ピンちゃん〈4〉 孤独なレオタード

誘われたボクは、誘いを受けることにした。
ピンちゃんは、秋になってもひとりで
平均台の練習を続けていた——。
連載 ピンちゃん 第4章

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ここまでのあらすじ 中学3年の2学期、ボクは瀬戸内海に面した工業都市のその中学校に転校した。その中学校の校庭に忘れ去られたような平均台が1基、据えてあった。ある日の放課後、ボクは、その平均台で舞うひとりの女子生徒を目にした。「ピンちゃん」と呼ばれる同じクラスの女子。その姿に恋をしたボクだったが、彼女には親衛隊がついていた。ピンちゃんと親しく口をきく転校生のボクは、その標的になっていた。そんな中、クラス対抗のリレーが行われ、なぜか、転校生のボクがメンバーに選ばれた。それは、転校生に恥をかかせてやれ、というクラスの連中の意地悪でもあった。その手には乗るか。ボクは必死で足を動かしたが、後続のランナーに次々抜かれていく。そのとき「ガンバって」と叫ぶ声が聞こえた。ピンちゃんの声だった。秋になると、担任の教師から「弁論大会に出てみないか」と声がかかった。ボクは、それを受けることにした――
ピンちゃんの平均台の練習は、秋になっても続いた。
しかし、その練習は、いつもひとりだった。
訊いてみると、体操部には、3年生はひとりしかいない。下には、1年生部員が3人ほどいるが、まだ、体育館で基本練習をしている段階で、とても、器具を使うところまではいってない。
ふつうならやる気をなくすところだが、それでも、ピンちゃんは、孤独な練習を止めようとはしなかった。
秋の陽に照らされて、黙々と平均台に上がり、両手を広げ、足を振り上げて、練習に励む真鍋みゆき。その姿を、ボクは神々しいとさえ感じた。
弁論大会用の原稿もまとまり、その原稿をまる暗記し、制限時間5分きっかりで弁舌をまとめられるよう、練習を始めた頃だった。
帰ろうと裏門の前まで来ると、平均台で練習するピンちゃんの姿が目に留まった。
そろそろレオタードじゃ寒いだろうに……。
そう思いながら、その姿に目を留めていると、いきなり、後ろから肩を小突かれた。
「何、見よんゾ」
低く押し殺したような声。
長尾だった。
「よぉ、練習しよんなぁ、と思うて見よっただけじゃが……」
「勝手に見るなゆうとんじゃ」
言い方が横柄なのに、ムカッときた。
「そりゃ、わるかったのぉ。じゃ、見ててもええか、本人に訊いてみるわ」
「なに!? おんどりゃあ。ちょっとツラ貸せや」
しかし、その練習は、いつもひとりだった。
訊いてみると、体操部には、3年生はひとりしかいない。下には、1年生部員が3人ほどいるが、まだ、体育館で基本練習をしている段階で、とても、器具を使うところまではいってない。
ふつうならやる気をなくすところだが、それでも、ピンちゃんは、孤独な練習を止めようとはしなかった。
秋の陽に照らされて、黙々と平均台に上がり、両手を広げ、足を振り上げて、練習に励む真鍋みゆき。その姿を、ボクは神々しいとさえ感じた。
弁論大会用の原稿もまとまり、その原稿をまる暗記し、制限時間5分きっかりで弁舌をまとめられるよう、練習を始めた頃だった。
帰ろうと裏門の前まで来ると、平均台で練習するピンちゃんの姿が目に留まった。
そろそろレオタードじゃ寒いだろうに……。
そう思いながら、その姿に目を留めていると、いきなり、後ろから肩を小突かれた。
「何、見よんゾ」
低く押し殺したような声。
長尾だった。
「よぉ、練習しよんなぁ、と思うて見よっただけじゃが……」
「勝手に見るなゆうとんじゃ」
言い方が横柄なのに、ムカッときた。
「そりゃ、わるかったのぉ。じゃ、見ててもええか、本人に訊いてみるわ」
「なに!? おんどりゃあ。ちょっとツラ貸せや」

いきなり胸倉をつかまれた。
つかんだ胸倉を引っ張ろうとするので、その腕をつかみ返し、引き剥がそうとした。
しかし、長尾の力は強かった。逆に、その手をもぎ取られて、ねじ上げられた。腕をねじ上げられて体が前のめりになったところへ、長尾のひざが動いた。
あっという間だった。
長尾のひざが腹にめり込んで、一瞬、息ができなくなった。
まずい、このままじゃ、ボコボコにされてしまう。
ボクは前のめりに倒れこみながら、長尾の脚にしがみつき、その脚を思い切り抱え上げて体重を預けた。
長尾の体がグラついた。
渾身の力で長尾の体を押した。
そのまま、ボクと長尾は地面に倒れ込んだ。
長尾は倒れ込んだ姿勢から拳を繰り出そうとする。ボクは必死でその手首をつかんだが、長尾はその手首ごとボクの体をひっくり返して、馬乗りになった。
つかまれたままの手首を、長尾は振り上げた。
ボクが手首を離したら、モロに顔面にパンチが飛んでくる。
この手を離すわけにはいかない。
そのときだった。
「止めてェ~!」
鋭い叫び声が聞こえた。

ピンちゃんだった。平均台から飛び降りたピンちゃんが、レオタード姿のまま駆けて来る姿が見えた。
「止めんね、ふたりとも」
言いながら、ピンちゃんは、ボクと長尾の体を引き離しにかかった。
「おまえは黙っとれ!」
「黙っとれるわけないやろ? なんでこんなことするん? 秋吉クンが何したん?」
「おまえのレオタードを、ニヤニヤしながら見よったんじゃ」
「別に、ええでしょ、それくらい」
「ほうけ? それくらいええんけ?」
「ええよ。別に……」
「ほたら、ワシにも見せてくれや。こないだみたいに怒らんで、見せてくれや。の?」
こないだ……?
長尾とピンちゃんの間の「こないだ」って何だろう――と、ボクは頭の中で考えた。
考えていると、長尾がプイとボクの手をほどいた。
「おまえは、もういらん。帰れや」
「おまえに、帰れやら言われる筋合いはないわい」
「ナニ?」
長尾が、また、拳を振り上げようとするのを、ピンちゃんが止めた。
「秋吉クン、ごめん。きょうは帰って。うち、長尾クンと話があるけん」
「でも……」
「いいけん。きょうは帰って」
ピンちゃんの声には、決然とした響きがあった。
ボクは、仕方なく起き上がって、服に付いた泥を払い、肩掛けカバンをかけ直した。
裏門を出るとき、一度だけ、後ろを振り返った。
ピンちゃんが長尾に肩を押されるようにして、体育倉庫の陰に回りこむ姿が見えた。
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