西暦2072年の結婚〈64〉 女神の魂に献杯!

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
真弓の夢に出てきたファミリー生みの親、
直美仁美は、東京を襲った核爆弾で
命を落としていた。夢に出てきたのは、
彼女の亡霊かもしれない。真弓たちは、
その魂に献杯することにした——。
連載 西暦2072年の結婚
第64章 女神の魂に献杯!

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直美仁美は、生きているのか死んでいるのか、行方が知れないのだ――と、麻衣は言う。
小平か武蔵村山あたりに住んでいた直美コンシェルジュは、横田を狙った中国の核ミサイルの爆風を、爆心地近くで受けたのに違いない。
それ以来、連絡が取れていない。「I&You」のオフィスも、連絡が取れない状況となったままなので、いまも会社が存続しているのかどうかもわからないという。
複婚に特化した結婚紹介で、結婚産業不況の時代を何とか乗り切り、吉高ファミリーや日暮ファミリーを誕生させた「I&You」は、東京が避難指示区域に指定されるとともに、東京のオフィスを閉鎖し、その後、どこかで事業を再開したという話は、吉高麻衣も、4人の妻とともに東北地方に疎開した日暮修一も、聞いたことがない。
その日暮修一の夢にも、直美仁美が出てきたという。
そして、真弓が訊かれたのと同じことを、修一も訊かれた。真弓から直美が夢に出てきた話を聞かされた麻衣が、修一にその話をすると、「実は、私も……」と告白されたのだと言う。
「ねェ」と、麻衣が不意に真弓の顔をのぞき込んだ。
「あなたが見たのは、ほんとに夢だったの?」
真弓の体が、思わず、ブルッ……と震えた。
日暮修一の枕元にも、立花真弓の枕元にも現れて、「この結婚を後悔してないか?」と尋ねた直美仁美。
「ま、まさか……」
真弓が声を震わせると、麻衣は「でも……」と小さくうなずいた。
「そのまさかかもよ」
真弓と麻衣は、「もう一度、調べてみよう」と、ネットを検索した。
総務省の「中国出兵に関する犠牲者」名簿の中に、「東京核攻撃犠牲者名簿」という項目がある。現在までに判明している14万8512人に及ぶ被曝犠牲者の名前が、ズラリと並んでいた。
この名前を端から調べていくのは大変だぞ――と思っていると、草川次郎が「ちょっと見せて」とPCの画面をのぞき込んできた。
「これ、エクセル・データじゃないの。だったら、簡単に検索できるよ。ちょっと貸して」
「直美仁美」を検索文字列に指定して「氏名」の列にフィルタをかけると、すぐにそのデータが画面に現れた。
直美仁美 東京都東村山市 死亡 2073.11.19 爆死
その文字列を見たとたん、麻衣は、「ヒッ」と小さな悲鳴を挙げ、両手を口で押さえた。両目から大粒の涙がこぼれて、彼女の頬を伝った。
予測していたことではあったが、直美仁美の死は、吉高ファミリーの女主人と3人の夫たちに、少なからぬショックを与えた。彼女こそが、自分たちを家族として結びつけた女神である――と信じていたからだ。
小平か武蔵村山あたりに住んでいた直美コンシェルジュは、横田を狙った中国の核ミサイルの爆風を、爆心地近くで受けたのに違いない。
それ以来、連絡が取れていない。「I&You」のオフィスも、連絡が取れない状況となったままなので、いまも会社が存続しているのかどうかもわからないという。
複婚に特化した結婚紹介で、結婚産業不況の時代を何とか乗り切り、吉高ファミリーや日暮ファミリーを誕生させた「I&You」は、東京が避難指示区域に指定されるとともに、東京のオフィスを閉鎖し、その後、どこかで事業を再開したという話は、吉高麻衣も、4人の妻とともに東北地方に疎開した日暮修一も、聞いたことがない。
その日暮修一の夢にも、直美仁美が出てきたという。
そして、真弓が訊かれたのと同じことを、修一も訊かれた。真弓から直美が夢に出てきた話を聞かされた麻衣が、修一にその話をすると、「実は、私も……」と告白されたのだと言う。
「ねェ」と、麻衣が不意に真弓の顔をのぞき込んだ。
「あなたが見たのは、ほんとに夢だったの?」
真弓の体が、思わず、ブルッ……と震えた。
日暮修一の枕元にも、立花真弓の枕元にも現れて、「この結婚を後悔してないか?」と尋ねた直美仁美。
「ま、まさか……」
真弓が声を震わせると、麻衣は「でも……」と小さくうなずいた。
「そのまさかかもよ」
真弓と麻衣は、「もう一度、調べてみよう」と、ネットを検索した。
総務省の「中国出兵に関する犠牲者」名簿の中に、「東京核攻撃犠牲者名簿」という項目がある。現在までに判明している14万8512人に及ぶ被曝犠牲者の名前が、ズラリと並んでいた。
この名前を端から調べていくのは大変だぞ――と思っていると、草川次郎が「ちょっと見せて」とPCの画面をのぞき込んできた。
「これ、エクセル・データじゃないの。だったら、簡単に検索できるよ。ちょっと貸して」
「直美仁美」を検索文字列に指定して「氏名」の列にフィルタをかけると、すぐにそのデータが画面に現れた。
直美仁美 東京都東村山市 死亡 2073.11.19 爆死
その文字列を見たとたん、麻衣は、「ヒッ」と小さな悲鳴を挙げ、両手を口で押さえた。両目から大粒の涙がこぼれて、彼女の頬を伝った。
予測していたことではあったが、直美仁美の死は、吉高ファミリーの女主人と3人の夫たちに、少なからぬショックを与えた。彼女こそが、自分たちを家族として結びつけた女神である――と信じていたからだ。

