ピンちゃん〈6〉 彼女に捧げる1分間の即興

必要だ――と説くその日の弁論を、ボクは
ピンちゃんに捧げようと決意した。最後の
1分間。ボクは急遽、原稿を書き換えた。
連載 ピンちゃん 第6章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた。コンちゃんたちは、「ピンちゃん、長尾にやられたらしい」と言う。怒りに体が震えた。そんな中、やってきた弁論大会当日、ボクはその日の弁論を、「ピンちゃんの勇気に捧げよう」と決意した。そして――
残る原稿は、1枚半。
だれもが抱えている「心の弱さ」。
その「弱さ」ときちんと向き合える心こそ、ほんとに「強い心」と言えるのではないか。
私たちは、その「強い心」を持つことによってこそ、いじめのない世界を作ることができるのではないか――。
そんな論旨を展開して、最後に、「自分の弱さを認められる強い心の持ち主でありたい。心からそう願って、私の弁舌を終えたいと思います。ご清聴ありがとうございました」と5分きっかりのスピーチを終える予定だった。
しかし、そのとき不意に、ボクの頭に別の文章が浮かんだ。
それは、不動の姿勢で弁舌に耳を傾ける真鍋みゆきが、ボクに選ばせた文章かもしれなかった。
ボクは、演台の上にやや前傾していた背中をスッと伸ばし、ひと呼吸置いて、客席を右の端から左の端まで見回した。
「実は、私も、転校生です……」
そのとき、即興で頭に浮かんだ文章の最初のフレーズを口にした瞬間、客席にいた担任教師が、「エッ!? なんだよ、オイ」という顔をした。
だれもが抱えている「心の弱さ」。
その「弱さ」ときちんと向き合える心こそ、ほんとに「強い心」と言えるのではないか。
私たちは、その「強い心」を持つことによってこそ、いじめのない世界を作ることができるのではないか――。
そんな論旨を展開して、最後に、「自分の弱さを認められる強い心の持ち主でありたい。心からそう願って、私の弁舌を終えたいと思います。ご清聴ありがとうございました」と5分きっかりのスピーチを終える予定だった。
しかし、そのとき不意に、ボクの頭に別の文章が浮かんだ。
それは、不動の姿勢で弁舌に耳を傾ける真鍋みゆきが、ボクに選ばせた文章かもしれなかった。
ボクは、演台の上にやや前傾していた背中をスッと伸ばし、ひと呼吸置いて、客席を右の端から左の端まで見回した。
「実は、私も、転校生です……」
そのとき、即興で頭に浮かんだ文章の最初のフレーズを口にした瞬間、客席にいた担任教師が、「エッ!? なんだよ、オイ」という顔をした。

