ポーラに忘れな草〈7〉 心のドアをノックして

smile.jpg自分たちの混声合唱団に参加しないかと、
誘う飯尾。部屋を訪ねた飯尾と公子が
部屋の中で争い、もつれ合う様子に、
大家が2階に駆け上がってきた——。


 連載   ポーラに忘れな草   第7章 



この話は連載 7回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
   前回から読みたい方は、⇒こちらからどうぞ。

ここまでのあらすじ 深川繁は高校の3年間を下宿で過ごした。その下宿「花咲荘」に、母親に連れられてひとりの女子高生が引っ越してきた。ミッションスクールに通う矢田公子が障子戸一枚と廊下で隔てられた隣人となったときから、繁の生活が変わった。日曜日、部屋で『ヘイ・ポーラ』を歌っていると、障子の向こうからメゾソプラノのコーラスがかぶってきた。そうして始まったふたりのデュエットは、日曜日ごとの下宿の風物となっていった。そこへ、新しい住人が越してきた。近くのM大に通う学生・飯尾。混声合唱部に所属する飯尾は、ふたりのデュエットに割って入り、公子に「うちの混成」に「助っ人」として参加しないかと誘いかけてきた。ある夜、その飯尾が、テープレコ―ダ―を持って、公子の部屋をノックし、それからもしばしば公子の部屋をノックした。公子の部屋から漏れる忍び声に眠れぬ夜を過ごす繁は、公子に声をかけることができなくなった――




 ジリリ、ジリリ……。
 廊下にけたたましいベルの音が鳴りわたった。
 2階の住人に、「ウルサイぞ」と知らせる大家からの合図のベルだった。
 続いて、階段を急ぎ足に上がってくる足音がした。
 繁も、藤田クンも、チーちゃんたちも、一斉に戸を開けて、足音の主を見た。大家の妙子夫人だった。
 「矢田さん、矢田さん」
 大家夫人は、公子の部屋の前まで来ると、ネットをかぶった頭をボリボリ掻きながら、障子戸をノックした。
 「何しよんですか? 夜中にドタバタ。ちょっと開けますよ」
 その声と同時に、大きな影がひとつ、畳の上から飛びのくように動いた。
 開けられた障子の間から、公子の姿が見えた。
 畳の上から起き上がった公子が、あわててスカートの裾を直す姿が見えた。
 その裾からむき出しになった公子の白いももが、一瞬だけ、繁の目を射た。
 「飯尾さん、ちょっと下までお願いします」
 感情を押し殺したような大家夫人の声。
 その声が、相当に怒っているときの声であることを、繁たちはみんな知っていた。たぶん、大家夫人は、一瞬で何が起こっていたのかを見抜いてしまったに違いない。
 それから起こるであろうことを想像して、繁と藤田クンとチーちゃんは、おたがいの顔を見やった。
 飯尾が大家夫人と一緒に階段へ向かうと、公子は、はだけかけたカーディガンの胸元を合わせ、その合わせ目を片手でギュッと握ったまま立ち上がって、障子戸に手をかけた。
 戸を閉めながら、チラとだけ繁の顔を見た。その目の下のまぶたに、キラリと光るものがあった。しかし、その目はすぐにそらされ、障子戸は静かに閉ざされた。
 何か声をかけなくちゃ――と思ったが、言葉が思いつかなかった。
 公子が、何か、とてつもなく遠い世界に行ってしまったような気がした。

            

 飯尾は、結局、「花咲荘」を追い出されることになった。
 師走の寒風が吹きすさぶ十二月初めの土曜日、数人の男たちがやって来て、あっという間に荷物を運び出してしまった。
 入居してきたときに比べると、あまりにも呆気ない引っ越し作業だった。
 公子は、それ以来、ほとんどだれとも口をきかなくなった。繁たちと顔を合わせても、スッと目をそらしてうつむいてしまう。
 繁たちもそんな公子を気遣って、だれも声をかけようとしなかった。
 繁と公子の季節は終わったのだ――繁は、そう思った。
 例年になく厳しい冷え込みが続く冬の夜、公子の部屋から聞こえてくる鼻をすする音や、時折響く「クシュッ」という音に、繁の耳は鋭敏に反応したが、「風邪?」と声をかけることすらできないまま、季節はクリスマスと冬休みへと向けて、カサカサと音を立てながら過ぎていった。

