西暦2072年の結婚〈58〉 リムジンの密約

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
海を越えてやって来た塚田は、
新妻のいずみと再会を果たすと、
妻の住むアパートに転がり込み、
福岡県人になると言う。仕事は?
トラックを1台増やす計画があると
明かした真弓は——。
連載 西暦2072年の結婚
第58章 リムジンの密約

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「オイオイ、これがリムジンだって?」
迎えに行った真弓のVANトラックを見て、塚田・元1等陸士は、大きく両手を広げ、「呆れた」というポーズを作って見せた。
「ご不満ならバスでどうぞ。ただし、20分は余計にかかるけれど」
「20分は痛いなぁ」
仕方ないという感じで乗り込んで来た元1等陸士を助手席に乗せて、立花真弓のリムジンは、別府湾沿いの国道10号を北上した。
「思い出すなぁ。こういうクルマで移動してるとさ」
「何を?」
「オレたちが南寧からベトナムの診療所に移送されたときのこと」
「あれよりはましでしょ? 乗り心地だって、軍用車よりはましだと思いますけどね」
「ちぃとはな……」と言ったきり、塚田は黙って窓の外に目をやった。
目の前に広がる海の向こうには、四国の西の端に突き出た佐田岬の突端が見えていた。鋸の刃のように突き出た岬の付け根に、塚田が生まれた八幡浜の街がある。しかし、そこにはもう、塚田の家族はいない。
家族はどこに行ったのか、塚田はその後、どこでどう過ごしたのか? 真弓は、塚田とそういう話をしたことがなかった。
しばらくの沈黙の後、元1等陸士はポツリと言った。
「不思議なもんよのう」
言葉が伊予弁に変わっていた。
「わしら、1000人にひとりか、2000人にひとりかの確率で、悪いクジ引いてしもうて、戦争に駆り出されてしもうた。ほんでもって、あんとき、たまたま飯尾はんの声に耳を傾けてしもうたために、放射能浴びて、こんなんなってしもうたんやけんど、おかしなもんよのォ」
「何がです?」
「人の運命ちゅうもんがさ」
それについては、立花真弓も同感だった。
「いちばんおかしいのは、ワシのヨメとあんたのヨメが、友だちゆうことよ。なんでこうなるん? おかしいで」
「運命も、いたずら好きなんじゃないですか?」
「これ、いたずらかいや?」
「でなきゃ、ごほうびかもしれないし……」
もし、それがご褒美だとするなら、その逆もあるだろう。
しかし、立花真弓も、塚田岳大も、あえてそのことを口にしなかった。
迎えに行った真弓のVANトラックを見て、塚田・元1等陸士は、大きく両手を広げ、「呆れた」というポーズを作って見せた。
「ご不満ならバスでどうぞ。ただし、20分は余計にかかるけれど」
「20分は痛いなぁ」
仕方ないという感じで乗り込んで来た元1等陸士を助手席に乗せて、立花真弓のリムジンは、別府湾沿いの国道10号を北上した。
「思い出すなぁ。こういうクルマで移動してるとさ」
「何を?」
「オレたちが南寧からベトナムの診療所に移送されたときのこと」
「あれよりはましでしょ? 乗り心地だって、軍用車よりはましだと思いますけどね」
「ちぃとはな……」と言ったきり、塚田は黙って窓の外に目をやった。
目の前に広がる海の向こうには、四国の西の端に突き出た佐田岬の突端が見えていた。鋸の刃のように突き出た岬の付け根に、塚田が生まれた八幡浜の街がある。しかし、そこにはもう、塚田の家族はいない。
家族はどこに行ったのか、塚田はその後、どこでどう過ごしたのか? 真弓は、塚田とそういう話をしたことがなかった。
しばらくの沈黙の後、元1等陸士はポツリと言った。
「不思議なもんよのう」
言葉が伊予弁に変わっていた。
「わしら、1000人にひとりか、2000人にひとりかの確率で、悪いクジ引いてしもうて、戦争に駆り出されてしもうた。ほんでもって、あんとき、たまたま飯尾はんの声に耳を傾けてしもうたために、放射能浴びて、こんなんなってしもうたんやけんど、おかしなもんよのォ」
「何がです?」
「人の運命ちゅうもんがさ」
それについては、立花真弓も同感だった。
「いちばんおかしいのは、ワシのヨメとあんたのヨメが、友だちゆうことよ。なんでこうなるん? おかしいで」
「運命も、いたずら好きなんじゃないですか?」
「これ、いたずらかいや?」
「でなきゃ、ごほうびかもしれないし……」
もし、それがご褒美だとするなら、その逆もあるだろう。
しかし、立花真弓も、塚田岳大も、あえてそのことを口にしなかった。

