はじめてのおつかい 《夜道編》

幼いボクは、よく、母親の家事を
手伝わされた。その日は1キロ先の
米屋へモチ1箱を取りに行く仕事。
光のない夜道がボクを脅えさせた。
ボクには、幼い時代、ほとんど、親と一緒に遊んだという記憶がない。
親に連れられてどこか遠くに遊びに出かけた、という記憶もない。
そんな時代じゃなかった――というのもあるが、親たちの精神にも余裕がなかった。
弟が生まれ、妹が生まれてからは、母親は家事と育児に追われながら、家族5人分の食糧を調達するために走り回っていた。まだ、米が「配給制」の時代である。育ち盛りのボクたちがごはんを食べすぎると、米びつが底をつくこともあった。そんなときには、サツマイモが昼の食卓に並ぶこともあった。
それでも、父親は、家事を手伝おうとはしなかった。
母親によれば、ボクが生まれたときも、弟が生まれたときも、父親は、道楽にしている釣りに出かけて、家にいなかったという。
その年の暮れも、家に父親はいなかった。
母親は、朝から、大掃除だ、買い出しだ、お節の準備だ――と、忙しく働いていた。
年長で、翌年には小学校に上がるボクには、そんな母親を助けたいという気持ちが、たぶん、あったのだろうと思う。
床の雑巾がけ、庭の掃き掃除など、自分にできることは、極力やろうと心がけていたように思う。
そんなふうにガンバっていると、母親が作りかけのイモきんとんや黒豆を味見させてくれたりする。ほんとうは、それが目当てだったのかもしれないが、いまではわからない。

やがて、日が暮れた。
「いけん。モチ、取りに行かないかん。あんた、白山町の米屋さん、覚えとるね?」
何となく覚えてはいるが、日暮の薄暗がりの中で正確に行けるかどうか、自信がなかった。首をひねっていると、母親が地図を描いて渡してくれた。
「あんこモチが、番重1箱分、6時にできあがるけん、取りに行ってほしいっちゃん。他のモチはもう届いとるばってん、あんこモチだけ、取りに行かんといけんと。1箱分やけど、持てるね?」
ボクは、床の間に積まれたモチ箱を1箱持ち上げてみた。1箱に並べたモチは28個。箱と合わせると、4キロぐらいの重さにはなる。持ち上げることはできるが、その箱を抱えて、米屋から1キロほどの道を歩かなくてはならない。
ちょっと大変だぞと思ったが、ボクは「ウン」とうなずいた。
大丈夫、できる。
たぷん、ボクは、子どものころから、そうやって強がって見せるタイプだったらしい。
「ホントに大丈夫ね? あんたたちの好きなあんこモチやけんね、落としたりしたら、食べられんごとなるよ」
「ウン、大丈夫」と胸を張るボクに、母親は懐中電灯と地図を持たせて送り出した。
親に連れられてどこか遠くに遊びに出かけた、という記憶もない。
そんな時代じゃなかった――というのもあるが、親たちの精神にも余裕がなかった。
弟が生まれ、妹が生まれてからは、母親は家事と育児に追われながら、家族5人分の食糧を調達するために走り回っていた。まだ、米が「配給制」の時代である。育ち盛りのボクたちがごはんを食べすぎると、米びつが底をつくこともあった。そんなときには、サツマイモが昼の食卓に並ぶこともあった。
それでも、父親は、家事を手伝おうとはしなかった。
母親によれば、ボクが生まれたときも、弟が生まれたときも、父親は、道楽にしている釣りに出かけて、家にいなかったという。
その年の暮れも、家に父親はいなかった。
母親は、朝から、大掃除だ、買い出しだ、お節の準備だ――と、忙しく働いていた。
年長で、翌年には小学校に上がるボクには、そんな母親を助けたいという気持ちが、たぶん、あったのだろうと思う。
床の雑巾がけ、庭の掃き掃除など、自分にできることは、極力やろうと心がけていたように思う。
そんなふうにガンバっていると、母親が作りかけのイモきんとんや黒豆を味見させてくれたりする。ほんとうは、それが目当てだったのかもしれないが、いまではわからない。

やがて、日が暮れた。
「いけん。モチ、取りに行かないかん。あんた、白山町の米屋さん、覚えとるね?」
何となく覚えてはいるが、日暮の薄暗がりの中で正確に行けるかどうか、自信がなかった。首をひねっていると、母親が地図を描いて渡してくれた。
「あんこモチが、番重1箱分、6時にできあがるけん、取りに行ってほしいっちゃん。他のモチはもう届いとるばってん、あんこモチだけ、取りに行かんといけんと。1箱分やけど、持てるね?」
ボクは、床の間に積まれたモチ箱を1箱持ち上げてみた。1箱に並べたモチは28個。箱と合わせると、4キロぐらいの重さにはなる。持ち上げることはできるが、その箱を抱えて、米屋から1キロほどの道を歩かなくてはならない。
ちょっと大変だぞと思ったが、ボクは「ウン」とうなずいた。
大丈夫、できる。
たぷん、ボクは、子どものころから、そうやって強がって見せるタイプだったらしい。
「ホントに大丈夫ね? あんたたちの好きなあんこモチやけんね、落としたりしたら、食べられんごとなるよ」
「ウン、大丈夫」と胸を張るボクに、母親は懐中電灯と地図を持たせて送り出した。

