女神の探し物〈6〉 禁酒バンド

酒を飲んで来ては、龍二兄ィに折檻を受ける
ジャズ歌手・浅尾翠。ある夜、オレは、
そんなふたりの修羅場を耳にした。
「血を汚しやがって」と声を荒げる龍二兄ィ。
翌日、顔をスカーフで覆って現れた翠さんは、
「私、お酒、止めたから」と宣言し、
トリオは「禁酒バンド」を名乗るようになった。
連載 女神の探し物 第6章
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ここまでのあらすじ 翠さんは、ジャズクラブやライブハウスで歌っている歌姫だ。そのダンナ・浅尾龍二は、世間が「総会屋」と呼ぶ右翼の活動家だ。オレはその舎弟として使いっぱしりをやっている。翠さんが毎週、顔を出しているジャズクラブ「メモリー」に、大下博明というピアニストと玉川恵一というベーシストがいる。その3人で出したファーストアルバムが、メジャーに注目され、翠さんにTV出演の話が舞い込んだ。芽生えたメジャー・デビューのチャンス。しかし、その芽をつぶしたのは、龍二兄ィその人だった。ベースの「タマちゃん」が「だんなであるあなたが、彼女のチャンスをつぶすのか」とかみついたが、兄ィの気持ちは変わらなかった。翠さんには、熱心な固定ファンがいた。その中には、彼女に酒をすすめてくる者もいる。しかし、翠さんは酒乱だった。酒が犯させる過ち。そんな日、兄ィと翠さんの夜は修羅場となった ――
龍二兄ィの翠さんへの折檻は、それからも何回か繰り返された。
現場を目撃したわけではないが、翠さんが顔を腫らしたり、足を引きずったりしている姿を見て、オレはピンと来た。
翠さんは、また酒の過ちをやらかしたのに違いない。
そういうことが何回かあったある日だった。
「兄ィ、おはよっす」と部屋に入ろうとしたオレは、ドアの中から聞こえてきた怒鳴り声に、思わず足を止めた。
「血を汚しやがって、このヤロー!」
いつもの、叫ぶような甲高い怒鳴り声ではない。腹の底から絞り出すような低い声。それまで聞いたこともない、恐ろしい声の響きだった。
「血を汚す」とは、どういうことか?
そのときのオレにはわからなかった。しかし、腹に響くような龍二兄ィの声は、それがただ事ではないことを物語っていた。
「悪魔に魂を売ったのか!」
「おまえの精神は腐っている」
「地獄に落ちろ!」
「そんな×××は、縫ってしまえ!」
そんな怒声が響く度に、ビシッ、バスッ、ドスッ……と、肉のぶつかり合う音がした。何かがガシャンと割れる音もした。
龍二兄ィ、翠さんを殺してしまうんじゃないか――と、ほんとにそのときは思った。その日の折檻はそれほど激しかったが、止めに入るという勇気は、オレにはなかった。
現場を目撃したわけではないが、翠さんが顔を腫らしたり、足を引きずったりしている姿を見て、オレはピンと来た。
翠さんは、また酒の過ちをやらかしたのに違いない。
そういうことが何回かあったある日だった。
「兄ィ、おはよっす」と部屋に入ろうとしたオレは、ドアの中から聞こえてきた怒鳴り声に、思わず足を止めた。
「血を汚しやがって、このヤロー!」
いつもの、叫ぶような甲高い怒鳴り声ではない。腹の底から絞り出すような低い声。それまで聞いたこともない、恐ろしい声の響きだった。
「血を汚す」とは、どういうことか?
そのときのオレにはわからなかった。しかし、腹に響くような龍二兄ィの声は、それがただ事ではないことを物語っていた。
「悪魔に魂を売ったのか!」
「おまえの精神は腐っている」
「地獄に落ちろ!」
「そんな×××は、縫ってしまえ!」
そんな怒声が響く度に、ビシッ、バスッ、ドスッ……と、肉のぶつかり合う音がした。何かがガシャンと割れる音もした。
龍二兄ィ、翠さんを殺してしまうんじゃないか――と、ほんとにそのときは思った。その日の折檻はそれほど激しかったが、止めに入るという勇気は、オレにはなかった。

