、校内放送で再演することになった。その原稿を放送すれば、ピンちゃんに危害が及ぶかもしれない。原稿を変えなくちゃと言うボクに、ピンちゃんが言うのだった、「一字一句変えずに放送して」と。放送が流された数日後のホームルームで、その事件は報告された。ピンちゃんの手袋が、なんと、男子トイレで発見されたと言うのだ。ピンちゃんは。長尾に男子トイレに連れ込まれ、いやらしいことをされそうになった。つかまれた手をふりほどくとき、手袋が脱げ落ちたというのだ。そのピンちゃんが、「家でクリスマス会をやるけど、来ませんか?」と言う。その会には、大北も幸恵も参加して、ピンちゃんのピアノでクリスマスソングを歌ったりした。楽しいひと時を過ごしてピンちゃん宅を出たボクは、帰り道、突然、黒い影に襲われた。いきなりの襲撃にボクは口の中を切り、血を流した――
長尾のパンチの跡は、しばらく痛んだが、顔の腫れは大したことなく、幸い、家族にはバレずにすんだ。
翌日になって、殴られたほうの顔がいくぶん腫れてはきたが、ボクは腫れたほうの顔をできるだけピンちゃんに見せないようにしたので、あの後、何があったのかを、ピンちゃんには知られずにすんだ。
しかし、笠ブーとコンちゃんには、気づかれてしまった。
「何かあったん? 左の頬が腫れとるで」
「ほんまや。殴られたんと違うけゃ?」
ふたりに問い詰められて、仕方なく、長尾のことをしゃべった。
笠ブーが、指の骨をポキポキ鳴らしながら、「仕返ししょうで」なんて言い出したので、ボクは必死で止めた。
そんなことをしたら、騒ぎが大きくなってしまう。結果的には、ピンちゃんを騒ぎの中に巻き込んでしまうことになる。それは、何としても避けたかった。
「大丈夫や。向こうも気がすんだやろ。それにの……」
と、ボクはちょっとだけウソをついた。
「ワシも、ただ殴られとったわけやない。寝技に持ち込んで、関節痛めたったで、あいこや」
笠ブーたちが信じたかどうかはわからないが、とりあえず、仕返し話はなしになった。

すぐに冬休みになり、1月になると、ボクはA学園の受験のために県庁所在地のM市まで出かけた。
学校は、コンクリートの校舎が1棟だけの寒々とした造りで、およそ学園生活を楽しむという雰囲気ではなかった。
ここで3年間を過ごすのかと思うと、気が滅入った。しかし、高校の3年間を転校せずにすむ方法は、他になかった。
編入試験は、楽勝でパスした。
ピンちゃんも、東京の音楽科のある女子高への進学が決まった。
コンちゃんも、高専の試験に合格し、2月になって行われたN高の入学試験では、合田幸恵も大北真一も合格し、笠ブーも何とか滑り込み合格を果たした。
みんな、それぞれの希望する進路が決まり、後は卒業を待つばかりとなった。
ボクたちの残り少ない日々は、冬の陽とともに足早に過ぎていった。
翌日になって、殴られたほうの顔がいくぶん腫れてはきたが、ボクは腫れたほうの顔をできるだけピンちゃんに見せないようにしたので、あの後、何があったのかを、ピンちゃんには知られずにすんだ。
しかし、笠ブーとコンちゃんには、気づかれてしまった。
「何かあったん? 左の頬が腫れとるで」
「ほんまや。殴られたんと違うけゃ?」
ふたりに問い詰められて、仕方なく、長尾のことをしゃべった。
笠ブーが、指の骨をポキポキ鳴らしながら、「仕返ししょうで」なんて言い出したので、ボクは必死で止めた。
そんなことをしたら、騒ぎが大きくなってしまう。結果的には、ピンちゃんを騒ぎの中に巻き込んでしまうことになる。それは、何としても避けたかった。
「大丈夫や。向こうも気がすんだやろ。それにの……」
と、ボクはちょっとだけウソをついた。
「ワシも、ただ殴られとったわけやない。寝技に持ち込んで、関節痛めたったで、あいこや」
笠ブーたちが信じたかどうかはわからないが、とりあえず、仕返し話はなしになった。

