女神の探し物〈8〉 男をホレさせる彼女の「Y字」


翠さんのステージを初めて見た。
ローズ色の艶やかなドレスに身を包んで、
ピアノの横にスッと立つ彼女。
そのドレスの腹部に浮かび上がる「Yの字」に、
オレはホレた——。
連載 女神の探し物 第8章
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ここまでのあらすじ 翠さんは、ジャズクラブやライブハウスで歌っている歌姫だ。そのダンナ・浅尾龍二は、世間が「総会屋」と呼ぶ右翼の活動家だ。オレはその舎弟として使いっぱしりをやっている。翠さんが毎週、顔を出しているジャズクラブ「メモリー」に、大下博明というピアニストと玉川恵一というベーシストがいる。その3人で出したファーストアルバムが、メジャーに注目され、翠さんにTV出演の話が舞い込んだ。芽生えたメジャー・デビューのチャンス。しかし、その芽をつぶしたのは、龍二兄ィその人だった。ベースの「タマちゃん」が「だんなであるあなたが、彼女のチャンスをつぶすのか」とかみついたが、兄ィの気持ちは変わらなかった。翠さんには、熱心な固定ファンがいた。その中には、彼女に酒をすすめてくる者もいる。しかし、翠さんは酒乱だった。酒が犯させる過ち。そんな日、兄ィと翠さんの夜は修羅場となった。「おまえは血を汚してんだゾ」と声を荒げ、手を振り上げる兄ィ。翠さんは「禁酒」を宣言したが、その翠さんには変な「追っかけ」がついていた。「変なのが現れるかも」というので、しばらくその送り迎えをおおせつかったオレは、初めて翠さんのステージを見て、その姿と声に、ホレた――
あの男は、もう来ないな――と、オレは思った。
エリマキトカゲよろしくパンツ一枚で逃げ出した後で、再び、翠さんの前に顔を出したりしたら、それはよほどのアホと言うしかない。
しかし、世の中にはそんなアホもあふれている。
しばらく送り迎えをしてやってくれ――と兄ィに頼まれて、オレは翠さんの足替わりを務めることになった。
と言っても、翠さんが出演するすべての店への送り迎えをするというわけにもいかない。当面、パンツ男が顔を出す「メモリー」に出演する日だけ、店まで翠さんを送り届け、パンツ男がいないことを確かめると、「じゃ、オレは」と店を後にした。
「一杯飲んでいらっしゃいよ」とママに勧められることもあったが、「イヤ、私はクルマの運転があるので」と辞退した。
そういうことが何度かあったある日だった。
「あのね、ケンさん、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」
迎えに行ったオレの顔を見て、翠さんが改まった声を出した。
「きょうは、師匠を送ってあげてくれないかなぁ」
翠さんが「師匠」というのは、ピアノの大下博明氏のこと。末期の肝硬変を患い、以前から入退院を繰り返していたが、もう歩くのも辛い状態なんだと言う。
「いま、ラストステージが始まったばかりだから、もう30分ぐらい待てるかなぁ。ゴメン。師匠の体調もあって、少し進行が遅れてるんだ」
翠さんが申し訳なさそうに言う。
「大丈夫っす。オレ、ここで待ってますから」と、入口の脇に立っていると、ママがやって来て「わるいわね」と頭を下げ、「こっちにどうぞ」とピアノカウンターの端の椅子をすすめて、「どうぞ」とコーヒーを一杯出してくれた。
エリマキトカゲよろしくパンツ一枚で逃げ出した後で、再び、翠さんの前に顔を出したりしたら、それはよほどのアホと言うしかない。
しかし、世の中にはそんなアホもあふれている。
しばらく送り迎えをしてやってくれ――と兄ィに頼まれて、オレは翠さんの足替わりを務めることになった。
と言っても、翠さんが出演するすべての店への送り迎えをするというわけにもいかない。当面、パンツ男が顔を出す「メモリー」に出演する日だけ、店まで翠さんを送り届け、パンツ男がいないことを確かめると、「じゃ、オレは」と店を後にした。
「一杯飲んでいらっしゃいよ」とママに勧められることもあったが、「イヤ、私はクルマの運転があるので」と辞退した。
そういうことが何度かあったある日だった。
「あのね、ケンさん、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」
迎えに行ったオレの顔を見て、翠さんが改まった声を出した。
「きょうは、師匠を送ってあげてくれないかなぁ」
翠さんが「師匠」というのは、ピアノの大下博明氏のこと。末期の肝硬変を患い、以前から入退院を繰り返していたが、もう歩くのも辛い状態なんだと言う。
「いま、ラストステージが始まったばかりだから、もう30分ぐらい待てるかなぁ。ゴメン。師匠の体調もあって、少し進行が遅れてるんだ」
翠さんが申し訳なさそうに言う。
「大丈夫っす。オレ、ここで待ってますから」と、入口の脇に立っていると、ママがやって来て「わるいわね」と頭を下げ、「こっちにどうぞ」とピアノカウンターの端の椅子をすすめて、「どうぞ」とコーヒーを一杯出してくれた。

