ピンちゃん〈5〉 美しい勇気のための弁論

からんできた長尾。「止めなさいよ」と
止めに入ったピンちゃんは、校舎の裏に
連れて行かれた。彼女は無事だった…?
連載 ピンちゃん 第5章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクがその準備にかかった頃、ピンちゃんはひとりで平均台の練習に励んでいた。その練習姿を見ていると、「おい」と長尾が突っかかってきた。「止めんね」と止めに入ったピンちゃんは、長尾に校舎の裏に連れていかれた――
秋の日は、日一日と深くなっていく。
校庭のイチョウの葉が色づき始める頃になると、教室ではそろそろ、進路の話が交わされるようになった。
ボクにはひとつだけ、問題があった。
父親の勤務先は、いまはたまたまこの町だが、定年間近な父親は、その定年前には故郷・福岡の支店に戻されることが、ほぼ決まっていた。
となると、ボクは高校を途中で転校することになる。義務教育の中学校までは、転校は、手続きだけでよかったが、高校の転校は、そう簡単ではない。このまま、地元の高校に進学しても、どこかで受験をやり直すことになるだろう。
どうするか?――その話が、家族の間でもしばしば話題になった。
しかし、どうするのがいちばんいいか、ボク自身も結論は見つけられないでいた。
その秋に、ひとつだけ、ボクの周りから失われたものがあった。
あれ以来、ピンちゃんの平均台の練習が見られなくなった。
どうしたんだろう?
長尾に何か言われたのか?
それとも……脅されでもしたのか?
教室で顔を合わせるたびに、ピンちゃんにそっと視線を送るのだが、目が合うと、ピンちゃんは静かに目を落とすだけだった。
「ピンちゃんな、長尾にやられたらしいで」
ボクに耳打ちしてくれたのは、笠ブーだった。
他に特技らしいもののない笠ブーだったが、鉄棒の大車輪だけは得意で、砂場の鉄棒にぶら下がると、10回転、20回転……と、平気で回って見せた。
その技に目をつけられて、体操部に誘われたのだが、元々、体の硬い笠ブーは、鉄棒以外の競技はからっきしダメで、1ヶ月も持たずに退部した。
「ピンちゃんが……」という話は、その体操部情報らしかった。
「長尾のやつ、前からピンちゃんにつきまといよったけんのぉ。ピンちゃんはずーっと無視しよったんやけんど、運動会が終わってちょっとした頃や、放課後、体育倉庫に連れ込まれてのぉ……」
話を聞きながら、ボクは身震いした。
もしかして、あのとき……。
だとしたら、その責任は、ボクにある。
もし、そうだとしたら……。
しかし、それを確かめようにも、ピンちゃんと話をする機会はやって来なかった。
ピンちゃんは、気のせいか、ボクを避けているようにも見えた。
校庭のイチョウの葉が色づき始める頃になると、教室ではそろそろ、進路の話が交わされるようになった。
ボクにはひとつだけ、問題があった。
父親の勤務先は、いまはたまたまこの町だが、定年間近な父親は、その定年前には故郷・福岡の支店に戻されることが、ほぼ決まっていた。
となると、ボクは高校を途中で転校することになる。義務教育の中学校までは、転校は、手続きだけでよかったが、高校の転校は、そう簡単ではない。このまま、地元の高校に進学しても、どこかで受験をやり直すことになるだろう。
どうするか?――その話が、家族の間でもしばしば話題になった。
しかし、どうするのがいちばんいいか、ボク自身も結論は見つけられないでいた。
その秋に、ひとつだけ、ボクの周りから失われたものがあった。
あれ以来、ピンちゃんの平均台の練習が見られなくなった。
どうしたんだろう?
長尾に何か言われたのか?
それとも……脅されでもしたのか?
教室で顔を合わせるたびに、ピンちゃんにそっと視線を送るのだが、目が合うと、ピンちゃんは静かに目を落とすだけだった。
「ピンちゃんな、長尾にやられたらしいで」
ボクに耳打ちしてくれたのは、笠ブーだった。
他に特技らしいもののない笠ブーだったが、鉄棒の大車輪だけは得意で、砂場の鉄棒にぶら下がると、10回転、20回転……と、平気で回って見せた。
その技に目をつけられて、体操部に誘われたのだが、元々、体の硬い笠ブーは、鉄棒以外の競技はからっきしダメで、1ヶ月も持たずに退部した。
「ピンちゃんが……」という話は、その体操部情報らしかった。
「長尾のやつ、前からピンちゃんにつきまといよったけんのぉ。ピンちゃんはずーっと無視しよったんやけんど、運動会が終わってちょっとした頃や、放課後、体育倉庫に連れ込まれてのぉ……」
話を聞きながら、ボクは身震いした。
もしかして、あのとき……。
だとしたら、その責任は、ボクにある。
もし、そうだとしたら……。
しかし、それを確かめようにも、ピンちゃんと話をする機会はやって来なかった。
ピンちゃんは、気のせいか、ボクを避けているようにも見えた。

