ピンちゃん〈10〉 奪われた手袋

長尾たちの態度が、険しくなった。
そんな中で、事件は起こった。ピンちゃんの
手袋が男子トイレで発見されたのだ——。
連載 ピンちゃん 第10章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた。コンちゃんたちは、「ピンちゃん、長尾にやられたらしい」と言う。怒りに体が震えた。そんな中、やってきた弁論大会当日、ボクはその日の弁論を、「ピンちゃんの勇気に捧げよう」と決意した。最後の1枚半、1分間分の原稿にさしかかったとき、ボクの頭に突然、用意した原稿とは別のフレーズが浮かんだ。急遽、差し替えた原稿に、担任は苦い顔をしたが、結局は、そこが評価されて、ボクの弁論は金賞に選ばれた。その大会の会場には、ピンちゃんも来ていたが、金賞を祝福する輪の中に、彼女の姿はなかった。弁論の内容に傷ついて、姿を消したか? 心配しながら帰り支度をしていると、自転車の前カゴに、ドスンとだれかが荷物を放り込んできた。ピンちゃんだった。ボクが自転車を引き出すと、「乗せて」と荷台にまたがって、手を腰に回してくる。だれかに見られたら大変だと思いながら、ボクは、彼女の体温を背中に感じながら、農道を走った。翌週、金賞の弁論を、校内放送で再演することになった。その原稿を放送すれば、ピンちゃんに危害が及ぶかもしれない。原稿を変えなくちゃと言うボクに、ピンちゃんが言うのだった。「一字一句変えずに放送して」と――
ホームルームが始まるので教室に入ると、担任の村田先生が、教壇に座ってニヤニヤしていた。
両手に赤とピンクの柄の毛糸の手袋をはめて、ためつすがめつしている。
若い女の子にでもプレゼントされたのだろうか――と、ボクとコンちゃんが顔を見合わせていると、教室の中から「あっ……」と声が挙がった。
「先生、それ、私の……」
「オゥ、真鍋のか? ナルホド。それで、イニシャルM・Mか。おまえ、小さい手、しとんのやなぁ……」
先生は、手袋をはめた手を頭の上にかざして、からからうようにヒラヒラさせている。
ピンちゃんが、あわてて教壇に駆け寄った。
「先生、返してください」
「真鍋。これ、どこにあったと思う?」
「し、知りません……。返してください」
「2階の男子トイレの中や。おまえ、そんなとこで何しよったんゾ?」
「私……そんなとこ……行ってない……」
ピンちゃんの顔が、一瞬で赤くなった。
エッ!? 男子トイレ……?
ボクとコンちゃんは、また、顔を見合わせた。ボクの頭に浮かんだことも、コンちゃんの頭に浮かんだことも、たぶん、同じだった。
「先生ッ!」
ピンちゃんは、先生が手にした手袋を取り戻そうと、ピョンと跳び上がって手を伸ばす。 先生は、その手を避けるように、手袋をはめた手を右へ、左へと揺らす。
どう見ても、それはピンちゃんへのいやがらせのようにしか見えなかった。
「先生、ひど―い!」
女子生徒の何人かが抗議の声を挙げて、やっと先生は、手袋をはめた両手をピンちゃんの前に差し出した。
ピンちゃんは、顔を真っ赤にしながら、先生の手から手袋を抜き取って、席に戻った。戻るときに、チラ……と、その目がボクのほうを見た。
その目が、「違うよ」と言っているように見えた。
両手に赤とピンクの柄の毛糸の手袋をはめて、ためつすがめつしている。
若い女の子にでもプレゼントされたのだろうか――と、ボクとコンちゃんが顔を見合わせていると、教室の中から「あっ……」と声が挙がった。
「先生、それ、私の……」
「オゥ、真鍋のか? ナルホド。それで、イニシャルM・Mか。おまえ、小さい手、しとんのやなぁ……」
先生は、手袋をはめた手を頭の上にかざして、からからうようにヒラヒラさせている。
ピンちゃんが、あわてて教壇に駆け寄った。
「先生、返してください」
「真鍋。これ、どこにあったと思う?」
「し、知りません……。返してください」
「2階の男子トイレの中や。おまえ、そんなとこで何しよったんゾ?」
「私……そんなとこ……行ってない……」
ピンちゃんの顔が、一瞬で赤くなった。
エッ!? 男子トイレ……?
ボクとコンちゃんは、また、顔を見合わせた。ボクの頭に浮かんだことも、コンちゃんの頭に浮かんだことも、たぶん、同じだった。
「先生ッ!」
ピンちゃんは、先生が手にした手袋を取り戻そうと、ピョンと跳び上がって手を伸ばす。 先生は、その手を避けるように、手袋をはめた手を右へ、左へと揺らす。
どう見ても、それはピンちゃんへのいやがらせのようにしか見えなかった。
「先生、ひど―い!」
女子生徒の何人かが抗議の声を挙げて、やっと先生は、手袋をはめた両手をピンちゃんの前に差し出した。
ピンちゃんは、顔を真っ赤にしながら、先生の手から手袋を抜き取って、席に戻った。戻るときに、チラ……と、その目がボクのほうを見た。
その目が、「違うよ」と言っているように見えた。