            

 「深川、おまえに手紙、預かってきとんのや」
 冬休みまであと1週間、という日だった。
 学校に出ると、クラスメートの高木が、一通の封筒を繁の机に投げてよこした。裏を見ると、「篠原昌子」とある。まったく見たことも聞いたこともない名前だった。
 「知らんぞ、こんなやつ」
 「ワシのガールフレンドや。深川さんに渡してくれとよ」
 高木が面白くなさそうな顔で言った。
 封を切って出てきたのは、細い文字がバランスよく配置された、水色の便箋1枚だった。その便箋の色に見覚えがあった。

 《突然、こんなお手紙を差し上げて、さぞ驚かれたでしょうね。
 私、矢田公子の友人で、篠原と申します。
 最近、公ちゃんに元気がないので、とても心配しています。
 深川さんのことは、公ちゃんからよく聞かされていたので、
 失礼かと思ったのですが、私の友だちの高木クンに、
 この手紙を託しました。
 
 何も言いません。
 一度でいいので、公ちゃんの部屋をノックしてあげてください。
 公ちゃんの大親友としての私からの、一生のお願いです。
 ノックするだけでいいのです。
 いま、公ちゃんの心を開くには、それしか方法がないので、
 図々しいことを承知でお願いしています。
 ほんとに、ほんとに、一度でいいので、
 公ちゃんの心の扉をノックしてあげてください……》


 文面はそれだけだった。
 横から、高木がやきもきしながら眺めていた。
 「何やった?」
 「ラブレター」
 「何言いよんぞ。ちょっと見せや」
 「いや、見せられん。心配すな。ワシと彼女のことを心配して、書いてきとんのや。おせっかいやの、おまえの彼女も……」
 しかし、そのおせっかいは、ちょっぴりありがたくもあった。

            

 その日の夜、繁は、そっと自分の部屋の戸を開けて、公子の部屋の前に立った。
 ノックしようと顔の高さまで拳を持ち上げた。しかし、その拳は、その位置で固まってしまった。
 ノックして、何と声をかけるんだ?
 この数ヶ月に及ぶ沈黙を、どんな言葉で……?
 考えがまとまらない。それでもノックするという勇気が湧いてこない。
 繁は、持ち上げた拳をゆっくり下ろして、トイレに向かった。
 寒さに凍え上った分身をつまみ出しながら、トイレの窓から見える冬の星空を眺めた。
 真冬の南の空高く、オリオン座が冷たく峻厳な光を輝かせていた。青白い光のリゲルと赤い光のペテルギウスが、対角線上でひと際明るい光を放っていた。
 あのリゲルのようでありたい――と、子どもの頃、願ったことを思い出した。赤いペテルギウスは、公子のようだ……と思った。
 そのオリオン座の四角い輪郭の中に、フッ……と、昼間読んだ篠原昌子からの手紙の文字が浮かんだ。

 《ほんとに、ほんとに、一度でいいので、
 公ちゃんの心の扉を……》


 よしッ――と心の中でつぶやいて、残尿を振り切り、身震いをしてズボンのジッパーを引き上げた。
 手を洗って、もう一度、公子の部屋の前に立った。
 もう、迷いは消えていた。持ち上げた拳で、今度はためらうことなく、障子戸の桟を叩いた。
 「ハイ?」
 警戒するような、冷たい声が返ってきた。
 「深川です」
 「あ、ハ…イ……」
 今度は、力のない声がして、公子が立ち上がる気配がした。
 障子に薄ぼんやりした影が近づき、戸が静かに引かれた。
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