実は、私も、転校生です。
よそ者を排除したいという心の働きは、「弱い心」が生み出すものではないか、
そういう「弱い心」はどこにもある――と、お話してきましたが、
転校生である私の周囲にも、そんな「弱い心」は存在しました。
そして、そういう「弱い心」によって、心ない仕打ちを受けそうになったことが、
私にもありました。
しかし、私には、ひとつだけ救われたことがあります。
私の周りには、「強い心」を持った友人たちがいました。
「強い心」を持った友人たちの中には、
自分の身に危害が及ぶことも顧みず、
「弱い心」に立ち向かってくれた勇気ある人もいました。
その勇気ある友人は……
よそ者を排除したいという心の働きは、「弱い心」が生み出すものではないか、
そういう「弱い心」はどこにもある――と、お話してきましたが、
転校生である私の周囲にも、そんな「弱い心」は存在しました。
そして、そういう「弱い心」によって、心ない仕打ちを受けそうになったことが、
私にもありました。
しかし、私には、ひとつだけ救われたことがあります。
私の周りには、「強い心」を持った友人たちがいました。
「強い心」を持った友人たちの中には、
自分の身に危害が及ぶことも顧みず、
「弱い心」に立ち向かってくれた勇気ある人もいました。
その勇気ある友人は……
言おうかどうしようか、迷った。
演台の原稿に目を落とし、しばらく考えて、それから頭を起こした。
目の中に何かが溢れてくるのを感じた。
にじんでいく客席の中に、真鍋みゆきの姿が見えた。
その友人は、その勇気ゆえに、傷を負うことになりました。
私が、本日、「いじめる心」という題でお話することを決めたのは、
その「強い心」の友人に、心から感謝したかったからでもあります。
そして、その心に報いるためにも、
「強い心」を身に着けようと決心したからです。
その第一歩は、自分の中にある「弱い心」と向き合うことだと思っています。
みなさん、いじめは恥ずべき行為ではありますが、
みんなが自分の中にある「弱い心」と正直に向き合うことができれば、
私たちはほんとうの「強い心」を身に着けることができ、
ほんとうの「強い心」を身に着けることができれば、いじめはなくなる。
私は、そう確信しています。
最後になりましたが、本日の弁論を、
勇気を出して「弱い心」に立ち向かってくれた友人に、
心からの感謝を込めて捧げたいと思います。
最後までご清聴くださり、ありがとうございました。
私が、本日、「いじめる心」という題でお話することを決めたのは、
その「強い心」の友人に、心から感謝したかったからでもあります。
そして、その心に報いるためにも、
「強い心」を身に着けようと決心したからです。
その第一歩は、自分の中にある「弱い心」と向き合うことだと思っています。
みなさん、いじめは恥ずべき行為ではありますが、
みんなが自分の中にある「弱い心」と正直に向き合うことができれば、
私たちはほんとうの「強い心」を身に着けることができ、
ほんとうの「強い心」を身に着けることができれば、いじめはなくなる。
私は、そう確信しています。
最後になりましたが、本日の弁論を、
勇気を出して「弱い心」に立ち向かってくれた友人に、
心からの感謝を込めて捧げたいと思います。
最後までご清聴くださり、ありがとうございました。
静かに頭を下げた。
しばらく、シーンと静まっていた会場から、パチパチ……と拍手が起こり、やがてそれは、会場全体に広がっていった。
真鍋みゆきが、静かに席を立つ姿が見えた。

すべての出場者の弁論が終わり、審査が始まった。
「よかったがや」「ワシも感動した」とコンちゃんや笠ブーたちが握手を求めてくる横で、ひとり、担任の村田教師だけが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「おまえ、なんで勝手に原稿書き換えるんゾ。最後にあんなことしゃべったら、教育委員会の心証がわるぅなるやないか。うちの学校にもいじめがあるゆうて、告発したんと同じになってしまうゾ」
「じゃけんど、先生、ワシは最後のところが、いちばんええ思うたで」
笠ブーが反論するそばで、合田幸恵も、「私も最後がよかったと思います」と援護に回った。
やがて、審査結果の発表になった。
「本日の弁論は、各校とも力の入った弁論が多く、審査員の票も割れました。まずは、各弁士のみなさんの熱弁に賞賛の拍手を送りたいと思います。それでは、結果を発表します。銅賞は、漁師をされているご両親の姿から海の尊さを訴えたM中学校3年生・青野郁子さんの『海に感謝』。素朴な論旨が審査員全員の高い評価を得ました。次に、銀賞です。銀賞は、校庭に植えられた一本のサクラの老木になぞらえて、伝統を受け継いでいく心の大切さを訴えたH中学校2年生・高橋信二クンの『桜の樹の下で』。巧みな構成力が、審査員に高く評価されました。さて、最後に、今回の金賞です……」
銅にも、銀にも名前が挙がらなかったことで、担任は、「ホラな」という顔をした。
コンちゃんも、笠ブーも、少し肩を落としていた。
「金賞については、審査員の意見が分かれました。学校という教育現場の中で起こっている問題を、個人的な体験に絡めて語った論調が見事であると、高く評価する声がある一方で、ものの見方が一方的すぎないか――という疑問も提出されました。しかし、最終的には、テーマの立て方もさることながら、個人的な体験から、だれもが持つ心の問題という普遍性に広げていく論法が見事であるという点に審査員の評価が一致して、こちらの作品が、本年度の金賞に選ばれました。発表します。金賞は、N中学校3年生・秋吉哲雄クンの……」
その瞬間、コンちゃんが「やったぁー」と声を挙げ、笠ブーが鉄棒でタコだらけになったゴツい手を伸ばして、握手を求めてきた。
合田幸恵は目をウルウルさせ、村田教師は、ホッと肩を落として、うなずいて見せた。
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