女神の探し物〈7〉 パンツ一枚の逃走

酒の過ちを咎められ、折檻を受けた翠さんは、
「禁酒」を誓い、バンドも「禁酒バンド」と
呼ばれるようになった。しかし、酒を断っても、
翠さんには変な「追っかけ」がついていた。
夜な夜な電話をかけてくるその男は、電話で
翠さんの声を聴きながら息を荒げる変態だった。
それに兄ィがキレた。「よし、行くゾ」と
飛び出した兄ィの手にはドスが握られていた…。
連載 女神の探し物 第7章
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ここまでのあらすじ 翠さんは、ジャズクラブやライブハウスで歌っている歌姫だ。そのダンナ・浅尾龍二は、世間が「総会屋」と呼ぶ右翼の活動家だ。オレはその舎弟として使いっぱしりをやっている。翠さんが毎週、顔を出しているジャズクラブ「メモリー」に、大下博明というピアニストと玉川恵一というベーシストがいる。その3人で出したファーストアルバムが、メジャーに注目され、翠さんにTV出演の話が舞い込んだ。芽生えたメジャー・デビューのチャンス。しかし、その芽をつぶしたのは、龍二兄ィその人だった。ベースの「タマちゃん」が「だんなであるあなたが、彼女のチャンスをつぶすのか」とかみついたが、兄ィの気持ちは変わらなかった。翠さんには、熱心な固定ファンがいた。その中には、彼女に酒をすすめてくる者もいる。しかし、翠さんは酒乱だった。酒が犯させる過ち。そんな日、兄ィと翠さんの夜は修羅場となった。「おまえは血を汚してんだゾ」と声を荒げ、手を振り上げる兄ィ。翌日、翠さんは「禁酒」を宣言し、トリオは「禁酒バンド」と呼ばれるようになった――
翠さんには、何人か、おかしなファンがついていた。
翠さんのステージをビデオに収めては、それに自分なりのライナーを付けて、自宅に送りつけてくるファン。
翠さんのステージ写真を撮りまくっては、それをアルバムにして郵送してくるファン。
ちょっと熱心の度が過ぎるという感じもしなくはない。しかし、そんなファンがいることは、多少「うざい」とは感じられても、翠さんにとってはありがたい話だったろう。
だが、そうではないファンもいる。
毎夜のように、翠さんに電話をかけてくる男がいた。大した用があるわけではない。「きょうのステージ、よかったよ」などとかけてきては、「いい声してるよね」「オレ、翠さんの声、好きだよ」とくる。
そこら辺で止めておけばいいものを、そのうち、「その声で泣かせてみたい、ベッドの上で」などと言い出し、しまいには、その電話口から「ハァ、ハァ……」と荒い息が漏れ始める。
「この、ヘンタイ!」と翠さんが電話を切るのを見て、龍二兄ィが「だれだ、いまのは?」と声を荒げた。
翠さんがその名前を告げると、兄ィは「どこに住んでる?」と住所を質して、「よし、行くゾ!」と立ち上がった。
エッ、そんなことで行くんすか?――と、オレはちょっと驚いたが、どうやら龍二兄ィは本気っぽい。しかも、背広を着込んだ兄ィは、腰のズボンのベルトに、さらしで巻いたドスを差し込んでいる。
まさか……と思った。天下の浅尾龍二が、たかがいたずら電話の主にドスを抜く?
そんなこと、あり得ないだろう――と思ったが、万一ということもある。
オレは、あわててふたりの後を追った。
翠さんのステージをビデオに収めては、それに自分なりのライナーを付けて、自宅に送りつけてくるファン。
翠さんのステージ写真を撮りまくっては、それをアルバムにして郵送してくるファン。
ちょっと熱心の度が過ぎるという感じもしなくはない。しかし、そんなファンがいることは、多少「うざい」とは感じられても、翠さんにとってはありがたい話だったろう。
だが、そうではないファンもいる。
毎夜のように、翠さんに電話をかけてくる男がいた。大した用があるわけではない。「きょうのステージ、よかったよ」などとかけてきては、「いい声してるよね」「オレ、翠さんの声、好きだよ」とくる。
そこら辺で止めておけばいいものを、そのうち、「その声で泣かせてみたい、ベッドの上で」などと言い出し、しまいには、その電話口から「ハァ、ハァ……」と荒い息が漏れ始める。
「この、ヘンタイ!」と翠さんが電話を切るのを見て、龍二兄ィが「だれだ、いまのは?」と声を荒げた。
翠さんがその名前を告げると、兄ィは「どこに住んでる?」と住所を質して、「よし、行くゾ!」と立ち上がった。
エッ、そんなことで行くんすか?――と、オレはちょっと驚いたが、どうやら龍二兄ィは本気っぽい。しかも、背広を着込んだ兄ィは、腰のズボンのベルトに、さらしで巻いたドスを差し込んでいる。
まさか……と思った。天下の浅尾龍二が、たかがいたずら電話の主にドスを抜く?
そんなこと、あり得ないだろう――と思ったが、万一ということもある。
オレは、あわててふたりの後を追った。

