女神の探し物〈4〉 怒りのベース弾き

翠さんに舞い込んだTV出演のチャンス。
そのチャンスをつぶしたのは、龍二兄ィ
その人だった。そんなものに出たら、
総会屋である自分の仕事がやりにくくなる
という理由だった。せっかく芽生えたチャンスを
ダンナであるあんたがつぶすのか?——と
かみついたのは、ベースの「タマちゃん」だった。
連載 女神の探し物 第4章
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ここまでのあらすじ 翠さんは、ジャズクラブやライブハウスで歌っている歌姫だ。そのダンナ・浅尾龍二は、世間が「総会屋」と呼ぶ右翼の活動家だ。オレはその舎弟として使いっぱしりをやっている。翠さんが毎週、顔を出しているジャズクラブ「メモリー」に、大下博明というピアニストと玉川恵一というベーシストがいる。その3人で出したファーストアルバムが、メジャーに注目され、翠さんにTV出演の話が舞い込んだ。芽生えたメジャー・デビューのチャンス。しかし、その芽をつぶしたのは、龍二兄ィその人だった――
「テレビに出演? 何、バカなことを言ってるんだ!」
そう言って、龍二兄ィは、夢にかける翠さんの想いを一蹴し、開きかけた夢の扉を蹴り閉ざした。
兄ィが翠さんのメディア露出を嫌う理由は、何となく想像がついた。
オレたちのショーバイは、企業を脅しては金を巻き上げたりする「総会屋」だ。「経済右翼」と呼ばれたりすることもあるそのショーバイが、「暴対法」が施行されてからは、少しやりにくくなった。「公安」や「組対」にニラまれることも多くなった。
そんなしのぎをやっているオレたちの身内がメディアに露出されるようになると、オレたちのしのぎは何かとやりにくくなる。
たぶん、兄ィは、そのことを気にしているんだろうと思った。
しかし、その兄ィにかみついた男がいた。
「翠さんのチャンスをつぶす気ですか!」
そう言って食ってかかったのは、ベースの「タマちゃん」、玉川恵一だった。
「TV出演で、翠さんにやっと成功の芽が出てきたっていうのに、浅尾さん、ダンナであるあなたが、その芽をつぶすんですか?」
「ああ、そうだよ」
龍二兄ィは、素っ気なく答えた。「どうして?」と突っ込むタマちゃんに龍二兄ィが返した答えは、ちょっと乱暴ではあったが、それもまた正論だな――と、オレは思った。
「あんたの言う成功ってのは、TVに出て有名になるってことかい? そんな成功ならクソ食らえだな」
「そうは言ってないですよ、浅尾さん。有名になりたいという気も、オレたちにはありません。しかし、オレたちの音楽を理解し、フォローしてくれる人間が増えることは、アーティストとしてのオレたちの、本能的な願いです。TVに出ることによって、その願いが前進するのなら、その可能性は大事にしたい。浅尾さんたちにはわからないでしょうがね」
「ああ、わかんねェな。TVなんてものに出たら、理解する人間が増える? あり得ないだろう。それどころか、バカなファンが増えるだけじゃないのか」
「バカなファンが増えるだけ」という指摘は、わからないじゃなかった。正統派を名乗るTVや新聞は、国民に「反日思想」を植え付けて、この国の民を愚か者にしていくばかりだ。そういうメディアは、ある意味では、オレたちの「敵」でもあった。
それでも、「タマちゃん」は食ってかかった。
そう言って、龍二兄ィは、夢にかける翠さんの想いを一蹴し、開きかけた夢の扉を蹴り閉ざした。
兄ィが翠さんのメディア露出を嫌う理由は、何となく想像がついた。
オレたちのショーバイは、企業を脅しては金を巻き上げたりする「総会屋」だ。「経済右翼」と呼ばれたりすることもあるそのショーバイが、「暴対法」が施行されてからは、少しやりにくくなった。「公安」や「組対」にニラまれることも多くなった。
そんなしのぎをやっているオレたちの身内がメディアに露出されるようになると、オレたちのしのぎは何かとやりにくくなる。
たぶん、兄ィは、そのことを気にしているんだろうと思った。
しかし、その兄ィにかみついた男がいた。
「翠さんのチャンスをつぶす気ですか!」
そう言って食ってかかったのは、ベースの「タマちゃん」、玉川恵一だった。
「TV出演で、翠さんにやっと成功の芽が出てきたっていうのに、浅尾さん、ダンナであるあなたが、その芽をつぶすんですか?」
「ああ、そうだよ」
龍二兄ィは、素っ気なく答えた。「どうして?」と突っ込むタマちゃんに龍二兄ィが返した答えは、ちょっと乱暴ではあったが、それもまた正論だな――と、オレは思った。
「あんたの言う成功ってのは、TVに出て有名になるってことかい? そんな成功ならクソ食らえだな」
「そうは言ってないですよ、浅尾さん。有名になりたいという気も、オレたちにはありません。しかし、オレたちの音楽を理解し、フォローしてくれる人間が増えることは、アーティストとしてのオレたちの、本能的な願いです。TVに出ることによって、その願いが前進するのなら、その可能性は大事にしたい。浅尾さんたちにはわからないでしょうがね」
「ああ、わかんねェな。TVなんてものに出たら、理解する人間が増える? あり得ないだろう。それどころか、バカなファンが増えるだけじゃないのか」
「バカなファンが増えるだけ」という指摘は、わからないじゃなかった。正統派を名乗るTVや新聞は、国民に「反日思想」を植え付けて、この国の民を愚か者にしていくばかりだ。そういうメディアは、ある意味では、オレたちの「敵」でもあった。
それでも、「タマちゃん」は食ってかかった。

