ピンちゃん〈7〉 金賞の報酬

ピンちゃんの姿はなかった。自転車で
帰ろうとすると、その前カゴにドスンと
だれかが荷物を入れてきた——。
連載 ピンちゃん 第7章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた。コンちゃんたちは、「ピンちゃん、長尾にやられたらしい」と言う。怒りに体が震えた。そんな中、やってきた弁論大会当日、ボクはその日の弁論を、「ピンちゃんの勇気に捧げよう」と決意した。最後の1枚半、1分間分の原稿にさしかかったとき、ボクの頭に突然、用意した原稿とは別のフレーズが浮かんだ。急遽、差し替えた原稿に、担任は苦い顔をしたが、結局は、そこが評価されて、ボクの弁論は金賞に選ばれた――
「なぁ、ピンちゃん、来てたやろ?」
表彰式が終わって、現地解散となったところで、ボクはコンちゃんたちに訊いた。
「ああ、ピンちゃんなぁ、どこ行ってしもたんやろ?」
笠ブーが、場内をキョロキョロ見回しながら言うそばで、幸恵が「あのなぁ……」と口を開いた。
「ピンちゃん、秋吉クンの弁論聞きながら、ちょっと涙ぐんどった。ほんで、秋吉クンの弁論が終わると、席、立ってしもたんよ。涙、見られとうなかったんやないやろか」
涙――と聞いて、ボクはちょっぴり後悔した。
ピンちゃんへの感謝をそれとなく伝えたいと、急遽、差し替えた原稿だったが、もしかしてそれは、彼女の心の傷をえぐることになったのではないか……。
バスで来たというコンちゃんたちとはセンターの前で別れて、ボクは、自転車を停めておいた駐輪場へと向かった。
ズラリと並んだ自転車の中から自分の自転車を探して、前カゴに荷物を載せ、カギを解除してスタンドを上げ、さて……と、ハンドルを握ったとき、何かがドサッと前カゴに置かれた。
エッ……!?
目を上げると、ピンちゃんだった。
制服姿のピンちゃんが、両手を後ろに組んで、肩を右へ5度、左へ5度……と揺らしながら、チョコンと頭を下げた。
前カゴに置かれたのは、ピンちゃんの布製のバッグだった。
表彰式が終わって、現地解散となったところで、ボクはコンちゃんたちに訊いた。
「ああ、ピンちゃんなぁ、どこ行ってしもたんやろ?」
笠ブーが、場内をキョロキョロ見回しながら言うそばで、幸恵が「あのなぁ……」と口を開いた。
「ピンちゃん、秋吉クンの弁論聞きながら、ちょっと涙ぐんどった。ほんで、秋吉クンの弁論が終わると、席、立ってしもたんよ。涙、見られとうなかったんやないやろか」
涙――と聞いて、ボクはちょっぴり後悔した。
ピンちゃんへの感謝をそれとなく伝えたいと、急遽、差し替えた原稿だったが、もしかしてそれは、彼女の心の傷をえぐることになったのではないか……。
バスで来たというコンちゃんたちとはセンターの前で別れて、ボクは、自転車を停めておいた駐輪場へと向かった。
ズラリと並んだ自転車の中から自分の自転車を探して、前カゴに荷物を載せ、カギを解除してスタンドを上げ、さて……と、ハンドルを握ったとき、何かがドサッと前カゴに置かれた。
エッ……!?
目を上げると、ピンちゃんだった。
制服姿のピンちゃんが、両手を後ろに組んで、肩を右へ5度、左へ5度……と揺らしながら、チョコンと頭を下げた。
前カゴに置かれたのは、ピンちゃんの布製のバッグだった。

「一緒に運んでくれる?」
目が、ちょっと恥ずかしそうに、「ヘヘッ」というふうに笑った。
「それから……これ……」
後ろに回していた手をパッと差し出した。
ピンちゃんの背中から飛び出したのは、小さな花束だった。名前も知らない、小さな十字形の花びらが、淡いピンクの和紙にくるまれ、ローズ色のリボンでくくられていた。
キョトンとしているボクに、ピンちゃんはささやくような声に元気のバイブレーションをかけて、言った。
「金賞、取ったんやろ? おめでとう」
「あれ? 最後まで見てたん?」
ウウン……と、ピンちゃんは首を振った。
「秋吉クンの弁論、聞いてたら、金賞間違いない思うたから、花屋さんに行って、後からちょこっとホールに戻って、表彰式だけ見てたんよ。あれで金賞やなかったら、教育委員会に火、点けてたわ」
「あ、ありがとう。でも……ごめん……」
「何、謝りよん?」
「勝手にピンちゃんのこと、話に加えてしもうて……」
「あれ、うちのことやったん?」
「ウン。そのつもりで話したんやけど……」
「大丈夫やで。うち、そんなに傷ついてないし……」
「ホンマ……?」
「な、歩きながら話そう」
ササッと周囲を見回し、だれもいないことを確かめると、ピンちゃんは、自転車を押すボクの反対側に回った。

自転車を挟んで、ボクとピンちゃんは、並んで歩き始めた。
ちょっとしたことでも、だれかに見られると、たちまちウワサになってしまう。そんな小さな町では、それは少しばかり勇気のいる行動だった。
「あれからずっと気になってたんやけど……」
「何……?」
「ボクのせいで、ピンちゃんが長尾にひどい目に遭わされたんやないかて、ずっと気にしとったんで」
「ダイジョーブ! 秋吉クンは気にせんでええよ」
「そやけど……」
「もう、その話は終わり。うちは、このとおり、ピンピンしとるし」
言いながら、ピンちゃんはピョンと跳んでみせた。
商店街を歩こうとするボクを、ピンちゃんは「こっち」と指差し、ハンドルの向きを変えて、一本裏の通りに誘導した。
その小さな町では、商店街の一本裏というのは、ほとんど人通りもない裏さびれた道になる。ピンちゃんは、やっぱり、だれかに見られることを恐れているんだと思った。
「な、秋吉クンはどうするん?」
「どうするて、何を?」
「進路……」
「ああ、それやけどねェ……」
ボクは、家の事情を素直に打ち明けた。
最近、父親は、寮のある県庁所在地の進学校に行ってはどうか――と言い出していた。そうすれば、高校を途中で変わることもないだろうと言うのだが、ボクはいまひとつ、気が進まないでいた。
「そやねェ。高校を途中で変わるゆうのは、ものすごむずかしいゆう話、聞くしねェ。それ、ええかもしれん。A学園なら、全国区やし。秋吉クンなら、高校からの編入も楽勝やと思う」
「そういうことじゃなくて……」
「何が問題なん?」
「また、だれも知らんところに行かんならん」
「どっちみち、大学に進むときにはそうなるやろ? うちも、この町は、いずれ出て行くことになるしなぁ」
「エッ、ピンちゃんも、よその町の高校に行くん?」
「わからん。高校まではこっちの学校に通うかもしれん。でも、うちの志望は音楽大学やから、それやったら、高校から、音楽科のある高校に行ったほうがええんやないか……ゆう話も出とるんよ」
「そうかぁ……。ピンちゃんも?」
「な……」とピンちゃんが、突然、声の調子を変えた。
「もう、だれも見とらんよね?」
「あ、ああ。ダイジョーブ……やと思うけど……」
「後ろに乗せて」
ピンちゃんは、ボクが想像した以上に、大胆な女子だった。
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