はじめてのおつかい 《夜道編》

老犬自伝的エッセイ 「創愛記」  Vol.4  


幼いボクは、よく、母親の家事を
手伝わされた。その日は1キロ先の
米屋へモチ1箱を取りに行く仕事。
光のない夜道がボクを脅えさせた。



 ボクには、幼い時代、ほとんど、親と一緒に遊んだという記憶がない。
 親に連れられてどこか遠くに遊びに出かけた、という記憶もない。
 そんな時代じゃなかった――というのもあるが、親たちの精神にも余裕がなかった。
 弟が生まれ、妹が生まれてからは、母親は家事と育児に追われながら、家族5人分の食糧を調達するために走り回っていた。まだ、米が「配給制」の時代である。育ち盛りのボクたちがごはんを食べすぎると、米びつが底をつくこともあった。そんなときには、サツマイモが昼の食卓に並ぶこともあった。
 それでも、父親は、家事を手伝おうとはしなかった。
 母親によれば、ボクが生まれたときも、弟が生まれたときも、父親は、道楽にしている釣りに出かけて、家にいなかったという。

 その年の暮れも、家に父親はいなかった。
 母親は、朝から、大掃除だ、買い出しだ、お節の準備だ――と、忙しく働いていた。
 年長で、翌年には小学校に上がるボクには、そんな母親を助けたいという気持ちが、たぶん、あったのだろうと思う。
 床の雑巾がけ、庭の掃き掃除など、自分にできることは、極力やろうと心がけていたように思う。
 そんなふうにガンバっていると、母親が作りかけのイモきんとんや黒豆を味見させてくれたりする。ほんとうは、それが目当てだったのかもしれないが、いまではわからない。

            

 やがて、日が暮れた。
 「いけん。モチ、取りに行かないかん。あんた、白山町の米屋さん、覚えとるね?」
 何となく覚えてはいるが、日暮の薄暗がりの中で正確に行けるかどうか、自信がなかった。首をひねっていると、母親が地図を描いて渡してくれた。
 「あんこモチが、番重1箱分、6時にできあがるけん、取りに行ってほしいっちゃん。他のモチはもう届いとるばってん、あんこモチだけ、取りに行かんといけんと。1箱分やけど、持てるね?」
 ボクは、床の間に積まれたモチ箱を1箱持ち上げてみた。1箱に並べたモチは28個。箱と合わせると、4キロぐらいの重さにはなる。持ち上げることはできるが、その箱を抱えて、米屋から1キロほどの道を歩かなくてはならない。
 ちょっと大変だぞと思ったが、ボクは「ウン」とうなずいた。
 大丈夫、できる。
 たぷん、ボクは、子どものころから、そうやって強がって見せるタイプだったらしい。
 「ホントに大丈夫ね? あんたたちの好きなあんこモチやけんね、落としたりしたら、食べられんごとなるよ」
 「ウン、大丈夫」と胸を張るボクに、母親は懐中電灯と地図を持たせて送り出した。

            

 駄菓子屋の角を右。地図に書かれた目印を呪文のように唱えながら、ボクは、暮れなずむ田んぼ脇の道を、米屋に向かって歩いた。
 道には迷わなかったが、米屋に着く頃には、日は、水平線の向こうに沈んでいた。
 街のいろんなものが、どんどん、光を失っていく。
 大丈夫――と自分に言い聞かせながらも、増えていく闇の量が、ボクの胸の中に不安の翼を広げていった。
 「ああ、長住さんちの坊や? ひとりで取りに来たと? エラかねェ」
 米屋のおばさんにホメられて、ボクはちょっぴり誇らしくなった。
 「せっかく来てくれたとこ、わるかとばって、あんたんとこのあんこモチ、まだできとらんとよ。あと30分ぐらいかかるけん、まっとってくれる?」
 どうしよう……と思った。もちろん、携帯なんてない時代だ。家にはまだ電話も引いてなかったから、親に相談するわけにもいかない。
 泣きたい気持ちで「ウン」とうなずくと、「これ、なめよって」と、おばさんはニッキ玉を2つ、握らせてくれた。
 ビー玉の2倍ぐらいありそうなそのアメ玉をなめながら、ボクは、おとなたちが忙しく働いている様子を眺めていた。
 「〇〇さん家の5箱、上ったよ」
 「次、〇〇さん家の4箱!」
 奥では、おじさんが2人、もち米を炊き上げ、それを餅つき機に放り込んでいる。おばさんたちは、搗き上がったモチを丸めては、それを番重に並べている。
 「次、あんこモチ行くよ」
 あんこを搗き上がったモチでくるんで、おばさんたちがそれを器用に丸めて、番重に並べていく。その中には、お姉さんぐらいの若い人もいる。もしかしたら、ここん家の子ども? 一家総出で働いとるんやろか……?
 みんなが忙しく働いている様子を珍しそうに眺めていると、おばさんが、「長住さんのモチ、次やけんね。待ちくたびれたやろ?」と言って、できたてのモチを1個、手に握らせてくれた。
 ボクはパクリと、それに食いついた。

            

 「ええね、ひじば腰に当てて、両腕にこの箱ば載せて運ぶとよ。もう道は真っ暗やけん、懐中電灯で照らしながら歩くんよ。転ばんごとね。転んだら、お餅、泥だらけになってしまうけんね」
 おばさんは懐中電灯のスイッチを入れてボクの右手に持たせ、伸ばした腕の上に番重を載せた。モチ箱は新聞紙でくるまれていて、それを、おばさんはひもで縛って、端を結んで首にかけてくれた。箱の重さは、ちょっとだけ軽くなったような気がした。
 帰り道は、おばさんの言うように、真っ暗だった。
 角ごとにポツンと裸電球の街灯が灯っているが、その光が届く範囲を超えると、まったく光のない道。舗装もされてない道は、穴ぼこだらけで、石も転がっている。つまずかないように、懐中電灯で路面を照らしながら、ボクは、慎重に夜道を歩いた。
 どこかで犬が吠えると、ボクはビクッと体を強張らせた。
 その頃は、狂犬病が流行っていて、野犬にかまれると死ぬゾ――と、おとなたちには脅されていた。
 犬の吠え声を聞くと、その度に、暗がりから野犬が飛び出してくるのではないか――と周囲を見回し、少し急ぎ足になった。
 月が出て来るには、ちょっと時間があった。
 空には、満天の星が、氷砂糖をぶちまけたように広がっていた。
 田んぼ脇の民家には明かりが灯り、中から、家族が笑ったり、叫んだり、怒鳴ったりする声が、聞こえてきた。
 「〇〇ちゃん、××男~、もうごはんやけん、家に入りんさい」
 家ではあまり聞くことのない声。そんな声が飛び交う明かりのある世界が、何だか、自分には縁のない世界のように思えて、モチ箱を抱えている腕が、少し重くなった。

            

 家に帰ったボクを迎えたのは、「遅かったねェ」という母親の声だった。
 「道に迷うたんかて、心配したとよ」
 「待たされたと」
 「6時にはあがるて言いよったとにねェ」
 残念そうに言う母親の言葉を聞きながら、ボクは、何だか泣きたい気分になった。
 しかし、泣かなかった。ただ、学習した。
 この家では、何事も正しくできるかどうかが、大事なんだ――と。
 それは、自分ひとりで成し遂げるしかないことだ――と。
 たとえ、夜の闇に襲われようと、野犬の声に脅えようと。



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