西暦2072年の結婚〈63〉 最後の審判

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
自宅で白血病と闘う立花真弓の夢に、
直美仁美が出てきた。真弓たちに「複婚」
を勧めた「I&You」のコンシェルジュ。
その直美が、夢の中で尋ねるのだった。
「この結婚を後悔してないか?」——と。
連載 西暦2072年の結婚
第63章 最後の審判

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「おっちゃんとは、もう、サッカーやれんとかなぁ」
学校が早く終わったらしい。いつの間にか、真弓のそばに努が腰を下ろした努が、だれに言うともなくつぶやいた。
その目は、真弓と同じ東の山並みの、その彼方の空を眺めている。
「そうだなぁ……」
われながら、力がない返事を返した。
努が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
いかん――と思って、少し声を振り絞った。
「いやいや、そんなことはないゾ。まだまだ、努なんぞには負けない」
「ムリすんなって」
努はそう言って、真弓のひざをポンポンと叩いてくる。そのしぐさが、もうすっかりおとなのそれであることに、真弓は少し驚き、それからホッと安心した。
山辺俊介と吉高麻衣の息子、努は、畜産系の大学に通っている。あと2年で卒業したら、阿蘇の乳牛牧場で酪農経験を積んだ後、宮崎の養豚農場も経験したいと言う。
そうして経験を積んだ後、放置されたままの耕作地を利用して、半島で酪農または養豚業を営むというのが、努の将来の計画らしい。
若者・山辺努は、近頃、真弓や次郎や塚田を捕まえては、しきりに自分の理想を語る。
これからは、農産だけではなく、畜産も含めて、総合的で複合的な土地活用を考えたほうがいい。農業の副産物として生まれる飼料、畜産の副産物として派生する肥料を相互に利用するなど、「菜直」で作り上げたネットワークが、有機的に活用できるじゃないか。
「こいつ、最近、理屈ばかり言うようになって」と、父親の山辺俊介は顔をしかめて見せたが、真弓も、次郎も、そして塚田も、そんな努を「頼もしい」と感じていた。
自分たちの始めたことを、こんな若者が引き継いでくれるのなら――と、真弓は思った。
学校が早く終わったらしい。いつの間にか、真弓のそばに努が腰を下ろした努が、だれに言うともなくつぶやいた。
その目は、真弓と同じ東の山並みの、その彼方の空を眺めている。
「そうだなぁ……」
われながら、力がない返事を返した。
努が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
いかん――と思って、少し声を振り絞った。
「いやいや、そんなことはないゾ。まだまだ、努なんぞには負けない」
「ムリすんなって」
努はそう言って、真弓のひざをポンポンと叩いてくる。そのしぐさが、もうすっかりおとなのそれであることに、真弓は少し驚き、それからホッと安心した。
山辺俊介と吉高麻衣の息子、努は、畜産系の大学に通っている。あと2年で卒業したら、阿蘇の乳牛牧場で酪農経験を積んだ後、宮崎の養豚農場も経験したいと言う。
そうして経験を積んだ後、放置されたままの耕作地を利用して、半島で酪農または養豚業を営むというのが、努の将来の計画らしい。
若者・山辺努は、近頃、真弓や次郎や塚田を捕まえては、しきりに自分の理想を語る。
これからは、農産だけではなく、畜産も含めて、総合的で複合的な土地活用を考えたほうがいい。農業の副産物として生まれる飼料、畜産の副産物として派生する肥料を相互に利用するなど、「菜直」で作り上げたネットワークが、有機的に活用できるじゃないか。
「こいつ、最近、理屈ばかり言うようになって」と、父親の山辺俊介は顔をしかめて見せたが、真弓も、次郎も、そして塚田も、そんな努を「頼もしい」と感じていた。
自分たちの始めたことを、こんな若者が引き継いでくれるのなら――と、真弓は思った。