翌日、翠さんは、アラブの女のように、スカーフで顔を覆って出かけていった。
もしかして、きょうも出演? あんな修羅場のあった翌日なのに?
スカーフで顔を隠したのは、殴られて青あざでも作ったからか……。
顔を覆ったスカーフから大きな目だけがギョロリとのぞく姿は、どこかエキゾチックで、不気味でもある。
「翠さん?」と声をかけると、その目が恥ずかしそうに緩んだ。
はにかんだように、しかし、どこか挑戦的な光をたたえてこちらを見返す目が、ドキッとするほど色っぽい。
「大丈夫ッすか?」
しょうもないことを訊いたな――と思ったが、他に気の利いた言葉を思いつかなかった。
「あ、これ?」と、翠さんは頭に巻いた自分のスカーフを指さし、片目をつぶって見せた。
「でっかいハチに刺されて、顔が腫れちゃったからね」
つくなら、もっとましなウソをつけよ――と思ったが、次に翠さんが発した言葉は、どうやらウソではなかった。
「お酒、止めたんだ、わたし」
「エッ、禁酒ッすか?」
「もう、絶対に飲まないからね。ケンちゃんも誘わないでよ」
誘うも誘わないも、オレは一度だって、翠さんを酒に誘ったことなどない。龍二兄ィにすすめられて飲むときに、グラスに酒を注がれて。「翠さんもどうぞ」と返杯をすすめたことがあるくらいだ。
翠さんの口調から察すると、「それもやらないでくれ」ということらしい。その口調がキッパリとしていたので、「本気だな」とオレは思った。
頭を覆ったスカーフも、「禁酒宣言」も、前夜の折檻と関係があるに違いない。
たぶん、それは「酒の上の過ち」。その過ちとは何か……?
それを想像すると、オレの心はざわついた。

浅尾翠の「禁酒宣言」は、彼女が出入りするジャズクラブやライブハウスで、いつの間にか、「ニュース」として広がっていった。
浅尾翠の「禁酒」は、ピアノの大下博明にも、ベースの玉川恵一にも伝染し、だれ言うとなく、大下博明トリオは「禁酒バンド」と呼ばれるようになった。それを知っている常連客は、だれも、彼女に「一杯どうですか?」とはすすめなくなった。
彼女が「進め!」と言えば進み、「止まれ!」と言えば止まる。まるでギリシャの神殿の巫女が告げる神託のように、彼女が発する言葉は周りを巻き込んでいく。
その不思議な魅力がどこから湧いてくるのか、オレにはわからなかった。
「タマちゃん」が一度、話してくれたことがある。
浅尾翠という女には、自分たちにはない「何かを感じる能力」が備わっているのだそうだ。
たとえばそれは、初めて訪問した街の初めて訪れたライブハウスで、「ここ、前に来たことがあるような気がする」と発言したりすることだったりする。
あるいは、いつもステージを聴きに来る客のひとりがしばらく店に姿を見せないと、「あの人、死んでるんじゃないか」と口にして、それが当たっていたりする。
「あの子、歌い方が変わったわね。カレと別れたんじゃない」と言えば、事実、そのとおりに、その歌手は、男と別れたばかりだったりする。
そういう直観力や予知力、予感力を、彼女の音楽仲間や常連のファンたちの中には、「霊力」と評価する連中もいる。そういう連中は、「翠ちゃんが言うなら」と、浅尾翠の言うことを受け入れてしまう。
タマちゃんに言わせると、浅尾翠は「ジャズ界の卑弥呼」なのだそうだ。
オレが知っている限り、その浅尾翠を肉体的にも精神的にも操れる男は、浅尾龍二しかいなかった。
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美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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