駄菓子屋の角を右。地図に書かれた目印を呪文のように唱えながら、ボクは、暮れなずむ田んぼ脇の道を、米屋に向かって歩いた。
道には迷わなかったが、米屋に着く頃には、日は、水平線の向こうに沈んでいた。
街のいろんなものが、どんどん、光を失っていく。
大丈夫――と自分に言い聞かせながらも、増えていく闇の量が、ボクの胸の中に不安の翼を広げていった。
「ああ、長住さんちの坊や? ひとりで取りに来たと? エラかねェ」
米屋のおばさんにホメられて、ボクはちょっぴり誇らしくなった。
「せっかく来てくれたとこ、わるかとばって、あんたんとこのあんこモチ、まだできとらんとよ。あと30分ぐらいかかるけん、まっとってくれる?」
どうしよう……と思った。もちろん、携帯なんてない時代だ。家にはまだ電話も引いてなかったから、親に相談するわけにもいかない。
泣きたい気持ちで「ウン」とうなずくと、「これ、なめよって」と、おばさんはニッキ玉を2つ、握らせてくれた。
ビー玉の2倍ぐらいありそうなそのアメ玉をなめながら、ボクは、おとなたちが忙しく働いている様子を眺めていた。
「〇〇さん家の5箱、上ったよ」
「次、〇〇さん家の4箱!」
奥では、おじさんが2人、もち米を炊き上げ、それを餅つき機に放り込んでいる。おばさんたちは、搗き上がったモチを丸めては、それを番重に並べている。
「次、あんこモチ行くよ」
あんこを搗き上がったモチでくるんで、おばさんたちがそれを器用に丸めて、番重に並べていく。その中には、お姉さんぐらいの若い人もいる。もしかしたら、ここん家の子ども? 一家総出で働いとるんやろか……?
みんなが忙しく働いている様子を珍しそうに眺めていると、おばさんが、「長住さんのモチ、次やけんね。待ちくたびれたやろ?」と言って、できたてのモチを1個、手に握らせてくれた。
ボクはパクリと、それに食いついた。

「ええね、ひじば腰に当てて、両腕にこの箱ば載せて運ぶとよ。もう道は真っ暗やけん、懐中電灯で照らしながら歩くんよ。転ばんごとね。転んだら、お餅、泥だらけになってしまうけんね」
おばさんは懐中電灯のスイッチを入れてボクの右手に持たせ、伸ばした腕の上に番重を載せた。モチ箱は新聞紙でくるまれていて、それを、おばさんはひもで縛って、端を結んで首にかけてくれた。箱の重さは、ちょっとだけ軽くなったような気がした。
帰り道は、おばさんの言うように、真っ暗だった。
角ごとにポツンと裸電球の街灯が灯っているが、その光が届く範囲を超えると、まったく光のない道。舗装もされてない道は、穴ぼこだらけで、石も転がっている。つまずかないように、懐中電灯で路面を照らしながら、ボクは、慎重に夜道を歩いた。
どこかで犬が吠えると、ボクはビクッと体を強張らせた。
その頃は、狂犬病が流行っていて、野犬にかまれると死ぬゾ――と、おとなたちには脅されていた。
犬の吠え声を聞くと、その度に、暗がりから野犬が飛び出してくるのではないか――と周囲を見回し、少し急ぎ足になった。
月が出て来るには、ちょっと時間があった。
空には、満天の星が、氷砂糖をぶちまけたように広がっていた。
田んぼ脇の民家には明かりが灯り、中から、家族が笑ったり、叫んだり、怒鳴ったりする声が、聞こえてきた。
「〇〇ちゃん、××男~、もうごはんやけん、家に入りんさい」
家ではあまり聞くことのない声。そんな声が飛び交う明かりのある世界が、何だか、自分には縁のない世界のように思えて、モチ箱を抱えている腕が、少し重くなった。

家に帰ったボクを迎えたのは、「遅かったねェ」という母親の声だった。
「道に迷うたんかて、心配したとよ」
「待たされたと」
「6時にはあがるて言いよったとにねェ」
残念そうに言う母親の言葉を聞きながら、ボクは、何だか泣きたい気分になった。
しかし、泣かなかった。ただ、学習した。
この家では、何事も正しくできるかどうかが、大事なんだ――と。
それは、自分ひとりで成し遂げるしかないことだ――と。
たとえ、夜の闇に襲われようと、野犬の声に脅えようと。
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