最近、立花真弓は、よく夢を見る。
その夢に、直美仁美が出てきた。
真弓に「立花さんは、やっぱり、シングル・マリッジにこだわりますか?」と訊き、「立花さんたちワーカー・クラスには、私は、Wマリッジとかトリプル・マリッジをおすすめしてるんですよ」と「複婚」を提案し、吉高麻衣とのマッチングをすすめた「I&You」のコンシェルジュだ。
その直美コンシェルジュが、なぜか法衣を着て真弓の枕元に立った。
枕元は、いつの間にか裁判長席に変わっている。
黒い法衣をまとった直美が、厳粛な声で真弓に問いかけるのだった。
「被告にお尋ねします。あなたは、複数の夫を持つ女性、ここにいる吉高麻衣と結婚したことを、後悔していますか?」
その目が真弓の目を鋭くのぞき込んでいる。目の底の色まで読み取りそうな鋭い眼光が、「正直に答えるんだよ」と問いかけている。
「いいえ。後悔したことなど、一度もありませんでした」
「ほんとに一度もですか?」
「ええ、一度も……」
「それではお尋ねしますが、被告は、妻・麻衣さんが、他のふたりの夫と夜を共にしていることを知ったり、親しく触れ合ったりしているのを見ても、心が騒いだりはしませんでしたか?」
「心が騒ぐですか? 騒ぐとは、どういう心の状態を言うんでしょうか?」
「嫉妬するとか、胸をかきむしられるとか、怒り狂うとか、落ち込むとか……そういう心の不安定な状態のことですが、そういう状態にはなりませんでしたか、とお尋ねしています」
「そんなことは、一度もありませんでした」
「なかった? 妻が他の男と親しくしても、少しも動揺しなかった――と? 被告は、ほんとうに妻の麻衣さんを愛していましたか?」
「さぁ……」
「さぁ……ですって? それがわからないんですか?」
「裁判長、あいにくと私には、裁判長がおっしゃっている『愛していた』という意味が、よくわからないもので……」
証言を聞いた裁判長・直美仁美は、眼鏡の縁をクイと持ち上げ、真弓の顔をまじまじと凝視し、それから手にした小槌をテーブルに打ちつけた。
小槌を打ちつけては真弓の顔をにらみ、カッと口を開く。
何か重大な判決でも下されるのか――と思ったが、その口から飛び出したのは、意外なものだった。
「キャハハハ……」
けたたましい笑い声。
直美裁判長は、何がおかしいのか、判事席のテーブルを小槌でバンバン叩きながら、「キャハハ」「キャハハ」と笑い続け、「チョー受ける」と言いながら、天空へとフェイド・アウトしていった。

何がおかしいのか!
真弓は思わず、ガバッと体を起こした。
見回すと、周り中が白い。
一瞬、ベトナムの診療所にいるのかと思ったが、違った。そこは、日本の、病室の中だった。
「どうしたの?」
枕元でやさしい声がした。のぞき込んでくる目が、心配そうに自分の顔を見ていた。
「何だか大きな声で、それはないとか叫んでたわよ……」
声の主は、吉高麻衣だった。
免疫療法のクスリを飲みながら、年に何回か、検査のために入院する。そうか、麻衣がベッドに付き添ってくれていたんだ――と思い出した。
どうやら、自分は、夢でうなされていたらしい。
「夢に直美さんが出てきた」
「直美さん? エッ……?」
「ボクたちを結びつけてくれた、ホラ、I&Youの……」
「ああ、コンシェルジュの直美さん?」
「あの人が、裁判官になって出てきて、厳しい質問をされた」
「何を訊かれたの?」
「夫が何人もいる結婚なんかして、後悔してないか――って」
「何て答えたの?」
「もちろん、全然、してないって答えたよ」
「そしたら?」
「他の夫たちに嫉妬したりしなかったか――ってさ。それもないよって答えたら、あなたは麻衣さんをほんとうに愛していたのか――だってさ」
「複婚をすすめておきながら、おかしなこと訊くのね。それで、あなたは何て答えたの?」
「愛していたという意味が自分にはわからない、と答えておいた」
「まるで、禅問答みたいだね。それで、直美さんは、何て?」
「キャハハ……と笑って消えていった」
「そう、消えていったの……。安心して天国に戻っていったのかな」
「て、てんごく……?」と声が裏返った。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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