女神の探し物〈10〉 男ふたりの流血の因縁

「メモリー」の客・児玉敦は、ミュージシャンも
顔負けのジャズ・マニアだという。
その児玉敦と浅尾龍二には、古い因縁がある。
20代の頃には、血を流し合う天敵同士だった。
そんなふたりが、翠さんという共通項を通して、
再び、因縁を結び合うことになった。
右翼と左翼とジャズ歌手、その関係は…。
連載 女神の探し物 第10章
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ここまでのあらすじ 翠さんは、ジャズクラブやライブハウスで歌っている歌姫だ。そのダンナ・浅尾龍二は、世間が「総会屋」と呼ぶ右翼の活動家だ。オレはその舎弟として使いっぱしりをやっている。翠さんが毎週、顔を出しているジャズクラブ「メモリー」に、大下博明というピアニストと玉川恵一というベーシストがいる。その3人で出したファーストアルバムが、メジャーに注目され、翠さんにTV出演の話が舞い込んだ。芽生えたメジャー・デビューのチャンス。しかし、その芽をつぶしたのは、龍二兄ィその人だった。ベースの「タマちゃん」が「だんなであるあなたが、彼女のチャンスをつぶすのか」とかみついたが、兄ィの気持ちは変わらなかった。翠さんには、熱心な固定ファンがいた。その中には、彼女に酒をすすめてくる者もいる。しかし、翠さんは酒乱だった。酒が犯させる過ち。そんな日、兄ィと翠さんの夜は修羅場となった。「おまえは血を汚してんだゾ」と声を荒げ、手を振り上げる兄ィ。翠さんは「禁酒」を宣言したが、その翠さんには変な「追っかけ」がついていた。「変なのが現れるかも」というので、しばらくその送り迎えをおおせつかったオレは、初めて翠さんのステージを見て、その姿と声にホレた。その夜、オレはママに頼まれて、ピアニストの大下博明を自宅に送っていくことになった。肝硬変に冒されて歩くこともままならない老ピアニスト。その体を支えたのは、客の児玉敦という男だった――
「ケンさん、きょうはわるかったね」
帰りのクルマの中で、翠さんがほんとに申し訳なさそうに言う。そして、独り言のように続けた。
「いい人だよね……コダッチ……」
翠さんは、児玉敦のことを「コダッチ」と呼ぶ。
そのコダッチは、翠さんによれば、ミュージシャンも顔負けな「ジャズ・マニア」なのだそうだ。マニアといっても、ジャズの知識にやたら詳しいという「にわか評論家」のようなマニアじゃない。自ら歌を歌い、ときにはピアノを弾いたりもする、素人プレーヤーだ。そのレパートリーがすごい。
「プロ」を名乗っている歌手でも、レパートリー200曲なんていうのは稀なのに、コダッチは優に250曲を超えるレパートリーを持っている。レパートリーとなった曲については、キーも、歌詞も、寸法も、メロディーも、すべて頭の中に記憶していて、しかもコダッチは、それを自分のキーに書き換えた譜面にしてコピーし、製本して、自分だけの「歌本」として持ち歩いているという。
客を演奏に参加させるスタイルの店に出かけるときには、コダッチはそれを2冊ずつ、バッグの中に忍ばせていく。自分のために――ではない。伴奏するピアノやベースなどのミュージシャンに見せるためにだ。
この歌本が、実によくできている。
演奏中にページをめくらなくてすむように、すべての曲を1Pまたは見開き2Pにまとめ、しかも、無線綴じにしてある。開いたページが途中で閉じてしまわないようにするための工夫だ。
児玉敦は、その自家製の歌本を、常連として通っている店には、キープしてもらっている。使いたいという客には、「自由に使ってもらっていい」という条件付きだが、その歌本を活用するのは、どちらかというと、ミュージシャンのほうが多かった。
中には、「この曲を写させてもらっていいか?」と言い出す者もいる。それが、顔なじみで気の合うミュージシャンであれば、「よかったら使ってください」と、一冊、進呈してしまうこともある。
「太っ腹なんすね?」
オレが言うと、思いもしない答えが返ってきた。
「ていうか、世話焼きだったらしいよ、昔っから」
「エッ、昔から?」
「うちの人が言うにはね……」
「エッ!」と、オレは思わず声を挙げた。
帰りのクルマの中で、翠さんがほんとに申し訳なさそうに言う。そして、独り言のように続けた。
「いい人だよね……コダッチ……」
翠さんは、児玉敦のことを「コダッチ」と呼ぶ。
そのコダッチは、翠さんによれば、ミュージシャンも顔負けな「ジャズ・マニア」なのだそうだ。マニアといっても、ジャズの知識にやたら詳しいという「にわか評論家」のようなマニアじゃない。自ら歌を歌い、ときにはピアノを弾いたりもする、素人プレーヤーだ。そのレパートリーがすごい。
「プロ」を名乗っている歌手でも、レパートリー200曲なんていうのは稀なのに、コダッチは優に250曲を超えるレパートリーを持っている。レパートリーとなった曲については、キーも、歌詞も、寸法も、メロディーも、すべて頭の中に記憶していて、しかもコダッチは、それを自分のキーに書き換えた譜面にしてコピーし、製本して、自分だけの「歌本」として持ち歩いているという。
客を演奏に参加させるスタイルの店に出かけるときには、コダッチはそれを2冊ずつ、バッグの中に忍ばせていく。自分のために――ではない。伴奏するピアノやベースなどのミュージシャンに見せるためにだ。
この歌本が、実によくできている。
演奏中にページをめくらなくてすむように、すべての曲を1Pまたは見開き2Pにまとめ、しかも、無線綴じにしてある。開いたページが途中で閉じてしまわないようにするための工夫だ。
児玉敦は、その自家製の歌本を、常連として通っている店には、キープしてもらっている。使いたいという客には、「自由に使ってもらっていい」という条件付きだが、その歌本を活用するのは、どちらかというと、ミュージシャンのほうが多かった。
中には、「この曲を写させてもらっていいか?」と言い出す者もいる。それが、顔なじみで気の合うミュージシャンであれば、「よかったら使ってください」と、一冊、進呈してしまうこともある。
「太っ腹なんすね?」
オレが言うと、思いもしない答えが返ってきた。
「ていうか、世話焼きだったらしいよ、昔っから」
「エッ、昔から?」
「うちの人が言うにはね……」
「エッ!」と、オレは思わず声を挙げた。

