西暦2072年の結婚〈62〉 死に至る病

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
原因不明の体調不良が続く真弓は、
塚田の妻・いずみにすすめられて、
検査を受けた。診断は「骨髄性白血病」。
原因は14年前の被曝だった。残された
時間が長くないことを知った真弓は——。
連載 西暦2072年の結婚
第62章 死に至る病

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立花真弓が吉高麻衣の3人目の夫になって、15年が経った。
吉高家に来たときに5歳だった山辺俊介と麻衣の息子・努は、20歳になり、2歳だった草川次郎と麻衣の娘・由夢は、17歳になった。
最後に家族の一員となった真弓と麻衣の息子・望海も、来春には高校に上がる。
みんなが、それぞれおとなになっていく。
その様子を見守る自分たちが、もう若くはないのだということを、吉高ファミリーのおとなたちは感じ始めていた。
真弓は、半年前にトラックに乗るのを止めた。
その体は、無視しがたい異状に襲われつつあった。
最初は、風邪をひいたのかと思った。熱が出て、体がだるい。しかし、風邪薬を飲んでも、一向に症状が治まらない。そのうち、貧血に襲われるようになり、理由のわからない鼻血が続いたりもした。
「一度、病院で診てもらったら?」
心配した麻衣がしきりに検査を受けることをすすめたが、真弓は「ウン、そのうちに」と、病院に行くことを先延ばしにした。
病院と聞くと、ベトナムで収容されたサナトリウムを思い出す。放射能の恐怖と闘いながら過ごした入院の日々が、頭の片隅によみがえる。いま、自分の体に起こっていることは、もしかしたら、あのとき浴びた熱線と関係があるのではないだろうか?
もしそうだとしたら、それは、「死の宣告」を受けに行くようなものだ。
その不安が、真弓の足から病院に出かける勇気を奪う。
いつまでもグズグズと決断できないでいる真弓の尻に蹴りを入れたのは、麻衣ではなく、塚田岳大の妻・鷲尾いずみだった。
「検査が怖いの、真弓さん?」
「いや、そんなわけじゃないけど……」
「うちのホスピスの本院に検査の予約、入れとくから。いいわね」
有無を言わせぬ調子に、真弓がたじたじになっていると、いずみは真弓の腕を取り、耳に口を寄せながら言うのだった。
「あなたの体に起こっていることは、塚田の体にも起こるかもしれないこと。だからね、私、けっこうまじにお願いしてるんだ」
いずみが言おうとしていることの意味がわかった。
真弓は、その指示に従うことにした。
吉高家に来たときに5歳だった山辺俊介と麻衣の息子・努は、20歳になり、2歳だった草川次郎と麻衣の娘・由夢は、17歳になった。
最後に家族の一員となった真弓と麻衣の息子・望海も、来春には高校に上がる。
みんなが、それぞれおとなになっていく。
その様子を見守る自分たちが、もう若くはないのだということを、吉高ファミリーのおとなたちは感じ始めていた。
真弓は、半年前にトラックに乗るのを止めた。
その体は、無視しがたい異状に襲われつつあった。
最初は、風邪をひいたのかと思った。熱が出て、体がだるい。しかし、風邪薬を飲んでも、一向に症状が治まらない。そのうち、貧血に襲われるようになり、理由のわからない鼻血が続いたりもした。
「一度、病院で診てもらったら?」
心配した麻衣がしきりに検査を受けることをすすめたが、真弓は「ウン、そのうちに」と、病院に行くことを先延ばしにした。
病院と聞くと、ベトナムで収容されたサナトリウムを思い出す。放射能の恐怖と闘いながら過ごした入院の日々が、頭の片隅によみがえる。いま、自分の体に起こっていることは、もしかしたら、あのとき浴びた熱線と関係があるのではないだろうか?
もしそうだとしたら、それは、「死の宣告」を受けに行くようなものだ。
その不安が、真弓の足から病院に出かける勇気を奪う。
いつまでもグズグズと決断できないでいる真弓の尻に蹴りを入れたのは、麻衣ではなく、塚田岳大の妻・鷲尾いずみだった。
「検査が怖いの、真弓さん?」
「いや、そんなわけじゃないけど……」
「うちのホスピスの本院に検査の予約、入れとくから。いいわね」
有無を言わせぬ調子に、真弓がたじたじになっていると、いずみは真弓の腕を取り、耳に口を寄せながら言うのだった。
「あなたの体に起こっていることは、塚田の体にも起こるかもしれないこと。だからね、私、けっこうまじにお願いしてるんだ」
いずみが言おうとしていることの意味がわかった。
真弓は、その指示に従うことにした。