「きっと、あの人、見に来たのよ」と、吉高麻衣は言う。
「ウン」というふうに、3人の夫たちがうなずく。
「夢で見た直美さんには、足、付いてましたか?」と尋ねた草川次郎は、山辺俊介に頭をコツンとやられた。
「それは見てないけど」と答えながら、真弓は裁判官の姿で現れた直美仁美の顔色が、少し青白かったことを思い出した。
麻衣たちが言うように、あれは、ほんとうに直美仁美の亡霊だったのかもしれない。
もしそうだとしたら、直美コンシェルジュは、自分がプロデュースした複婚が、みんなを幸せにしているかどうか、それを見に来たのかもしれない。
「だったら、もっといい返事しとけばよかったな……」
「でも、キャハハ……って笑いながら消えてったんでしょ? 満足したんですよ、きっと」
山辺俊介が言うそばで、吉高麻衣がつぶやいた。
「直美さん、気になって成仏できなかったのかもしれないわね」
言いながら遠くの空に視線を投げた麻衣が、「ね……」と言い出した。
「私たちだけでも供養してあげない?」
「いいね」と俊介も次郎も賛同し、真弓も「ウン、やろう」と応じた。

直美仁美については、吉高ファミリーのだれも、その個人的情報を知らない。
宗教も、家族構成も、出身地も、その友人関係もわからない。
しかし、その考え方については、みんながよく理解していた。
「このファミリーは、格差と少子化に悩むこの社会の希望の星になるに違いない。いや、なってほしい。それが私の願いです」
麻衣と真弓の結婚披露パーティに招待された直美が、求められて発したスピーチを、いまもファミリーのおとなたちは忘れていない。彼女が求める「希望の星」になれたかどうかはわからないが、少なくとも、吉高ファミリーはファミリーとしての幸せを形にすることができた。
そして、複婚の伝道師・直美仁美が予言したとおり、「複婚」は、婚姻のスタイルとして、中流以下のクラスに急速な広がりを見せている。
真弓たちの「菜直」が流通を通して推し進めた「農業の集団化」も、「複婚化」を加速させる一因になった。「集団営農」が「複婚」をすすめ、「複婚」が「農業の集団化」を可能にする。両者の間には、おたがいがおたがいの原因になり結果になる――という関係が、成立しているように見えた。
そんな成果に満足したように微笑む直美仁美の写真を、草川次郎が遺影に加工した。それをフォトスタンドに立ててリビングのチェストの上に飾り、横に香炉を添えて香を焚き、麻衣が菜園から摘んできた野菊を一面に飾って、インスタントな祭壇を仕立てた。
「直美さん、あなたの望んだ結婚のスタイルが、いま、この世の中で静かに根付いてますよ」
吉高麻衣が遺影に向かって報告し、「よし、献杯しよう!」と、山辺俊一がみんなのグラスに酒を満たした。
「献杯!」
麻衣も、真弓も、俊介も、次郎も、そしてやっと酒が飲めるようになった俊介の息子・努も、みんなで声をそろえてグラスを掲げて満たされた酒を飲み干し、由夢と望海は、ジュースを満たしたグラスを手にして、意味もわからないまま、その液体を飲み干した。
一瞬、香炉から立ち上る薄紫の煙に西陽が差し、煙の粒子が金色に輝いた。
その金色の粒子が西の空へ――とたなびいていく。
煙の流れていく方向を見送った麻衣が、静かにつぶやいた。
「逝ったね、直美さん……」
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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