ボクの頭の中に、ひとつの疑問が引っかかっていた。
しかし、その疑問をみんなの前で口にすると、ピンちゃんの問題をみんなに知られてしまうことになる。
ボクは、ホームルームが終わるのを待って、職員室に戻ろうとする村田先生を廊下で捕まえた。
「なんぞ?」
「さっきの手袋ですけど、男子トイレで見つかったんですよね?」
「おお、そうじゃが、どしたんぞ、それが?」
「どうしてそれが、うちのクラスの女子のものとわかったんですか?」
「おお、それはのう、拾うたやつが、E組の女子が忘れて行ったもんじゃろう、ゆうたからや」
「先生、それ、おかしい思いませんか?」
「何がぞ?」
「そいつは、何で、それがE組の女子のものやとわかったんやろ?」
「そうか……。そう言えば、そやな」
「もし、それがわかったとしたら、そいつは、その女子と一緒におったゆうことにはならんですか?」
「おまえ、頭ええのう。言われてみりゃ、そうやのう……」
「先生、だれですか、手袋を届けたんは?」
「D組の長尾や」
「やっぱり……」
「なんぞ。やっぱり……て?」
「先生、ボク、長尾と話してみてええですか?」
「ちょっと待たんかい」
行きかけようとするボクを、先生が止めた。
「わかった。おまえは何も言うな。このことは、先生たちが何とかする。おまえらは何もすな。わかったの?」
もう、対決するしかない――と覚悟を決めたボクだったが、それで思いとどまった。
心配なのは、依然として、長尾のピンちゃんに対するいやがらせが続いていることだった。
しかも、それが男子トイレの中――。
胸の中に、どんどん黒い雲が広がっていった。

12月になると、ボクの進路には決着がついた。
やっぱり、おまえはA学園に行け。それしか方法がない。
結局は父親の決断に逆らえず、ボクは、1月に行われるA学園の編入試験を受けることになった。
それでも、担任の村田先生は、地元のN高校も受験するように――と、ボクに勧めた。N中学校の合格率を高めるために、という理由だった。しかし、ボクがN高校を受験することで、受かるはずのだれかひとりが不合格となる。
合格の後でボクが辞退すれば、繰り上げ合格にはなるだろうが、もしボクがその本人だったら、あまり気分がいいとは言えないだろう。
ボクがA学園を受験することは、ホームルームの時間に発表されて、クラス全員の知るところになった。
「やっぱり、行くんやね」
その日の放課後、帰り支度をしているところへ、ピンちゃんがやって来て、残念そうに言った。
「ウン。オヤジに押し切られた」
「しょうがないよ。秋吉クン、高校の途中で転勤することが決まっとんのやろ?」
「ウン。ピンちゃんはどうすることに決めたん?」
「うち? たぶん、東京のおばさんの家に下宿して、向こうの高校に通うことになると思う。そのほうが、音大の受験には有利らしいんよ」
「そしたら、ボクら、卒業したら、バラバラやね?」
「でも、夏休みとかには、帰って来るけん」
「ああ、ボクも高1の冬休みぐらいまでは、こっちに帰って来ることになる思う」
「そしたら、会えるやん」
「そやね。そしたら、手紙、書かな……」
「卒業のときに、住所、交換せん? 秋吉クンの寄宿先も、その頃には決まっとるやろ?」
「ウン。絶対な。あ、それはそうと……」
言いかけて止めた。
あれから、長尾は何か言ってきた? 何かされなかった?
それを訊こうとしたのだが、自分の口からは訊けなかった。
「それはそうと……何?」
「あ、いや……最近は、平均台の練習、やってないんやなぁ、と思うて……」
「何言いよん。あと3カ月で卒業なんよ。もう、体操部は引退」
「あ、そうか。そやな、あと3カ月で卒業なんやもんな……」
口にすると、ボクたちに残された時間の少なさが、急に、現実味を帯びてきて、ボクもピンちゃんも、口をつぐんでしまった。
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