ビンちゃん〈8〉 絡み合う指の束の間の乱舞

帰ろうとすると、ピンちゃんは「乗せて」と
荷台にまたがり、手を腰に回してきた。
背中に感じる彼女の熱に、ボクは……。
連載 ピンちゃん 第8章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた。コンちゃんたちは、「ピンちゃん、長尾にやられたらしい」と言う。怒りに体が震えた。そんな中、やってきた弁論大会当日、ボクはその日の弁論を、「ピンちゃんの勇気に捧げよう」と決意した。最後の1枚半、1分間分の原稿にさしかかったとき、ボクの頭に突然、用意した原稿とは別のフレーズが浮かんだ。急遽、差し替えた原稿に、担任は苦い顔をしたが、結局は、そこが評価されて、ボクの弁論は金賞に選ばれた。その大会の会場には、ピンちゃんも来ていたが、金賞を祝福する輪の中に、彼女の姿はなかった。弁論の内容に傷ついて、姿を消したか? 心配しながら帰り支度をしていると、自転車の前カゴに、ドスンとだれかが荷物を放り込んできた。「一緒に運んでくれる?」。ピンちゃんだった――
ボクがサドルにまたがって、ペダルに足をかけると、ピンちゃんは後ろの荷台に横座りで乗り、「あっ……」と思ったときには、両腕をボクの腰に回してきた。
そんな姿をもしだれかに見られたら、この田舎町では、どんな世間的仕打ちを受けるか。
しかし、ピンちゃんは、ボクの腰に回した腕に力を入れた。
背中に、ピンちゃんの吐く息の熱が伝わってくる。
その熱は、感じてはいけない熱のように感じられた。
ボクは、その熱が訴えかけてくる彼女の温度を振り払うように、懸命にペダルを漕いだ。
ペダルを踏み込むと、自転車はちょっとふらついた。
「その先を左に曲がって、農道の中を通ると、社宅街の外れまで行けるけん。そこで、下ろしてくれればいいわ」
ピンちゃんの指示に従って、さらにペダルを踏み込むと、ボクの自転車は真鍋みゆきを荷台に乗せたまま、農道を真っ直ぐに走り始めた。腰に回したピンちゃんの腕に力が加わった。
未舗装の農道には、砂利が敷き詰めてあったが、けっして平坦というわけではなかった。
ところどころに大きくえぐられたような穴っぽこがあったり、トラクターや軽トラが作った轍の跡が残っていたりする。それを避けて走ろうとすると、道路に沿って流れる用水路の縁に突っ込みそうになったりもした。
そのたびに、ピンちゃんは、「キャッ、落ちる」と悲鳴を挙げて、ボクの腰に回した腕に力を込めた。
車輪が穴にはまって車体がバウンドすると、ピンちゃんは、「お尻が痛い!」と抗議の声を挙げた。
ボクはハンドルを握りながら、「痛い」というピンちゃんのお尻を想像した。
平均台の上で足を振り上げるピンちゃんの、レオタードに食い込まれた尻の肉を目の奥に想い浮かべた。
そんな想像が頭に浮かぶたびに、頭を振って、脳の中の不純な自分を追い払った。
そんな姿をもしだれかに見られたら、この田舎町では、どんな世間的仕打ちを受けるか。
しかし、ピンちゃんは、ボクの腰に回した腕に力を入れた。
背中に、ピンちゃんの吐く息の熱が伝わってくる。
その熱は、感じてはいけない熱のように感じられた。
ボクは、その熱が訴えかけてくる彼女の温度を振り払うように、懸命にペダルを漕いだ。
ペダルを踏み込むと、自転車はちょっとふらついた。
「その先を左に曲がって、農道の中を通ると、社宅街の外れまで行けるけん。そこで、下ろしてくれればいいわ」
ピンちゃんの指示に従って、さらにペダルを踏み込むと、ボクの自転車は真鍋みゆきを荷台に乗せたまま、農道を真っ直ぐに走り始めた。腰に回したピンちゃんの腕に力が加わった。
未舗装の農道には、砂利が敷き詰めてあったが、けっして平坦というわけではなかった。
ところどころに大きくえぐられたような穴っぽこがあったり、トラクターや軽トラが作った轍の跡が残っていたりする。それを避けて走ろうとすると、道路に沿って流れる用水路の縁に突っ込みそうになったりもした。
そのたびに、ピンちゃんは、「キャッ、落ちる」と悲鳴を挙げて、ボクの腰に回した腕に力を込めた。
車輪が穴にはまって車体がバウンドすると、ピンちゃんは、「お尻が痛い!」と抗議の声を挙げた。
ボクはハンドルを握りながら、「痛い」というピンちゃんのお尻を想像した。
平均台の上で足を振り上げるピンちゃんの、レオタードに食い込まれた尻の肉を目の奥に想い浮かべた。
そんな想像が頭に浮かぶたびに、頭を振って、脳の中の不純な自分を追い払った。

