ピンちゃん〈11〉 彼女の部屋の一枚の絵

長尾にトイレに連れ込まれたときに
脱げ落ちたのだった。これからはボクらで
ピンちゃんを守る。そう宣言すると——。
連載 ピンちゃん 第11章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた。コンちゃんたちは、「ピンちゃん、長尾にやられたらしい」と言う。怒りに体が震えた。そんな中、やってきた弁論大会当日、ボクはその日の弁論を、「ピンちゃんの勇気に捧げよう」と決意した。最後の1枚半、1分間分の原稿にさしかかったとき、ボクの頭に突然、用意した原稿とは別のフレーズが浮かんだ。急遽、差し替えた原稿に、担任は苦い顔をしたが、結局は、そこが評価されて、ボクの弁論は金賞に選ばれた。その大会の会場には、ピンちゃんも来ていたが、金賞を祝福する輪の中に、彼女の姿はなかった。弁論の内容に傷ついて、姿を消したか? 心配しながら帰り支度をしていると、自転車の前カゴに、ドスンとだれかが荷物を放り込んできた。ピンちゃんだった。ボクが自転車を引き出すと、「乗せて」と荷台にまたがって、手を腰に回してくる。だれかに見られたら大変だと思いながら、ボクは、彼女の体温を背中に感じながら、農道を走った。翌週、金賞の弁論を、校内放送で再演することになった。その原稿を放送すれば、ピンちゃんに危害が及ぶかもしれない。原稿を変えなくちゃと言うボクに、ピンちゃんが言うのだった、「一字一句変えずに放送して」と。放送が流された数日後のホームルームで、その事件は報告された。ピンちゃんの手袋が、なんと、男子トイレで発見されたと言うのだ――
教室の中には、もう、ボクとピンちゃんしか残っていなかった。
カバンを肩に掛けて教室を出ようとすると、「なぁ、秋吉クン」と、ピンちゃんが呼び止めた。
「こないだ、先生に何かゆうてくれたん?」
「ああ、手袋のこと?」
「やっぱり、秋吉クンやったんや」
「何か訊かれたん、先生に?」
「長尾クンと何かあったんか……て訊かれた」
「ボクは、手袋がこの組の女子のものとわかったのはなぜか――と訊いただけや。おかしいでしょ、ゆうたら、先生も、そう言えばそうやなゆうて、それで調べる気になったんと違う? ボクがゆうたんは、それだけや」
「全部、しゃべった、先生に。私のことで秋吉クンに迷惑かけるのも、イヤやし……」
「全部……?」
「あの日な、部活の整理して帰ろうとしたら、階段で長尾クンが待ち伏せしとってな、手をつかまれて男子トイレに連れて行かれたんよ。そんでな……ちょっと……いやらしいことしようとするんで、私、手をふりほどいて逃げたんよ。そのとき、つかまれた手から手袋が脱げたんやけど、それ、拾う気になれんかった。ごめんね」
「何がごめんなん? ピンちゃんが謝らないかんこと、何もないやん?」
「秋吉クンに心配かけてしもうたけん。私ね、好きでもなんでもないんよ、ああいう男。ただ、怖い。何されるかわからんから、脅されると、体が動かんようになってしまうん」
「それからも、長尾は何かゆうたり、したりしてきたん?」
「先生らが問い詰めてくれたみたいで、それからは、おとなしゅうしとる。あと、3カ月の辛抱や」
「ボクも、コンちゃんも、笠ブーも、そしてD組の大北クンも、みんな、ピンちゃんの味方やから、何かあったらゆうて。みんなで守るけん」
「ありがとう……」
カバンを肩に掛けて教室を出ようとすると、「なぁ、秋吉クン」と、ピンちゃんが呼び止めた。
「こないだ、先生に何かゆうてくれたん?」
「ああ、手袋のこと?」
「やっぱり、秋吉クンやったんや」
「何か訊かれたん、先生に?」
「長尾クンと何かあったんか……て訊かれた」
「ボクは、手袋がこの組の女子のものとわかったのはなぜか――と訊いただけや。おかしいでしょ、ゆうたら、先生も、そう言えばそうやなゆうて、それで調べる気になったんと違う? ボクがゆうたんは、それだけや」
「全部、しゃべった、先生に。私のことで秋吉クンに迷惑かけるのも、イヤやし……」
「全部……?」
「あの日な、部活の整理して帰ろうとしたら、階段で長尾クンが待ち伏せしとってな、手をつかまれて男子トイレに連れて行かれたんよ。そんでな……ちょっと……いやらしいことしようとするんで、私、手をふりほどいて逃げたんよ。そのとき、つかまれた手から手袋が脱げたんやけど、それ、拾う気になれんかった。ごめんね」
「何がごめんなん? ピンちゃんが謝らないかんこと、何もないやん?」
「秋吉クンに心配かけてしもうたけん。私ね、好きでもなんでもないんよ、ああいう男。ただ、怖い。何されるかわからんから、脅されると、体が動かんようになってしまうん」
「それからも、長尾は何かゆうたり、したりしてきたん?」
「先生らが問い詰めてくれたみたいで、それからは、おとなしゅうしとる。あと、3カ月の辛抱や」
「ボクも、コンちゃんも、笠ブーも、そしてD組の大北クンも、みんな、ピンちゃんの味方やから、何かあったらゆうて。みんなで守るけん」
「ありがとう……」

