ポーラに忘れな草〈10〉 離れがたい唇

smile.jpg卒業したら母親が暮らす福井に帰ると、
公子は言う。あと2カ月。「家路」の
メロディが流れる城山で会ったふたりは
顔を近づけ、唇と唇を重ね合った——。


 連載   ポーラに忘れな草   第10章 



この話は連載 10回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
   前回から読みたい方は、⇒こちらからどうぞ。

ここまでのあらすじ 深川繁は高校の3年間を下宿で過ごした。その下宿「花咲荘」に、母親に連れられてひとりの女子高生が引っ越してきた。ミッションスクールに通う矢田公子が障子戸一枚と廊下で隔てられた隣人となったときから、繁の生活が変わった。日曜日、部屋で『ヘイ・ポーラ』を歌っていると、障子の向こうからメゾソプラノのコーラスがかぶってきた。そうして始まったふたりのデュエットは、日曜日ごとの下宿の風物となっていった。そこへ、新しい住人が越してきた。近くのM大に通う学生・飯尾。混声合唱部に所属する飯尾は、ふたりのデュエットに割って入り、公子に「うちの混成」に「助っ人」として参加しないかと誘いかけてきた。ある夜、その飯尾が、テープレコ―ダ―を持って、公子の部屋をノックし、それからもしばしば公子の部屋をノックした。公子の部屋から漏れる忍び声に眠れぬ夜を過ごす繁。そんなある夜、公子の部屋から男女が争い、もつれ合う音が響いて、大家が駆け上がってきた。飯尾は部屋を追い出されることになり、繁は公子に声をかけられなくなった。そんな繁に、ある日、公子の友人だという女が、手紙を託してきた。《お願いです。一度でいいから公ちゃんの心のドアをノックしてあげてください》。繁は、勇気を奮い起こして、その願いを実行した。「私、あの人には、何も奪われてないんよ」。懸命に訴える公子の手に自分の手を兼ねる繁。ふたりは指と指を絡め合い、クリスマスの約束を交わし合った。年が明けると、繁は早めに「花咲荘」に戻った。大家に頼まれて、繁は下宿人に届いた年賀状を仕分けし、それぞれの部屋に届けた。公子の部屋には甘い香りが漂っていた。その甘い香りは、公子の制服から漂って来る。繁は、その制服に顔を埋めた――




 Going home,
 Going home………
 『家路』のメロディは、繁や公子のように、郷里を離れてひとり暮らしを続ける人間には、ときに「もう、帰ろうよ」と、帰郷を呼びかけるメッセージに聞こえる。
 しかし、公子の家路は、2つに分断されてしまった。
 公子の両親は、父親が勤務地のある神戸に、母親が実家のある福井に、別れ別れに住むことになり、公子は、福井で母親と一緒に住むことになった。
 そんな経緯を、公子は夕陽に顔の半分を染めながら、淡々と聞かせてくれた。
 「なぁ、深川くん。深川クンは、卒業したらどうするん? やっぱり、東京とか京都の大学に進むんやろ?」
 「たぶん、そうなるやろなぁ」
 「京都やったらええなぁ……」
 街並を越えた彼方に、瀬戸内の海が見えていた。西陽を受けた海は、金箔を敷き詰めたように黄金色にきらめいている。公子の視線は、その海の彼方に向けられていた。
 「京都と福井、近いん?」
 「ウン、近いで。深川クンが京都の大学に進んだら、私、電車で京都まで会いに行けるなぁ、思いよったんよ」
 「ほたら、がんばらな。京都、むずかしいんよ。もしかしたら、東京よりむずかしいかもしれんのじゃ」
 「ウン。がんばって。私は、1年早う卒業するけど……。ほんとはな……」
 公子は、体をブルッと震わせ、ダッフル・コートのポケットに突っ込んだ両手を腿の間に挟んで、首をコートのエリの中にすくめた。真冬の夕方の冷気が、繁たちの周りに忍び寄っていた。
 「ほんとは……何?」
 「笑わんといてな」
 「ウン、笑わん」
 「もう2年、こっちにおろうか、思うたこともあったんよ。このまま、上の短大に進んで……。そやけど、お父さんとお母さん、あんなことになってしもて……。それに、深川クンかて、卒業したら、この街にはおらんようになるし……」
 「わしら、ただ、この街を通りかかっただけの人間やもんな」
 「この小さな街をね。ほんっとに小さな街やなぁ。こうして見ると……」
 公子は、コートのポケットに手を突っ込んだまま立ち上がって、公園のフェンスまで歩いて行くと、ぐるりと体を一回転させた。

            