市内中学校弁論大会は、11月の第2週目、金曜日の放課後に、オープンしたばかりの市民文化センターのホールで行われることになった。
ホールには、引率の担任教師の他に、同じクラスの有志が何人か、応援に駆けつけてくれた。その中には、笠ブーの姿もあった。コンちゃんもいた。そして、合田幸恵も……。
ステージの上に並べられた出演者用の椅子に座って出番を待っていたボクは、そこに思いもかけない人の姿を見た。
合田幸恵の隣に座って、短く切った髪を耳の上に揃え、真っ直ぐにステージに頭を向けている制服姿の女の子。遠目にも、ピンちゃんだ――とわかった。
その日の演題は、『いじめる心』だった。
いじめる心は、私たちだれもが持っている弱い心の中に潜んでいるのではないか。
弱い心は、いつも、自分の危うい立場を守ろうとして、そこに近づこうとする者に攻撃的になったり、その恐れがある者を排除しようとする。
自分は弱くなんかないぞ――ということを示すために、弱い心はもっと弱い心を必要とする。
私たちが、知らず知らず人をいじめたり、傷つけたりすることを止めるためには、私たちは、自分の心を強くしなくてはならない。
強い心とは、「自分は弱い」ということを知っている心、その弱さを引き受けることのできる心ではないだろうか。
この世界から「いじめる心」をなくすためには、私たちひとりひとりが、自分の弱い心と向き合うことのできる強い心を持つことが必要だと思う。
弁論の要旨は、そんなところだった。
その論旨を展開するために、ボクは、小学校時代に友だちをいじめる側に加わってしまったことがある、という自分の苦い経験から語り始め、そんな自分の態度を反省するうちに、実は、いじめに加わってしまった自分の中にこそ、弱い心がひそんでいることに気づいた――というエピソードを加えて、5分間のスピーチをまとめることにしていた。
「おまえ、よう書けとんなぁ、これ。いけるで、金賞」
担任の教師は、事前に提出した原稿を見て、感心してみせた。
しかし、ステージの椅子に座って順番を待っている間に、金賞をとれるかどうか、なんてことは、もうどうでもよくなっていた。

「次の弁者は、N中学校3年、秋吉哲雄クンです。演題は《いじめる心》です。それでは、秋吉クン、どうぞ」
名前を呼ばれて演壇に立ったボクは、原稿を演台に置いて一礼すると、ひと呼吸置いて場内を見渡した。
中央の後列に座っている笠ブーやコンちゃんや幸恵やピンちゃんたちの姿が目に映った。
その瞬間、ボクはある不思議な感覚に捕らわれた。
金賞のためにしゃべるんじゃない。きょうは、ここにいるひとりひとりのために、その中のいちばん語りかけたいひとり、真鍋みゆきのためにしゃべるんだ――という思いが頭の中に芽生え、そしてそれは、胸いっぱいに広がった。
両手を軽く演台の左右の端に置き、顔を正面に据えたボクは、ピンちゃんの顔を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
《私には、いまでも、忘れることのできない苦い記憶があります。
私が、まだ、小学校に通っている頃の話です。
クラスの中に、ひとり、とても頭のいい女の子がいました。
頭がいいだけではなくて、彼女はお母さんの指導でバイオリンを習っており、運動神経もすぐれていて、学級の中ではひとりだけ、図抜けた天才少女のような存在でした。
しかし、なぜか、彼女には友だちができませんでした。
できないどころか、だれも彼女のそばに近寄ろうとしませんでした。
彼女のほうから近づこうとしても、みんな無視してしまいます。
そのうち、だれ言うともなく、彼女を「バイオリン」と呼んだり、
その目がキツネに似ているところから「キツネ」と呼んだり、
訛りの言葉尻を捉えて「だべ子」と呼んだりするようになりました。
彼女は、転校生でした。
私は、ほんとうなら、そんな級友たちのふるまいをいさめるべき立場にありました。
しかし、私は、いさめるどころか、みんなと一緒になって、
彼女を除け者にしてしまいました。
どうしてか?
理由はひとつしかありません。
自分だけが彼女と親しく口をきくことによって、みんなから浮くことを恐れたのです。
私がいじめを止めるどころか、そのいじめの輪に加わらざるを得なかったのは、
私の心の中に棲む「弱い心」でした……》
そこから、人をいじめる心を生み出すのは、この「弱い心」なのではないか――と論旨を展開していく。
ボクの弁論は、聴衆の「聴く耳」をつかむのに成功したようだった。
中央の後列では、笠ブーたちが「ウン、ウン」とうなずきながら耳を傾けているのがわかった。
ピンちゃんは、真っ直ぐ起こした頭を微動もさせずに、ステージに向けていた。
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管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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