翠さんの話によると、彼女の亭主・浅尾龍二と「メモリー」の客で屈指のジャズ・マニアである児玉敦は、古くからの知り合いであるという。それも、翠さんと知り合うはるか前の20代の頃から――。
いったい、どういう関係性がふたりの間にあったというのか?
オレが首をひねっていると、翠さんが思いもしないことを口にした。
「なんか、敵同士だったみたいなんだよね、あのふたり」
翠さんによると、学生時代の浅尾龍二は、当時、ほとんど政治の課題としては取り上げられる機会のなかった「北方領土奪還!」を訴える、宗教系右派団体の構成員だった。
一方、児玉敦は、学園で「理事長の不正糾弾」に立ち上がった左派系学生のリーダーのひとりだった。
児玉たちの運動で、学生たちはスト権を成立させ、「全学共闘会議」を結成してキャンパスをバリケードで封鎖した。そのバリケード封鎖を解除したい理事会の意向を受けて、木刀や釘を打ち込んだこん棒などで武装し、左派系学生に襲撃を繰り返していたのが、龍二兄ィたちの右派系だった。
左派系はこれに対して角材や投石で対抗し、その頃の学園は、毎日のように両派の激突で血に染まったという。
浅尾龍二と児玉敦は、そんな時代に木刀と角材でやり合った天敵同士だった。
卒業すると、浅尾龍二は「何とか塾」という総会屋の事務所に入所して、総会屋への道を進み、児玉敦は一般企業への就職を拒んで小さな出版社に就職し、体制にモノ申すジャーナリズムの世界に身を投じた。
それからも、ふたりはいくつかの場所で顔を合わせたらしい。
それは、デモの群衆が詰めかけた国会前だったり、政治家への献金疑惑が騒がれる企業の本社屋前だったり、ヘイト・スピーチ渦巻く外国公館や怒号止まない官庁の前……だったりした。
片方は、街宣車に乗って群衆を威嚇したり、企業を恫喝したりする立場。もう一方は、市民活動側に立って、批判的な写真を撮ったり記事を書いたりする立場。
立場は違ったが、おたがいに相手がそこにいたことを認識する関係。浅尾龍二と児玉敦は、そんなふうに相手を認める関係にあったようだ――と、翠さんは話してくれた。

翠さんが龍二兄ィとどうやって出会ったかについては、オレは、あまり詳しくは知らない。
10代の頃の彼女は、教会でオルガンを弾いている髪の長い少女だったという。
多感だった彼女は、教会音楽を通して宗教の世界に引き込まれ、「家族の団結」を説くある新興宗教系の教義に深くはまっていった。
龍二兄ィが学生時代から所属していたのは、「北方領土奪還」を政治的スローガンに掲げる新興宗教系の右派組織だったが、その根底にも、やはり「家族団結」の重要性を説き、共産主義を「サターン」と退ける教義を抱えていた。
翠さんがはまっていった新興宗教系の教会も、龍二兄ィが活動家として所属した右派系政治団体も、そのベースを支配していたのは、同じ新興宗教組織だった。
ふたりは、その宗教組織が主催した合同お見合いの席で顔を合わせたらしい。
その席で歌とピアノを披露した翠さんを龍二兄ィが見初め、そして、翠さんは龍二兄ィの男気に惹かれた。
実は、翠さんには、年上でガタイのいい、男気を感じさせる男に惹かれてしまう理由があった。
それを知ったのは、ずいぶん経ってからだった。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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