 そうやって回転すると、街の端から端までを、すべて見渡すことができた。西の端の予讃本線の駅から東の端の道後温泉まで、自転車で走れば三十分で行き着く直径の中に、何もかもが納まった箱庭のような街。
 繁たちは、この箱庭のような街に、別々の場所から吸い寄せられるようにやって来て、たまたま「花咲荘」という下宿の同宿人となり、そして、また、別々の場所に旅立っていく――ただ、それだけのことなのかもしれない、と繁は思った。
 「飯尾さんな……」
 公子は、フェンスに背をもたれさせたまま、足元の砂利を靴先で掻きながら、つぶやいた。
 「この街におれ、ゆうたんよ。M大に進学して、ずっとこの街におれ……て。ほんで、自分と一緒になれ言いもて、強引に、私を奪おうとしたん……」
 いつかの夜の騒動を思い出した。
 公子のスカートの裾が乱れていたのはそういうことだったんだ――。
 「けど、断った。私、奪われてないんよ、何も」
 「ウン、わかっとる」
 「あの人はこの土地の人。私は旅人。私は、ここで旅を終わらせるわけにはいかんしな。だいたい、タイプやないし……」
 「タイプやないのは、わかってた」
 「エッ!?」と、公子は顔を上げて、繁の顔をのぞき込んだ。その目にちょっとだけ、挑戦するような色が浮かんでいた。
 「ほな、ゆうて。私のタイプは、どんなタイプなん?」
 「ほんなん、よう言わん……」
 「フーン、言えんのん……?」
 ふたりとも口をつぐんでしまった。

            

 ただ黙って、暮れなずんでいく街を眺めていると、公子の口から、ハミングの声がもれてきた。

 〈ヘイ、ポール、
 アイヴ・ビーン・ウエイティング・フォー・ユー、
 ヘイ、ヘイ、ヘイ、ポール…………〉

 ハミングの声に歌詞が付き、形を鮮明にしながら、メロディと歌詞が繁の耳に忍び込んできた。いつもよりハスキーに、ささやくように歌う公子の声が、脳の奥深くに沁み込み、静かに胸のほうへ下りてくるのがわかった。

 〈トゥルー・ラブ・ミーンズ・プランニング・ア・ライフ・フォー・トゥー、
 ビーイング・トゥギャザー・ザ・フォール・デイ・スルー…………〉

 サビにかかると、繁は公子の顔を見つめながら、声を合わせた。
 飯尾某の登場以来、中断したままになっていたデュエットの復活。すでに黒いシルエットとなりかかった天守閣を背景に、繁と公子の声が、夜の空気を震わせた。

 〈マイ・ラブ~、マイ・ラブ~〉

 エンディングが終わっても、繁たちは、見つめ合った目をどちらからも離せなかった。
 この時間が永遠に続くんじゃないか――と思ったとき、公子の口がかすかに開いた。
 「思い出が……ほしい……」
 そう言うと、公子はかすかに震えるまぶたを閉じた。
 公子の体が、少しだけ繁に近づいた。
 繁も、少しだけ公子に近づいた。
 公子の両肩に手を置くと、公子は手を突っ込んだままのダッフルコートのポケットを繁の腰に回して、繁の体を包み込んだ。
 やや上向きの、半分開きかけたような公子の口からもれる息が、白い蒸気となって、夜の闇に溶け込んでいた。
 繁たちは、まるで宇宙船がドッキングするような慎重さで、おたがいの口を近づけた。

            

 それが初めて接触したときの感触を、繁はいまでも鮮やかに覚えている。
 それは、ただの、冷たく乾いた皮膚だった。
 しかし、触れ合った唇を少し強く押し当てると、内側から、温かな弱々しい粘膜が、唾液の膜を伴って現れ、繁の粘膜と溶け合った。
 その瞬間、初めて繁は、公子という人格の内側に入った――と確信できた。
 公子は、こんな温度でここにいたんだ――と確信できた。
 繁たちは、息を止めておたがいの粘膜を確かめ合い、そっと唇を離しては、またも吸い寄せられて、おたがいの口を合わせた。
 信じられないほど夢中になって、その遊戯に没頭しているうちに、眼下では、街のビルや人家に灯が灯り、ライトを点けたクルマや路面電車が、城山を迂回しながら光の帯を作り始めていた。
 高校3年生と2年生。
 ふたりにとって、それは、人生初の経験だったが、繁たちはどちらも、それ以上のものを求める知恵も勇気も持ち合わせていなかった。
 公子の卒業まで2ヵ月と少し。
 繁たちには、残された時間が、あまりにも少なすぎた。
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