すぐに冬休みになり、1月になると、ボクはA学園の受験のために県庁所在地のM市まで出かけた。
学校は、コンクリートの校舎が1棟だけの寒々とした造りで、およそ学園生活を楽しむという雰囲気ではなかった。
ここで3年間を過ごすのかと思うと、気が滅入った。しかし、高校の3年間を転校せずにすむ方法は、他になかった。
編入試験は、楽勝でパスした。
ピンちゃんも、東京の音楽科のある女子高への進学が決まった。
コンちゃんも、高専の試験に合格し、2月になって行われたN高の入学試験では、合田幸恵も大北真一も合格し、笠ブーも何とか滑り込み合格を果たした。
みんな、それぞれの希望する進路が決まり、後は卒業を待つばかりとなった。
ボクたちの残り少ない日々は、冬の陽とともに足早に過ぎていった。

卒業式まで、あと1週間――というある日の放課後だった。
帰り支度をしながら雑談していたボクと笠ブーのところに、コンちゃんが血相変えて飛び込んできた。
「秋吉クン! ピンちゃんが、ピンちゃんが……」
「ピンちゃんが? どうしたんゾ?」
「長尾たちに連れて行かれた」
「どこへじゃ―ッ?」
飛び出そうとするボクを制して、笠ブーがコンちゃんの詰襟の胸倉をつかんで問いただした。
「た、体育倉庫」
「長尾たちって、何人ゾ?」
「確か……3人ぐらいじゃった」
「よっしゃ、行こう」と、笠ブーが腰を上げたところで、ボクはコンちゃんの顔を見て言った。
「コンちゃん、音楽室にD組の大北がおると思うけん、呼んできてや。ワシら、体育倉庫に行っとるけん、すぐ来てくれゆうてや」
コンちゃんが駆け出すのを見て、ボクと笠ブーは体育倉庫に向かった。
倉庫の引き戸に手をかけて引いたが、戸はビクともしない。中から突っ支い棒を当ててあるようだった。
他に入れる場所はないか? 倉庫の周りを探っていると、笠ブーが「ちょっと、こっち」とボクを手招きした。
倉庫の板壁が、一箇所、破けかけている場所があった。
外れかけた板の隙間から、中の様子を窺うことができた。
「ヒヒッ……」
「ヘヘッ……」
複数の男がしのび笑いをもらす声が聞こえた。

「おまえ、もっとしっかり押さえんかいや」
「長尾、それも脱がしたれや」
「こいつ……喜んでるんと違うけゃ?」
「震えとんのや。かわいい顔しとんのぉ。胸も、けっこうふくらんどるで……」
「ウグッ……ウウ……ウグッ……」
口をふさがれているのだろうか。ピンちゃんらしい声が、必死に抵抗の意思を示しているようにボクには聞こえた。
倉庫の中は暗かったが、天井の窓からかすかな明かりが差し込んでいた。
その明かりの中に、積み上げられた跳び箱が、2列並んでいるのが見えた。
跳び箱と跳び箱の間に、わずかばかりの隙間があった。
そこから垣間見えた光景に、全身の血が沸騰するような感覚を覚えた。
ハンカチで口をふさがれた女のアゴと首が見えた。その下に、ブレザーを脱がされ、ブラウスのボタンを外されて、シュミーズ姿にされた胸の上部がのぞいていた。
跳び箱に隠れて姿は見えないが、学生服の袖をまくった男の腕が伸びて、女の上腕部と腋の下を押さえつけていた。
跳び箱の右側からは、細く白い脚のひざから先だけが見えていた。白いソックスを履いたままの足首を、もうひとりの男の腕がつかんでいた。
白い脚はもがいていた。
もがく脚を男の腕がグイと引っ張った。白い脚のももがチラと見えた。
スカートは、その上まで捲り上げられているように見えた。
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