農道の正面には、四国山地の山々が、壁のように立ちはだかっていた。
その山肌が、少し、山吹色に染まりつつあった。
陽は、すでに西の空に傾き始め、田んぼでは、刈り取られた稲の束が稲木に掛けられている。その穂先が、陽の光を浴びて、黄金色に輝いていた。
すでに、農作業を終えたのだろう。田んぼにも、農道にも、人の姿はなかった。
ボクとピンちゃんのツーリングを邪魔する者は、だれもいなかった。
ボコボコの農道を、「キャッ!」とか「痛ッ!」と悲鳴を挙げてはしがみつくピンちゃんの温度を背中に感じながら、ペダルを踏み続けたその時間は、ボクにとって束の間の幸せだった。

「あ、ここでええわ」
社宅街が見えるところまで来ると、ピンちゃんは、ピョンと荷台から飛び降りた。
反動で自転車のハンドルがグラつき、ボクはあわててブレーキをかけた。
「あ、ごめん」
言いながら、ピンちゃんが駆け寄って来て、傾いたハンドルを手で支えようとした。
その手がボクの手に重なった。
重なった手を、ボクたちはしばらく、どちらからも離そうとしなかった。
触れ合った指の甲と指の腹が、ほんの一瞬だけ、おたがいを求め合った。
ボクは、ピンちゃんのスラリと伸びた指と指の間に、そっと自分の指を持ち上げた。
ピンちゃんの指は、ボクの指のために、少しだけ指と指の間隔を広げた。
ボクたちの5本の指は、それぞれが収まるべき空間を相手の5本の指の間に見つけ、恐る恐る、その距離を縮めた。
ピンちゃんは、指と指の間に、しっとりと汗をかいていた。ボクの指がその隙間に潜り込むと、ピンちゃんは、真っ直ぐに伸ばしていた指をゆっくり閉じた。
ピンちゃんの細くて長い指は、スポンジのような柔らかな肉に包まれていた。その肉が少し熱を帯びていた。
「私ね……」
ビンちゃんは、握り合った指先に少し力を加えながら、口を開いた。
「秋吉クンが、私のことをしゃべってくれているの……わかった。うれしかったんよ、ホントに……」
「ありがとう」と言いながら、ピンちゃんはギュッとボクの指を握り締めた。
握り返そうと思った瞬間、ピンちゃんはその指をパッと離し、前カゴに置いた自分のバッグをつかんだ。
「じゃ、私はここから帰るね。きょうは、ありがとう」
肩のあたりで小さく手を振ると、ピンちゃんは、いきなり回れ右して駆け出した。
農道を駆け抜け、海辺の工場に鉱石を運ぶ引き込み線の踏み切りを渡り、社宅街の方へ一目散に駆けていく。
制服のスカートのプリーツが、傾きかけた夕陽の中で波を打ち、短く切り揃えられた髪が風になびいて、その毛先から金色の光が振りまかれているように見えた。
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