女神の探し物〈19〉 歌を捨てたカナリア

ホームレスたちに凌辱された女神の体を
指で洗浄したオレは、
兄ィには絶対に知られてはいけない秘密を
彼女との間に作ってしまった。
しかし、その兄ィと連絡が取れない。
数日後、オレの部屋を刑事が訪ねてきた。
そこで聞かされたのは——。
連載 女神の探し物 第19章
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ここまでのあらすじ 翠さんは、ジャズクラブやライブハウスで歌っている歌姫だ。そのダンナ・浅尾龍二は、世間が「総会屋」と呼ぶ右翼の活動家だ。オレはその舎弟として使いっぱしりをやっている。翠さんが毎週、顔を出しているジャズクラブ「メモリー」に、大下博明というピアニストと玉川恵一というベーシストがいる。その3人で出したファーストアルバムが、メジャーに注目され、翠さんにTV出演の話が舞い込んだ。芽生えたメジャー・デビューのチャンス。しかし、その芽をつぶしたのは、龍二兄ィその人だった。ベースの「タマちゃん」が「だんなであるあなたが、彼女のチャンスをつぶすのか」とかみついたが、兄ィの気持ちは変わらなかった。翠さんには、熱心な固定ファンがいた。その中には、彼女に酒をすすめてくる者もいる。しかし、翠さんは酒乱だった。酒が犯させる過ち。そんな日、兄ィと翠さんの夜は修羅場となった。「おまえは血を汚してんだゾ」と声を荒げ、手を振り上げる兄ィ。翠さんは「禁酒」を宣言したが、その翠さんには変な「追っかけ」がついていた。「変なのが現れるかも」というので、しばらくその送り迎えをおおせつかったオレは、初めて翠さんのステージを見て、その姿と声にホレた。その夜、オレはママに頼まれて、ピアニストの大下博明を自宅に送っていくことになった。肝硬変に冒されて歩くこともままならない老ピアニスト。その体を支えたのは、客の児玉敦という男だった。実は、その児玉と浅尾龍二の間には、20代の頃から続く因縁があった。右翼と左翼。ふたりはぶつかり合っては血を流す、天敵同士だった。7か月後、大下博明がこの世を去った。その後も翠さんの送り迎えを続けるオレは、ある日、翠さんの奇妙な行動に気づいた。ホームレスがたむろする公園に足を踏み入れた翠さんが、ひとりひとり、彼らの顔をのぞき込み始めたのだ。翠さんが探しているのは、8歳のときに駆け落ちしたまま行方が知れないという父親だった。そんなある日、オレと兄ィは暴力団のフロント企業に脅しをかけて、追われる身となった。彼らは翠さんにも危害を加えるかもしれない。安全な場所に匿うようにと兄ィに頼まれたオレは、その日、彼女が出演する渋谷のジャズクラブに向かったが、翠さんの姿は、そこにはなかった。クルマを停めた地下駐車場の上がホームレスのたむろする公園になっていることを知ったオレは、不安に駆られて公園に足を踏み入れた。「その女なら、向こうの小屋へ行ったゾ」と、ホームレスのひとりが教えてくれた。ひと際大きなブルーシートの小屋。その前では男たちが数人で酒盛りをし、めくれたシートの端からは、白い脚がのぞいていた。男がひとり、精液のしたたるペニスをしごきながら、小屋から出てきた。「姐御~!」。オレは叫びながら小屋の中に突進し、男の股間を蹴り上げて翠さんを救い出し、ドラッグストアへ向かった。やらなければいけないことがあった。穢された彼女の体に禊を施すため、オレは丘の上のホテルに部屋を取った。使い捨てビデのノズルを見て、女神・浅尾翠は懇願した。「自分では使えない。お願い」。オレがノズルを挿入すると、女神は身もだえしながら、自分の身に起こったことのすべてを語り始めた。そしてオレは、傷ついた女神のヴァギナを修復するために、クリームをまぶした指を彼女のスリットにもぐり込ませた――
翠さんのダンナ、浅尾龍二は、警察に身柄を拘束されていた。
オレがそのことを知ったのは、公安の刑事がオレの部屋を訪ねてきたときだった。
浅尾龍二が、「NTフロント社」の社員を刺したが、あんた、何か知らないか――と、聞き込みに来たのだった。
ピンときた。
「NTフロント社」と言えば、前の日、オレと兄ィで「売国企業」と街宣をかけ、協賛金を脅し取ろうとした会社だ。それが、暴力団のフロント企業だとわかって、兄ィはオレに「逃げろ」と命じ、自分もどこかに身を隠したはずだった。
しかし、見つかったのだろう。
刑事の話によると、龍二兄ィは、自分に襲いかかってきた暴力団の下部構成員2名と乱闘になったが、相手のひとりがナイフを振り回し始めたのを見て、思わずドスを抜いた。そのドスが相手の腹部を刺し、相手は重症を負った。
「ほんとならね」とその刑事は言うのだ。
「先にナイフを振り回したのは被害者のほうだから、浅尾には正当防衛という見方もできる。しかし、ドスを持ち歩いていたとなると、そりゃムリだわなぁ。それによ、あんたたち、連中を脅したってじゃない。あんたも、その場にいたんだろ?」
どうやら、刑事は、このオレにも、「暴対法」違反、「商法」違反の容疑をかけようとしているらしかった。
オレは警察署で事情を聴取それたが、身柄は拘束されずにすんだ。しかし、兄ィへの面会は、当然のことながらかなわない。
結局、浅尾龍二には、傷害罪のほかに、銃刀法違反、暴対法違反の罪が加わって、懲役7年の実刑が科せられた。傷害事件の刑としては、やや重い。しかし、浅尾龍二の場合は、ふだんから企業を脅す総会屋であることから「暴力のプロである」とみなされ、情状が酌量されなかった。
オレがそのことを知ったのは、公安の刑事がオレの部屋を訪ねてきたときだった。
浅尾龍二が、「NTフロント社」の社員を刺したが、あんた、何か知らないか――と、聞き込みに来たのだった。
ピンときた。
「NTフロント社」と言えば、前の日、オレと兄ィで「売国企業」と街宣をかけ、協賛金を脅し取ろうとした会社だ。それが、暴力団のフロント企業だとわかって、兄ィはオレに「逃げろ」と命じ、自分もどこかに身を隠したはずだった。
しかし、見つかったのだろう。
刑事の話によると、龍二兄ィは、自分に襲いかかってきた暴力団の下部構成員2名と乱闘になったが、相手のひとりがナイフを振り回し始めたのを見て、思わずドスを抜いた。そのドスが相手の腹部を刺し、相手は重症を負った。
「ほんとならね」とその刑事は言うのだ。
「先にナイフを振り回したのは被害者のほうだから、浅尾には正当防衛という見方もできる。しかし、ドスを持ち歩いていたとなると、そりゃムリだわなぁ。それによ、あんたたち、連中を脅したってじゃない。あんたも、その場にいたんだろ?」
どうやら、刑事は、このオレにも、「暴対法」違反、「商法」違反の容疑をかけようとしているらしかった。
オレは警察署で事情を聴取それたが、身柄は拘束されずにすんだ。しかし、兄ィへの面会は、当然のことながらかなわない。
結局、浅尾龍二には、傷害罪のほかに、銃刀法違反、暴対法違反の罪が加わって、懲役7年の実刑が科せられた。傷害事件の刑としては、やや重い。しかし、浅尾龍二の場合は、ふだんから企業を脅す総会屋であることから「暴力のプロである」とみなされ、情状が酌量されなかった。