塚田岳大が「おかしい」と言った運命のいたずら、新妻・鷲尾いずみとの再会を、吉高家のファミリーは、できるだけそっと見守ることにした。
しかし、その「そっと……」という配慮を台無しにしたのは、塚田・鷲尾夫妻のほうだった。
歓喜の抱擁を交わしたと思う間もなく、塚田岳大が言い出したのだ。
「よっしゃ。ワシ、きょうから福岡県民になる!」
それは、妻が働くホスピスのある福岡県内の街で、塚田が妻と一緒に暮らすという宣言だった。
「エッ、きょうからって……」
驚く真弓たちをしり目に、塚田は平然と言うのだった。
「夫婦が再会したんよ。当たり前やないか。ちょうどよかった。立花のリムジンもあるし……な?」
「な?」と言いながら真弓を見る目は、「おまえがオレたちを送っていくんだゾ」と言っているように見えた。戦場で作られた1等陸士と2等陸士の力関係は、これからも何かにつけて顔を出すに違いない。
「で……でも、荷物とかあるでしょ?」
麻衣がキョトンと尋ねると、塚田は床に置いたバッグをヒョイと持ち上げて見せた。
「エッ、それだけ?」
麻衣も、俊介も、次郎も、目を丸くした。しかし、真弓には、それは意外でも何でもないことだった。
「われわれはね、こういうバッグひとつで軍隊に入営したし、除隊するときも、そのバッグひとつだった。失ったものはあったけど、得たものなんて何もないから、いまでも、このバッグひとつですむ。そういうことですよね、塚田さん?」
「そう言えば、あなたが帰って来たときも、バッグひとつだったわ」と、麻衣が思い出したように言う。
「よし、じゃ、昼飯食ったら、おふたりさんを福岡までご案内しよう」
言いながら、真弓は、突然、あることを思いついた。
「ただし、塚さん、今度は、運転頼みます」
塚田・元1等陸士は、「エッ!?」と立花真弓の顔を見返した。

妻が働く福岡県南東部の、かつては「京都郡」と呼ばれた地区の街で、とりあえずはそのアパートに転がり込むとしても、いずれはこの辺りで仕事を見つけることになるだろう。
佐賀関から吉高家まで運んでくる道々、真弓は塚田からそんな話を聞いていた。
中国の戦場では軍用トラックの運転をまかせられていた塚田だから、VANトラックの運転ぐらいは、手もなくこなすだろう。
「運転頼みます」という真弓の依頼には、そのテストという意味合いも込められていた。
「さすが塚さん、慣れたもんですね」と真弓がホメると、塚田岳大は、「これ、2トンだろ? ちょろいもんだよ」と鼻をヒクヒクさせた。
実は、トラックをもう1台、増やそうと思っている。
北九州方面への納品も増えて、自分ひとりでは手が回らない。
よかったら、手伝ってくれないか?
恐る恐る切り出した立花真弓の提案に、塚田は、「オウ、それいいのォ!」と声を挙げ、バシンと真弓の肩を叩いた。
「それなら、私も安心する。それ、うちのホスピスとかにも配送できるでしょ?」
横から、鷲尾いずみが口を挟んだ。
「もちろん」と真弓が答えると、今度はいずみが、「やりなよ、それ」と塚田をけしかけた。「ホスピスの食費も、助かるし」というのも、理由のひとつだった。
もし、受けてくれるなら、大分東部から北九州に至る国道10号ルートの配送は、まかせるつもりだ。そうすれば、自分は、大分東部から久留米を経て福岡市に至る南部ルートに専念できる。
そんな話がトラックの運転席でまとまった。ふたりの被曝帰還兵の未来にも、その妻ふたりの行方にも、一筋の光明が差したように見えた。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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