1週間後に、検査の結果が言い渡された。
「骨髄性白血病です」
「おそらく」と担当医は言う。
「原因は、14年前の被曝でしょうね。脾臓や腎臓にも転移が認められますので、これは……」
そこで、医師は口をつぐんだ。その後には、絶望的な言葉が続くに違いない。
覚悟を決めた真弓に告げられたのは、治療法に関するインフォーメーションだった。
手術などの外科的方法で治療することは、もうムリな段階に達している。考えられるのは、化学療法または免疫療法だが、その治療効果については個人差がある。人によっては、副作用に苦しむ場合もある。
それを覚悟の上で、根気よく治療に取り組めば、これから20年~30年と生きられる可能性もないわけではない。
医師としては、かなり正直な言い方なのだろうが、患者として勇気づけられる言い方でもない。
真弓は、医師が告げた診断を、可能な限り忠実に、麻衣とその夫たち、鷲尾いずみと塚田岳大に伝えた。
麻衣は、眉と眉を八の字に寄せながらも、「ダイジョーブ、ダイジョーブ」とうなずいて見せた。その「ダイジョーブ」は、自分に言い聞かせている「ダイジョーブ」であるようにも見えた。
真弓の報告に、もっとも肩を落としたのは、塚田岳大だった。
一緒に放射能を浴びた自分にも、同じ症状が現れるのではないか――という不安が、頭をもたげたのに違いない。
「白血病が死の病と恐れられたのは、30年代までの話。いまは、免疫療法も進化してるから、QOLをたもちながら治癒することだってできるのよ」
さすが、看護師だ。塚田の妻・いずみは、そう言いながら、背中をトントンと叩いた。
叩いたのは、真弓の背中ではなく、塚田の背中だった。

何度聞いても覚えられないそのクスリが効いているのかどうか、真弓の体には実感がなかった。
白血球の数は少し減っている。検査の数値は、病状がわずかながら改善されつつあることを物語ってはいる。
しかし、全身のだるさは、相変わらず……というより、少し増したような気もする。
「菜直」は、吉高&塚田ファミリーのハウスから歩いて10分ほどの距離にあった耕作放棄地を買い取って、トラック50台分の駐車スペースを設け、その横に5階建てのビルを建てて本社として使っていた。
トラックに乗ることを止めてからは、真弓は、社長としてのオフィスワークに専念していた。しかし、検査を受けてからは、それも少し辛くなった。社長を塚田に譲り、自分は顧問という立場に退いて、最近は、自宅で過ごすことが多くなった。
昼間は、家の中にはだれもいない。麻衣は、自宅の菜園だけでなく、このところ、地域の婦人たちを誘って、共同でハーブを育てる農園を営んだりしていて、けっこう忙しい。
草川次郎も、「菜直」の取締役になってからは、仕事場をもっぱらオフィスに移し、若いスタッフ2人を加えて、常時、更新が求められる「菜直」のホームページとポータルサイト「みんなで農業」の維持・管理、アクセスUPを図るSEO作業などに、ときには夜を徹して取り組んでいる。
ひとりハウスに取り残された真弓は、家の掃除などを引き受け、それが済むと、リビングの窓を開け放って、ぼんやりと半島の山々を眺めて過ごした。
ところどころに切り立った岩肌をのぞかせるそれほど高くはないが起伏に富んだ山並み。その山腹が、黄、薄茶、オレンジ、深紅などに色づき始めている。
あの山がすっかり落葉して茶一色になり、やがて白い花に覆われて、再び、新緑に芽吹き始める。
そのときまで、自分は、生きていられるだろうか?
そんなことを思いながら、山の稜線に目をやっていると、うっすらとその稜線が虹色に滲んでいく。
遠くで、「ギャアギャア」と百舌鳥がけたたましい鳴き声を挙げていた。
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2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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