女神の探し物〈終章〉 最後の旅

面会に行った龍二兄ィから教えられた
一本の電話番号。それは、翠さんが修業している
という「そば屋」の電話番号だった。
そっと様子を見に行ってみたが、そこに、
翠さんの姿はなかった。「浅尾翠さんは?」と
尋ねると、見覚えのある顔が奥から顔を出した。
その口からは意外な事実が語られた——。
連載 女神の探し物 終章
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ここまでのあらすじ 翠さんは、ジャズクラブやライブハウスで歌っている歌姫だ。そのダンナ・浅尾龍二は、世間が「総会屋」と呼ぶ右翼の活動家だ。オレはその舎弟として使いっぱしりをやっている。翠さんが毎週、顔を出しているジャズクラブ「メモリー」に、大下博明というピアニストと玉川恵一というベーシストがいる。その3人で出したファーストアルバムが、メジャーに注目され、翠さんにTV出演の話が舞い込んだ。芽生えたメジャー・デビューのチャンス。しかし、その芽をつぶしたのは、龍二兄ィその人だった。ベースの「タマちゃん」が「だんなであるあなたが、彼女のチャンスをつぶすのか」とかみついたが、兄ィの気持ちは変わらなかった。翠さんには、熱心な固定ファンがいた。その中には、彼女に酒をすすめてくる者もいる。しかし、翠さんは酒乱だった。酒が犯させる過ち。そんな日、兄ィと翠さんの夜は修羅場となった。「おまえは血を汚してんだゾ」と声を荒げ、手を振り上げる兄ィ。翠さんは「禁酒」を宣言したが、その翠さんには変な「追っかけ」がついていた。「変なのが現れるかも」というので、しばらくその送り迎えをおおせつかったオレは、初めて翠さんのステージを見て、その姿と声にホレた。その夜、オレはママに頼まれて、ピアニストの大下博明を自宅に送っていくことになった。肝硬変に冒されて歩くこともままならない老ピアニスト。その体を支えたのは、客の児玉敦という男だった。実は、その児玉と浅尾龍二の間には、20代の頃から続く因縁があった。右翼と左翼。ふたりはぶつかり合っては血を流す、天敵同士だった。7か月後、大下博明がこの世を去った。その後も翠さんの送り迎えを続けるオレは、ある日、翠さんの奇妙な行動に気づいた。ホームレスがたむろする公園に足を踏み入れた翠さんが、ひとりひとり、彼らの顔をのぞき込み始めたのだ。翠さんが探しているのは、8歳のときに駆け落ちしたまま行方が知れないという父親だった。そんなある日、オレと兄ィは暴力団のフロント企業に脅しをかけて、追われる身となった。彼らは翠さんにも危害を加えるかもしれない。安全な場所に匿うようにと兄ィに頼まれたオレは、その日、彼女が出演する渋谷のジャズクラブに向かったが、翠さんの姿は、そこにはなかった。クルマを停めた地下駐車場の上がホームレスのたむろする公園になっていることを知ったオレは、不安に駆られて公園に足を踏み入れた。「その女なら、向こうの小屋へ行ったゾ」と、ホームレスのひとりが教えてくれた。ひと際大きなブルーシートの小屋。その前では男たちが数人で酒盛りをし、めくれたシートの端からは、白い脚がのぞいていた。男がひとり、精液のしたたるペニスをしごきながら、小屋から出てきた。「姐御~!」。オレは叫びながら小屋の中に突進し、男の股間を蹴り上げて翠さんを救い出し、ドラッグストアへ向かった。やらなければいけないことがあった。穢された彼女の体に禊を施すため、オレは丘の上のホテルに部屋を取った。使い捨てビデのノズルを見て、女神・浅尾翠は懇願した。「自分では使えない。お願い」。オレがノズルを挿入すると、女神は身もだえしながら、自分の身に起こったことのすべてを語り始めた。そしてオレは、傷ついた女神のヴァギナを修復するために、クリームをまぶした指を彼女のスリットにもぐり込ませた。数日後、刑事がオレの部屋を訪ねてきた。龍二兄ィが人を刺したという。オレたちが脅した企業のバックである暴力団のチンピラともみ合ううちに、ドスで相手を刺したのだ。7年の実刑判決を受けた兄ィは、翠さんと別れたと言う。その翠さんは、プロとして歌うことを止め、そば屋になる決意を固めた。なぜか、その理由はわからなかった。面会に行ったオレに、兄ィは一枚のメモを見せた。それは、翠さんが働くそば屋の電話番号だった――
席に着いて、ざるそばを注文した。
最初に店をのぞいたとき、「翠さんか?」と見間違えた作務衣姿の背の高い女の子が、「ざる一丁」と、元気な声で注文を厨房に通す。
ほどなく「お待たせしました」とそばを運んできた女の子に、オレは思い切って声をかけた。
「こちらで、以前、浅尾翠という女性が働いていたかと思うのですが、もう、彼女は辞めてしまったんですか?」
女の子は、キョトンと首をかしげてオレの顔を見ている。
「わたし、ここのバイト、始めたばかりなので、よくわからないんです。ちょっと、大将に訊いてみますね」
あ、そこまでしなくても――と思ったが、女の子は厨房に向かって声をかけ、「あの方が」というふうにオレのほうを指し示して、何事かを告げている。
大将と思われる男が厨房から顔出してオレのほうを見て、「アレ……?」という顔をした。
オレもその顔を見て、「オヤ?」と思った。
どこかで見た顔だ。しかし、すぐには、それがどこだったか思い出せなかった。
最初に店をのぞいたとき、「翠さんか?」と見間違えた作務衣姿の背の高い女の子が、「ざる一丁」と、元気な声で注文を厨房に通す。
ほどなく「お待たせしました」とそばを運んできた女の子に、オレは思い切って声をかけた。
「こちらで、以前、浅尾翠という女性が働いていたかと思うのですが、もう、彼女は辞めてしまったんですか?」
女の子は、キョトンと首をかしげてオレの顔を見ている。
「わたし、ここのバイト、始めたばかりなので、よくわからないんです。ちょっと、大将に訊いてみますね」
あ、そこまでしなくても――と思ったが、女の子は厨房に向かって声をかけ、「あの方が」というふうにオレのほうを指し示して、何事かを告げている。
大将と思われる男が厨房から顔出してオレのほうを見て、「アレ……?」という顔をした。
オレもその顔を見て、「オヤ?」と思った。
どこかで見た顔だ。しかし、すぐには、それがどこだったか思い出せなかった。