ピンちゃんを校門まで送って、それからボクたちは、西と東に別々の家路をたどる。
「じゃ……」と別れようとすると、ピンちゃんが「あ、そや」と口を開いた。
「クリスマスに家に来ん? 幸恵ちゃんと大北クンも来て、クリスマス会やるんよ。幸恵ちゃんから、秋吉クンも呼んだら? 言われてたんやわ」
「そういうハイカラなの、慣れてないんやけど……」
「ああ、うちは全然、ハイカラとかやないから」
クリスマス会などと言われると、ちょっと緊張するけど、大北や幸恵たちも来るのなら――と、OKした。
ボクは手を振って帰っていくピンちゃんの姿が、引き込み線の向こう側に消えるまで、その後姿を見送った。
周囲を見回したが、長尾らしい影はどこにも見えなかった。

ピンちゃんの家は、やっぱり、ハイカラだった。
ピンちゃんには、2歳年上のお兄さんと両親がいたが、全員が、家の中では標準語で話をした。
「まあ、あなたが秋吉さん? みゆきがいつも、お世話になってます。A学園にいらっしゃるんですって?」
「あ、ハイ……」
「みゆきも、東京の私の姉の家に下宿させて、向こうの高校に進学させますのよ」
「はぁ、聞いとり……あ、お聞きしてます」
ボクの受け答えを聞いて、大北と幸恵がクスリ……と笑った。
「ムリして、そんなしゃべり方しなくてもいいじゃないか。キミだって、元々は、九州弁だったんでしょ?」
その大北も、標準語だった。
「大北クンも、美大に行くんだよね?」
「ウン……そのつもりなんだけど」
「大北クン、絵がうまいんだよ。ホラ、あれ……」
ピンちゃんが壁にかかった一枚の油絵を指差して見せた。
どこかの山の中腹に建てられた、レンガ造りの建物の絵だった。
「これ、どこ?」
「あれ? まだ行ったことない? これ、銅山の入り口だよ、明治時代に建てられた。いまは使われてないけどね」
「すべてはここから始まったって場所だね。S財閥の興りも、ここ。ヘーッ……」
ボクの「ヘーッ」は、ほんとは、絵の題材に向けられたのではなかった。
大北の描いたそんな絵が、ピンちゃんの部屋に飾ってある、ということに対する「ヘーッ」だったが、そんなことはだれにも気づかれたくはなかったので、「フーン、一度、行ってみたいな」と答えた。
「そうだね。せっかくこの町に来たんだから、一度は見ておいたほうがいいかもしれないね。そうだ。みんなで行こうか? 卒業式がすんだら」
「卒業ハイキング? いいわね。みんなで行こう。お弁当とか持って」
幸恵が言い出して、それは、ボクたちの春休みの計画のひとつになった。
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