自伝的「創愛記」〈6〉 死体を嗤うおとなたち

豊肥線で人が轢かれて死んどる。
「見に行こう」と岡田クンが言い出し
ボクたちは事故現場に出かけた。
そこにいたのは――。
「人が轢かれとォ」
そう言ってボクに回り道しようと言い出したのは、岡田クンだった。
岡田クンの家は、豊肥線の線路のすぐ脇にある農家だった。
ほんとうなら、市電の走る表通りからガード下をくぐって、線路脇の道を歩いて帰るのだが、岡田クンが「見に行こう」と言い出した。
小学校に上がったばかりの夏休みが終わった頃だった。
ボクたちは学校の運動場側の裏口から出て、神社の脇を抜け、踏切をわたる裏道を歩いて帰ることにした。
ボクらは、少し、興奮していた。
「はらわたとか飛び出とるやろうか」
「脳みそも飛び散っとるっちゃないか」
岡田クンはなんだかワクワクしているようだったが、ボクはそんな話を聞いて、少し、見るのが怖くなっていた。
そう言ってボクに回り道しようと言い出したのは、岡田クンだった。
岡田クンの家は、豊肥線の線路のすぐ脇にある農家だった。
ほんとうなら、市電の走る表通りからガード下をくぐって、線路脇の道を歩いて帰るのだが、岡田クンが「見に行こう」と言い出した。
小学校に上がったばかりの夏休みが終わった頃だった。
ボクたちは学校の運動場側の裏口から出て、神社の脇を抜け、踏切をわたる裏道を歩いて帰ることにした。
ボクらは、少し、興奮していた。
「はらわたとか飛び出とるやろうか」
「脳みそも飛び散っとるっちゃないか」
岡田クンはなんだかワクワクしているようだったが、ボクはそんな話を聞いて、少し、見るのが怖くなっていた。

踏切が見えるところまで来ると、人だかりが見えた。
消防団の法被をまとった数人の男たちが、線路の上を右へ左へとせわしなく動き回っている。その動きを見守る男たちが7、8人はいるだろうか。
前方では、客車を引いた機関車が、止まったまま黒い煙を吐き、客車の窓からは乗客の何人かが身を乗り出して、男たちが取り囲む線路脇の様子を眺めている。
男たちの動きを見る限り、遺体はまだ収容されてないように見えた。
「急ごう」と岡田クンの足が速くなった。ボクは、恐る恐るその足を追った。
ボクらが着いたときには、すでに10人以上の人垣ができていた。
人と人の間から、線路の脇に寝かされた血まみれの人間の体が見えた。
もう動いてない。うめき声も上げてない。息もしてない。
ただの物体となった遺体は、赤っぽいきものを着ていた。そのきものは引きちぎられて、血まみれになった腹部と胸部がむき出しになっていた。
「まだ、若かばい、この女」
「腹が大きか。孕んどったっちゃなかや、この女。むごかのォ」
おとなたちは、遺体を眺めながら、好き勝手なことを口走っている。その度に、岡田クンはのぞき込もうとするのだが、「子どもは見るっちゃなか」と、押し返された。
しかし、ボクたちの目には、おとなたちの陰から飛び込んでくるいくつかの光景が、しっかりと焼き付いた。
線路の盛り土の脇に、無残に脱げ落ちた血染めの下駄。
引きちぎられたきものの合わせ目からのぞく、内臓のはみ出した白い腹。
かっと見開かれたまま、瞬きもしない黒い瞳。
それらは、生まれて初めて見た、死んだ人間の生の姿だった。
「死」というものの恐ろしい姿が、畏れを伴ってボクの心の闇を支配した。
たぶん、その姿は、目を閉じる度にボクの頭の隅に呼び出されて、ボクの夜を脅えさせるに違いない。
何かを口にしようとする度に、その光景が浮かんで、胸がわるくなるかもしれない。
しかし、それよりも恐ろしいと思ったのは、線路脇に横たわる死体を見ながら、おとなたちが口にする言葉だった。

この人たちは嗤っている――と、ボクは思った。
「こげな腹で、線路脇ば歩いとったげな」
「きものの裾が巻き込まれたっちゃなかか、機関車に?」
「死ぬ気やったっちゃないか」
「男にフラれでもしたんかいな?」
「もったいなかのォ。ゆうてくれたら、かわいがってやったとに」
「おまえなんかにかわいがられたら、よけぇ、死にとォなってしまうばい」
そういう言葉が、死者に手向けられる言葉としてふさわしくないことは、小1の子どもにもわかった。
「死」という現実を目にしながら、そんな言葉を吐くおとなたちが、ボクには怖かった。
消防団の法被をまとった年配のおじさんのひとりが、どこからか筵を持ってやって来て、死体にすっぽりとかけた。
「別に隠さんでんよかやないか」
もっと見せろ――とでも言うように不満の声を上げたのは、軍服のようなカーキ色の上着を引っかけた、少し若めのオヤジだった。
「シナの戦線に行くと、こげなとは、そこらじゅうに転がっとったばい」
消防団の男が軍服男をジロとニラんで言った。
「ここは、戦場じゃなかばい。余計なこと言わんとき」
やがて、警察のジープがやって来てロープが張られ、見物人は現場から遠ざけられた。
岡田クンは、まだ見ていたいようだったが、ボクは「もう帰ろう」と、その手を引いた。
その夜、ボクは夢にうなされた。
夢に出てきたのは、汽車に轢かれた女の人ではなかった。
ボクは、地上に寝転がっていた。
生きているのか、死んでいるのか、わからない。
そのボクを腕組みをしたおとなたちが取り囲んで、ボクの体を指さしては、笑い声をあげている。その中には、軍服の男もいた。
「止めてよォ」
ボクは、声を挙げて目を覚ました。
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