男は、急いで手を拭き、前掛けを外し、頭に被った和帽子を脱ぎ、カタカタ……と下駄の音を響かせて、オレの座った席へと向かって来る。その顔を見て、オレは「アッ」と思った。
どこかで見た――と思ったのは、翠さんがレギュラーで出演していた「メモリー」の常連客のひとりだと思い出したからだ。
「お久しぶりです。翠ちゃんのマネジャーやってた、エーと……」
「あ、野原と申します。野原憲治郎です。でも、マネジャー業はやってないですよ。一時期、付き人みたいなことをやってただけで」
「そうですか? 私らはみんな、ありゃ、マネジャーだなって思ってたんですよ。翠ちゃん、どこか危なっかしいところがあったから、ああいうマネジャーがついてりゃ大丈夫だろうって、みんなで話してたんですよ。ああ、私は、森田です。『生そば もり田』の森田。店名、安易に決めちゃったんで、ちょっとお恥ずかしいんですがね」
そうか――と、オレは納得した。
翠さんが、突然、そば屋で修業を始めたという背景には、この男の存在があったのに違いない。そば屋でありながら、ミュージシャンたち以上にジャズの曲に精通し、だれも知らない曲の譜面を持っていたりするので、みんなから「ソバシャン森田」などと呼ばれていた男だ。
音楽の師と言うべき大下博明を亡くし、ジャズを歌う情熱を失いかけていた浅尾翠に、「そばでも打ってみないか? とすすめたのは自分だ」と、森田は告白した。「そうして、自分をリセットすれば、また、新たな歌の意欲が涌いてくるかもしれない」と思ったというのだ。「しかしね……」と、ソバシャン・森田は口ごもった。

「せっかくおいでいただいたのに、翠ちゃん、もうここにはいないんですよ。というか、もう、日本にも……」
ある日、森田氏も見たことのない男が店にやって来て、浅尾翠と何やら話し込んでいた。
男は、閉店した後も店の前で翠さんを待ち、そしてふたりは、夜の街へ消えて行った。
それが、森田氏が浅尾翠を見た最後だった。
翌日、翠さんから店に電話が入った。
「訳があって旅に出たいので、そば打ちのほうは、しばらく休ませてください」
その理由が何なのか、どこへ旅に出るのか――などの説明は、何もなかった。
しかし、森田氏は前日、男が翠さんを訪ねて来た後、彼女が気になる言葉をつぶやいたのを覚えている。
「あの人、そんなとこに? 海を渡っちゃったの?」
「あの人」というのがだれのことを指すのか、オレには何となく想像がついたが、それは口にしないでおいた。
「海を渡った」については、森田氏が、ふたりの会話の中で気になる言葉を耳にしていた。
「エッ、釜山……?」
翠さんが大きな声で訊き返していたというのだ。
森田氏の観察では、男は、宗教団体に関係する人間のようだったという。
もしかしたらそれは、浅尾龍二と翠を結び付け、音楽界にも多くの信者を抱える団体で、その本部が韓国にある、あの団体だ。
「彼女は、出家したのかもしれない」と、そば庵の亭主は言う。
そうかもしれない。
しかし、彼女は彼女の人生の旅を完成させる、最後の旅に出かけたのかもしれない。
それは、だれにもわからない。
そして、それ以降、彼女の噂を聞いた者は、だれもいない。

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