2カ月後、龍二兄ィは小菅刑務所に収監された。
オレは、すぐに面会に行った。
面会室のアクリル板越しに見る兄ィは、頬が少しこけたように見えた。そのぶん、眼光が鋭くなったようにも見えた。
しかし、それは、兄ィの思想が研ぎ澄まされた結果――というわけではなかった。
「お疲れさんッす」
頭を下げるオレの顔を見て、ガラスの向こうの兄ィは、口元をフッ……と緩め、それから、丸刈りの頭をクルリと撫でて言うのだった。
「ケンよ、これ、もう……おつとめじゃねぇから」
「エッ」と、オレは思わず訊き返した。
兄ィ・浅尾龍二は、オレの目を見ながら通声穴に口をつけるようにして、諭すように、言い含めるように、声をひそめた。
「この稼業は、もう、終わりだよ、ケン。出てこられるときには、オレももうジジイだ。おまえはまだ若いんだからよ、いまからでも正業に就けるだろ。翠もよ……」
そう言って、龍二兄ィは言葉を切った。
翠さんも面会に来たんだ――と知って、オレは、ちょっとうろたえた。
まさか、あのこととか、話しちゃったんじゃあるまいな……。
しかし、そうではなかった。
龍二兄ィの口から語られたのは、ジャズ歌手・浅尾翠の驚くべき転身だった。

「あいつ、そば屋になるんだってよ。これからは、額に汗して働くんだそうだ」
「そば屋……?」と、思わず声が引っくり返った。
「もう……歌は、歌わないんすか?」
「プロとして歌うのは、もう、止めるらしい。趣味としては知らねェけどな。それによ……」
その後に続いた兄ィの言葉に、オレは返す言葉を失った。
「あいつとは、もう、籍を抜いたんだ」
それを言い出したのは、龍二兄ィのほうだったという。
「オレを待つな」と兄ィは言い、翠さんはそれにうなずいた。それが、ふたりの別れの儀式だった。
浅尾龍二と浅尾翠は、もう夫婦ではなくなった。てことは、オレと翠さんの間で起こったことも、もはや「罪」として封印する必要もなくなったということだ。
しかし、それを兄ィに告白する気にはなれなかった。
歌を捨てた翠さんは、毎朝5時に起きて、そばを打つ生活を始めているという。
どうして「そば」なのか?
そして、なぜまたこの時期、突然に?
いくら考えても、その理由がわからなかった。
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みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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