西暦2072年の結婚〈終章〉 ファミリーの樹の下で

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日本の人口が6500万人を割り込んだ
2090年、立花麻衣は、56歳の生涯に
幕を下ろした。その遺骨は桜の樹の下に
撒かれ、家族に託された夢の行方を
見守った——。
連載 西暦2072年の結婚
終章 ファミリーの樹の下で

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2090年3月31日、東九州の山々が薄いピンク色に染まる花の季節、立花真弓はファミリーに看取られながら、息を引き取った。
「か・わ・の・む・こ・う……み・ん・な……ま・っ・て・い・る……」
そう言って大きく息を吸い込んだきり、その息が吐き出されることも、もう一度、吸い込まれることもなかった。
「みんなってだれ? ね、みんな……って?」
麻衣が握った手を振って問いかけたが、返事はなかった。
鷲尾いずみが麻衣の両肩を抱いて、ゆっくり首を振った。
享年56歳。
遺灰は、庭の片隅に植えられ、みんなで「ファミリーの樹」にしようと誓い合った桜の木の根元に撒かれた。
そこに小さな銅のプレートが埋め込まれた。
《不屈の帰還兵、静かに眠る》
「帰還兵」は塚田元1等陸士が提案し、それに山辺俊介が「不屈の」を付け、「静かに眠る」を吉高麻衣が考えた合作だった。
「か・わ・の・む・こ・う……み・ん・な……ま・っ・て・い・る……」
そう言って大きく息を吸い込んだきり、その息が吐き出されることも、もう一度、吸い込まれることもなかった。
「みんなってだれ? ね、みんな……って?」
麻衣が握った手を振って問いかけたが、返事はなかった。
鷲尾いずみが麻衣の両肩を抱いて、ゆっくり首を振った。
享年56歳。
遺灰は、庭の片隅に植えられ、みんなで「ファミリーの樹」にしようと誓い合った桜の木の根元に撒かれた。
そこに小さな銅のプレートが埋め込まれた。
《不屈の帰還兵、静かに眠る》
「帰還兵」は塚田元1等陸士が提案し、それに山辺俊介が「不屈の」を付け、「静かに眠る」を吉高麻衣が考えた合作だった。

その年、日本の人口は6500万人を割り込んだ。
ただ、立花真弓が吉高麻衣の3人目の夫になった2072年に、1.28にまで落ち込んでいた合計特殊出生率は、2080年代始めには、いったん1.20を切るところまで落ち込んだが、「道州制」採用以降、一部の道州では回復の兆しも見せていた。
回復の兆候を見せているのは、北海道・北陸・東海甲信・中国・九州の5つの道州で、それは、農業の「集団化率」と「複婚比率」が上昇を見せている地域と一致していた。
吉高ファミリーが移住した九州では、一時期、1000万人を割るかと思われた人口が1150万人まで回復し、さらに上昇する気配を見せている。出生率も、1.5を越えて、将来的には2.0を上回るのではないか――とも見られている。
吉高ファミリーが「複婚」という形で見せた新しい家族の形、「菜直」という形で示した農産物流通の仕組み、その中でサポートし続けた「集団農場」という生産のしくみ。それらが少しは貢献できた結果だとすれば、自分たちの生き方にも意味があった――と言える。
その満足感を糧に、吉高ファミリーの暮らしは、次の世代に受け継がれていった。

立花真弓より20年長く生きた山辺俊介は、2110年、76歳でこの世を去った。ファミリーの中ではもっとも酒豪でもあった俊介は、60歳で会社を辞めた後、「菜直」の倉庫建設などを引き受けていたが、その間も飲み続け、脳梗塞からの出血で急逝した。
その息子・努は、大学で畜産を学んだ後、計画通り、阿蘇で酪農と肉牛の飼育を経験し、宮崎の養豚農家と養鶏農家で修業を積んだ後、大分に帰って来て、最初は、母親たちの農場の片隅に鶏小屋を建て、ファミリーと近所の農家が消費する鶏卵を生産していたが、その規模を少しずつ増やし、10年後には耕作放棄された山間部の農地を買い取って、鶏千羽を育てる一大養鶏場に成長させた。
努は35歳までに、外国人を含む妻3人を迎え、全部で5人の子どもを誕生させた。
【人口増加数――+1】
草川次郎は、WEBデザインという不規則な仕事と長年の運動不足ゆえに、糖尿病を患っていたが、それが原因となったと思われる心筋梗塞で、2114年、69歳でこの世を去った。
その娘・由夢は、希望どおり、地元の大学の経営学部に進学して流通学を学び、地域のスーパーに就職して現場経験を積んだ後、「菜直」が経営する直売場でそのノウハウを活かした。「各農場の産品をブランドみたいに陳列してみたらどうか?」という由夢の提案が売り場に新たな活気と各農場間の競争を生み出し、由夢提案の「農園市場」は、各地に広がりを見せていった。
由夢は、結婚という形を選ばなかった。結婚はしなかったが、33歳までに3人の子どもを生んだ。父親は全部、違う。由夢は働きながら、シングル・マザーとして3人の子どもを育て、母親・麻衣がその子育てを助けた。
【人口増加数――+2】
立花真弓の息子・望海は、真弓が亡くなったとき、17歳だったが、農業高校を卒業すると、すぐに母親たちの集団農場の一員となった。後にその農場を拡大したばかりか、複数の集団農場の連合組織を発足させ、域内で栽培作物の調整を図るなど、地域の新しいリーダーとして活躍した。
望海は組織の結束を高めるために、連合内で親睦や交流のためのイベントやサークル活動などを積極的に進め、その中で出会った2人の女性と婚姻関係を結び、40歳までに3人の子どもの父親となった。
【人口増加数――±0】
3人の男たちの妻となり、3人の子の母親となった吉高麻衣は、91歳まで生きたが、最後は認知症を患い、2132年、恍惚状態でこの世を去った。
【人口増加数―――1】
立花真弓の戦友であり、中国で共に核爆弾に被曝した塚田岳大は、白血病発症の恐怖に脅えながらも、真弓より45年も長く生き、2135年、101歳で他界した。
死因は肺炎。妻・鷲尾いずみを子宮がんで失った後、10年以上も命を長らえ、天寿を全うした。
塚田が50歳を超えて生まれた娘・あず美は、女ながらに威勢のいい子どもに育った。高校を卒業すると大型免許を取得して、「菜直」のセールス・ドライバーに志願し、やがて、北部九州一帯を走り回るすご腕の「女性セールスドライバー」として、メディアに取り上げられたりもした。
塚田あず美には、主婦となる気はまったくなかった。しかし、結婚は望んだ。というより、「主夫」を必要とした。その「主夫」を、あず美は2人の女性と共有し、30歳までに2人の子どもの母親となった。2人の女性も「主夫」との間にそれぞれ1人ずつ子どもを作った。
【人口増加数――±0】
山辺俊介、草川次郎、吉高麻衣、鷲尾いずみ、塚田岳大の遺骨は、立花真弓と同じ桜の樹の根元に散骨された。
「ファミリーの樹」と命名された桜の樹は、もうすぐ22世紀半ばを迎えるいまも、春を迎える度に、満開の花を咲かせている。
《完》
ご愛読いただきました『西暦2072年の結婚』は、これにて《完》。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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