翠さんが歌う姿を見るのも、聴くのも、初めてだった。
ジャズなんてまるでわからないので、翠さんの歌う曲が何という曲なのかもわからない。
ただ、ピアノの周りにしつらえられたカウンターの端に軽く手を置いて、すっとマイクの前に立った姿は、どこか神々しい。
身にまとった絹のような質感の、やわらかく、艶やかな薄い生地のドレスは、彼女の体にまとわりついている。ピアノが紡ぎだすテンポに合わせて浅尾翠が体を揺らすたびに、ローズ色の生地は彼女の腰骨の位置を示し、そこから連なるしなやかな筋肉の盛り上がりを暗示し、その2本の盛り上がりの間にどんな脂肪が蓄えられているかを暴いて見せる。
彼女が腹に息を吸い込むと、その脂肪は彼女の下腹に「Yの字」を浮き上がらせる。
オレは「ドキッ」となった。
すすめられるままにワインを口にした翠さんは、その「Yの字」をここにいるかもしれないだれかの目にさらし、Yが収れんする場所で蜜をしたたらせている場所に、欲望にふくらませたアレをぶち込まれて、体をのけぞらせたのだろう。
そいつは、いったい、だれだ――と、店内を見渡してみたが、そこにいる男たちは、ほぼ全員が浅尾翠のファンだった。そしてそのほとんどが、歌だけでなく、浅尾翠という女にホレているように見える。
そういう男が、何人も翠さんの体に群がった?
まさか――と思ったが、「酒乱」というからには、それも考えられないわけじゃない。オレだって、もし彼女が「龍二兄ィの女」でなかったら、帰りに一杯飲ませ、トロンとなったところでその体にのしかかって、アレをめちゃくちゃ突き立てたかもしれない。
そういう妄想を頭に浮かべただけで、オレのアレは、ムクムクと頭をもたげてくる。
いかん――と、オレは頭を振った。

「初めてですか、翠さんの歌を聴くの?」
隣に座った男が声をかけてきた。
どうやら店の常連らしい。
たぶん、年齢は40代の後半か50代といったところだろう。スーツ姿が多い客の中では、ちょっと異色な感じのする男だ。最初はミュージシャンかと思ったが、どうもそうではないらしい。
オレが「ハァ」と返事をすると、「いいでしょ、翠さんの歌?」と同意を求めてくる。
しかし、「いいでしょ」と言われても、オレには答えようがない。ジャズ歌手の歌を「いい」とか「わるい」と評価できるような音楽のセンスも、ジャズの知識もないので、ただ、「そうすね」と返すしかない。
「翠さんの歌、もう2年以上、聴いてますけど、スピリチュアルなんですよね、彼女の歌……」
「ス、スピリチュアル……?」
「精神的なというか、聴いている者の心が洗われるような、霊的な力を持っていると思うんですよ」
男は、オレがアレの熱を鎮めることに悪戦苦闘していることなどおかまいなしに、浅尾翠の歌のすばらしさを説き続ける。
「いつまで話し続けるんだよ、このオッサン」と思いながら、オレは、そのウンチクを「ヘェ」とか「ホゥ」と聞いているしかない。
それが、児玉敦という男との出会いだった。
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2014年10月発売 定価122円
美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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【右】『『チャボのラブレター』
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