「浅尾さん、オレたちは、そのバカなファンも相手にしなくちゃ生きていけないんですよ。こいつ、わかってないな――と思っても、わかってもらおうと努力する。それをやらなくちゃ、オレたちは……」
言いながら、タマちゃんの肩が震えている。
こいつ、キレかかっている――とオレは思った。
キレかかったタマちゃんは、思いもしない行動に出た。
龍二兄ィの襟首をつかんで、その体を揺すりながらまくし立てたのだ。
「浅尾さん、オレたちがどんなギャラで仕事をしてるか、わかってますか? オレたちの収入は、客が払うミュージック・チャージ。ひとり2000円から2500円。ミュージシャンが3人出てれば、それを3人で分け合うんですよ。やっと客が10人集まっても、ひとりあたりの手取りは、7、8千円にしかならない。ヘタしたら5千円にもならない夜だってある。メディアで名前が広がれば、少しは、ましな生活ができるようになるんです。やっと、陽の目が当たろうかというときに、あんたは、その芽をつぶそうとしてるんです」
そう言って体を揺するタマちゃんを、龍二兄ィは、「なんだ、こいつは」という目で見下ろしている。
「止めて、タマちゃん」と翠さんは止めに入ったが、タマちゃんの次のひと言で、今度は龍二兄ィがキレた。
「バカな企業を脅しちゃあぶく錢をせしめてるあんたたちにはわかんないだろうけどさぁ、オレたちはね、オレたちはさぁ……」
「何だと、この野郎!」
一瞬、シュッと空気を切る音がした。
次の瞬間、ガシッという鈍い音がして、タマちゃんの体が壁にぶっ飛んだ。
「止めてよォ!」
翠さんが叫び声を挙げてタマちゃんの体をかばった。

浅尾龍二のパンチは、玉川恵一のあごにヒットした。
唇が切れて血が噴き出している。その血を拳で拭って、なおもタマちゃんは起き上がって立ち向かってこようとする。
その脚に、龍二兄ィが蹴りを入れると、タマちゃんは腰から床に崩れ落ちた。
かなうワケがない。龍二兄ィは、やくざだって半殺しにしてしまうような猛者だ。そんな相手によくも向かっていったものだ――と、オレは、半分、呆れていた。
「二度と来るんじゃねェぞ。今度来たら、おまえ、ベースが弾けなくなるゾ」
龍二兄ィは、決めゼリフを残してタマちゃんのセカンドバックの泥を払い、ポンとタマちゃんの足元に投げて寄越した。
「待ってくださいよ」と、オレは兄ィの後を追った。
それ以来、タマちゃんが、翠さんを迎えに来ることはなくなった。
翠さんと大下博明トリオがTVに出る話も、結局、立ち消えになった。
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