電話の男は、埼玉南部の最近、開発され始めたベッドタウンのアパートで、ひとり暮らしをしているという。
まだ残土の山が残され、雑草の生い茂った空き地があちこちに残されたままの新興住宅地に、ポツンポツンと建てられたアパート。住所からすると、男の住まいは、そんなアパートのひとつにあるらしかった。
「寂しいところに住んでやがんなぁ」
言いながら、龍二兄ィは、Googleマップをスクロールして目的のアパートを表示させ、「あれじゃないか」と指さす。
空き地の中にポツンと建ったアパートの1階、102号室。
「あれだな」とあごをしゃくった先の部屋は、部屋の明かりは消えていたが、薄いレースのカーテンを通して、何やら光が漏れていた。その光が、激しく点滅を繰り返し、赤になったり、紫になったり、ピンクに染まったりしている。
光の中で何やらうごめく人影が見える。その人影の体の一部が激しく動いている様子が窺える。
「何やってんだ、あの野郎」
龍二兄ィが呆れたような声を挙げた。
何というほどのこともない。男は、おそらくアダルトなビデオか何かを見ながら、マスでもかいているのに違いない。
何も、兄ィがドス持って脅しにいくほどの相手でもない。
と思っていたら、そうでもなかった。
「おまえはここで待ってろ」と命じて、兄ィは、翠さんの手を引いてクルマを下りた。
見ていると、スタスタと男の部屋の玄関に向かい、ドンドンとドアを叩く。男の手の動きがピタリと止まるのが見えた。
「ど・な・た・で・す・か……?」
ドアの内側から聞こえてきた声は、脅えたウサギのように弱々しい。
「浅尾翠の亭主だけど、ちょっと、ここを開けてくれるかい?」
龍二兄ィがドスの利いた声で言うと、部屋の中からドシン、ガチャン……と何かが落ちる音がした。

次の瞬間に起こったことは、オレも、翠さんも、そして龍二兄ィも、まったく想像していないことだった。
部屋の中をドスドスと走るような音がしたと思ったら、部屋の中庭側のサッシ戸が勢いよく開けられ、男がひとり飛び出してきた。
ポッコリと腹の出た男が、パンツ一枚で飛び出してきたかと思うと、靴もサンダルも履かないまま庭に飛び降り、そのまま柵を乗り越えて、歩道を走っていくではないか。
慌てて走るその姿は、まるでエリマキトカゲのようだ。
「バカか、あいつ」と呆れていると、龍二兄ィと翠さんが笑いながら戻ってきた。
「ああ、ガソリン代、ムダに使っちまったなぁ」とひと言発して、それから兄ィは、腹を揺すって笑い出した。
「おまえも、もうちょっとましなファン作れよ!」
「それ、私のせいなの?」
そう言って笑い合うふたりに、オレはちょっぴり文句を言った。
「何も、あんな程度の男に、ドスまで持っていくことないっしょ」
横で、翠さんが「エッ、そうなの?」と驚いたような顔をしている。
「たから、来なくていいつっただろうが」
「あんなもんまで持ち出されちゃ、ついて行かないわけにはいかないっすよ」
「オゥ、すまんかったな」
龍二兄ィの返事は、それだけだった。
しかし、「おかしなファン」は、そんなバカばかりじゃなかった。
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【右】『『チャボのラブレター』
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