ピンちゃん〈9〉 友情という名の「勇気」

放送したいと、合田幸恵が言ってきた。
ならば、一部、原稿を変えなくちゃ。しかし、
ピンちゃんは、首を振った——。
連載 ピンちゃん 第9章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた。コンちゃんたちは、「ピンちゃん、長尾にやられたらしい」と言う。怒りに体が震えた。そんな中、やってきた弁論大会当日、ボクはその日の弁論を、「ピンちゃんの勇気に捧げよう」と決意した。最後の1枚半、1分間分の原稿にさしかかったとき、ボクの頭に突然、用意した原稿とは別のフレーズが浮かんだ。急遽、差し替えた原稿に、担任は苦い顔をしたが、結局は、そこが評価されて、ボクの弁論は金賞に選ばれた。その大会の会場には、ピンちゃんも来ていたが、金賞を祝福する輪の中に、彼女の姿はなかった。弁論の内容に傷ついて、姿を消したか? 心配しながら帰り支度をしていると、自転車の前カゴに、ドスンとだれかが荷物を放り込んできた。ピンちゃんだった。ボクが自転車を引き出すと、「乗せて」と荷台にまたがって、手を腰に回してくる。だれかに見られたら大変だと思いながら、ボクは、彼女の体温を背中に感じながら、農道を走った――
翌週の月曜日、学校に出ると、合田幸恵がボクの席に近づいてきた。
「秋吉クン。きょうのお昼の校内放送やけどね、こないだの弁論大会の弁論、もう一回、校内向けにやってくれんやろか。秋吉クンが金賞取ったことを放送でニュースとして流すんやけど、それやったら、あの弁論をもう一度、校内でもみんなに聞いてもろたらどやろ、ゆう話になってな……」
幸恵は部活では合唱部に所属していたが、同時に学級では、放送委員を務めてもいた。
しかし……と、ボクは考えた。
あの弁論をそのまま、校内で流すと、聞く人間が聞いたら、「いじめ」に回った人間がだれであるかがわかってしまうかもしれない。少なくとも、長尾本人は気がつくはずだ。同時にそれは、「勇気の人」がだれであるかを、何人かには感づかせてしまうことになるかもしれない。
「やってもいいけど、原稿、ちょっと変えんといけんかもしれん。特に、最後のところは……」
「エーッ!? 最後がいちばん、よかったのに……」
ボクたちが話しているところへ、ピンちゃんがやって来た。
「秋吉クン、やり。こないだの弁論、あのままで。一字一句変えずに。傷つく人なんか、だれもおらん思うよ」
横から、コンちゃんも、笠ブーも、「そや。あのままでやらんかいや」とけしかけた。
結局、ボクは、弁論大会のときの原稿を、アドリブの部分も含めて、忠実に再現することになった。
「傷つく人なんかおらん」というピンちゃんの言葉は、「私は平気だから」というメッセージに聞こえた。
ただ、ひとつだけ、心配なことがあった。
放送を聴いた長尾がどう出るか――だった。
その牙がピンちゃんに向けられないとは限らない。
その可能性を頭に入れた上で、それでも「一字一句変えずにやれ」と言う。またも、ボクは、ピンちゃんの勇気に胸を打たれた。
「秋吉クン。きょうのお昼の校内放送やけどね、こないだの弁論大会の弁論、もう一回、校内向けにやってくれんやろか。秋吉クンが金賞取ったことを放送でニュースとして流すんやけど、それやったら、あの弁論をもう一度、校内でもみんなに聞いてもろたらどやろ、ゆう話になってな……」
幸恵は部活では合唱部に所属していたが、同時に学級では、放送委員を務めてもいた。
しかし……と、ボクは考えた。
あの弁論をそのまま、校内で流すと、聞く人間が聞いたら、「いじめ」に回った人間がだれであるかがわかってしまうかもしれない。少なくとも、長尾本人は気がつくはずだ。同時にそれは、「勇気の人」がだれであるかを、何人かには感づかせてしまうことになるかもしれない。
「やってもいいけど、原稿、ちょっと変えんといけんかもしれん。特に、最後のところは……」
「エーッ!? 最後がいちばん、よかったのに……」
ボクたちが話しているところへ、ピンちゃんがやって来た。
「秋吉クン、やり。こないだの弁論、あのままで。一字一句変えずに。傷つく人なんか、だれもおらん思うよ」
横から、コンちゃんも、笠ブーも、「そや。あのままでやらんかいや」とけしかけた。
結局、ボクは、弁論大会のときの原稿を、アドリブの部分も含めて、忠実に再現することになった。
「傷つく人なんかおらん」というピンちゃんの言葉は、「私は平気だから」というメッセージに聞こえた。
ただ、ひとつだけ、心配なことがあった。
放送を聴いた長尾がどう出るか――だった。
その牙がピンちゃんに向けられないとは限らない。
その可能性を頭に入れた上で、それでも「一字一句変えずにやれ」と言う。またも、ボクは、ピンちゃんの勇気に胸を打たれた。

放送が終わって教室に戻ろうとすると、廊下でポンと肩を叩かれた。
振り返ると、大北真一だった。
大北は、合唱部に所属する男で、長尾と同じD組だった。名は体を表すで、大北は大男だ。話すときには首が痛くなるほど見上げないと、目を合わせることができない。
コーラス練習のときに雑談を交わす程度で、それまで、あまり立ち入った話をしたりする間柄ではなかったが、校内放送を聴いて、何か感じるところがあったのだろう。
「さっきの弁論に出てきた話やけど」と、大北はボクの肩に手を回しながら声を潜めた。
「キミが弁論の中で取り上げたいじめの話や勇気ある人の話は、ボクも何となく察しがつくんや。何かあったらゆうてや。ボクでよかったら、力になるし、ボクなりにそんなことが起こらんように、気をつけてもおくから」
大北ばかりではなかった。
クラスの中でも、何人かが「よかったで」と肩を叩いたり、握手をしてくれたりした。
ピンちゃんは、ボクと目が合うと、自分の席に座ったまま、だれにも気づかれないように、口の前に合わせた手を小さくパチパチと動かしてくれた。
しかし、逆の反応を見せる連中もいた。
そういう連中は、目が合うと、「チッ」いう顔をして視線を逸らした。
クラスの中には、それまで学級で成績1位をキープしていた中田とその中田を取り巻くグループがいた。ボクをリレー走者に推薦したのもそのグループだったが、彼らは、あからさまに敵意のこもった目をボクに向けるようになった。
それでも、教室の中で何かが起こるということはなかった。

相変わらず、コンちゃんは理科の時間になると張り切り、笠ブーは社会科の時間になると張り切った。
コンちゃんは、地元に新しく開校した高専を受験することを決めて、その準備にとりかかっていたし、笠ブーは、地元の普通科高校の突破を目指して悲鳴を挙げていた。合格ラインすれすれのところにいることを、自分でも知っているからだった。
ボクは、まだ、進路を決めかねていた。
親はしきりに、A学園への編入試験を受けさせたがっていたが、ボクには迷いがあった。
途中で転校することになろうとも、地元の高校に進んで、ピンちゃんたちと一緒に高校生活を送りたい、という希望を捨てきれないでいた。
しかし、そのピンちゃん自身も、まだ、進路を決めていなかった。
そうしてそれぞれに悩みながら、ボクたちの秋は深まっていった。
長尾とは、何度か、廊下で顔を合わせた。顔が合うたびに、長尾がボクを睨みつける目つきが、鋭くなっていくような気がした。
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