西暦2072年の結婚〈56〉 その人の名は?

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
吉高家に客があった。真弓と麻衣の
結婚式にも顔を出した鷲尾いずみ。
彼女にも籍を入れた男がいたが、中国に
出兵したきり連絡が取れないと言う。
その人の名は? 真弓が尋ねると——。
連載 西暦2072年の結婚
第56章 その人の名は?

最初から読みたい方は、こちら から、前回から読みたい方は、こちら からどうぞ。
東九州の半島の付け根に開けた小都市。
そこに集まって来る移住者たちも含めて、半島は一大農作地帯となりつつあった。元々、果樹や蔬菜などの園芸作物の栽培が盛んな地域だったが、新規の住人たちは、高齢化の進む旧住民たちから手ほどきを受けたり、逆に手の足りない彼らの農園を手伝ったりして、地域には、園芸農業の輪が広がっていった。
収穫される園芸作物は、地元で消費される量をはるかに超えるようになった。立花真弓の「菜園直送便」は、集荷した野菜や果物を地元の直売場だけでなく、少し足を伸ばして、地元の県庁所在地のスーパーなどにも納品するようになった。それには、草川次郎が立ち上げたWEBサイトも大いに貢献した。やがて、注文は、隣県の北九州や福岡という大消費地からも舞い込むようになった。
とても、ひとりでは手が回らない。
トラックの台数を増やして、「菜園直送便」を本格的ビジネス組織にするか。
そんなことを考え始めたとき、吉高ファミリーのもとに珍しい来客があった。
鷲尾いずみ。
どこかで会ったことがある顔だ。
ハテ……と記憶の糸を手繰っていると、「お久しぶりです」と向こうから声がかかった。
「おふたりの結婚パーティでお目にかかった鷲尾いずみです」
あっ……と思った。
もう3回目の結婚だから、友だちはだれも呼ばない――と言っていた吉高麻衣を、「それはダメだよ」と諫めてパーティに駆けつけてくれた、確か看護師か何かをやっているという人だ。
そのとき、彼女が麻衣を諫めたという言葉を、真弓は麻衣から聞いたことがある。
「3人目だからもういいか――なんて思ったら、あなたは私たちに対して、《3人目の夫》を隠したことになるのよ。それって、新しく夫になるその人に失礼だと思わない?」
その話を聞いて、真弓が唯一知っている麻衣の友人・鷲尾いずみという女を、自分の友人としても認める気になったのだった。
そこに集まって来る移住者たちも含めて、半島は一大農作地帯となりつつあった。元々、果樹や蔬菜などの園芸作物の栽培が盛んな地域だったが、新規の住人たちは、高齢化の進む旧住民たちから手ほどきを受けたり、逆に手の足りない彼らの農園を手伝ったりして、地域には、園芸農業の輪が広がっていった。
収穫される園芸作物は、地元で消費される量をはるかに超えるようになった。立花真弓の「菜園直送便」は、集荷した野菜や果物を地元の直売場だけでなく、少し足を伸ばして、地元の県庁所在地のスーパーなどにも納品するようになった。それには、草川次郎が立ち上げたWEBサイトも大いに貢献した。やがて、注文は、隣県の北九州や福岡という大消費地からも舞い込むようになった。
とても、ひとりでは手が回らない。
トラックの台数を増やして、「菜園直送便」を本格的ビジネス組織にするか。
そんなことを考え始めたとき、吉高ファミリーのもとに珍しい来客があった。
鷲尾いずみ。
どこかで会ったことがある顔だ。
ハテ……と記憶の糸を手繰っていると、「お久しぶりです」と向こうから声がかかった。
「おふたりの結婚パーティでお目にかかった鷲尾いずみです」
あっ……と思った。
もう3回目の結婚だから、友だちはだれも呼ばない――と言っていた吉高麻衣を、「それはダメだよ」と諫めてパーティに駆けつけてくれた、確か看護師か何かをやっているという人だ。
そのとき、彼女が麻衣を諫めたという言葉を、真弓は麻衣から聞いたことがある。
「3人目だからもういいか――なんて思ったら、あなたは私たちに対して、《3人目の夫》を隠したことになるのよ。それって、新しく夫になるその人に失礼だと思わない?」
その話を聞いて、真弓が唯一知っている麻衣の友人・鷲尾いずみという女を、自分の友人としても認める気になったのだった。

鷲尾いずみは、その夜、吉高家の夕食の客となった。
結婚パーティ以来、麻衣も真弓も、彼女と顔を合わせるのはそれが初めてだった。
東京近郊のホスピスで看護師として働くいずみと、3人の夫の妻となり、2人の子どもの母親となっていた麻衣は、おたがいに忙しく、どちらかがどちらの家を訪ねるしか、会う方法がなかった。その時間がなかなかとれない。
そのうち、中国での戦争が始まり、東京は中国の核ミサイルの攻撃を受けた。いずみが勤務するホスピスは、爆心地から20キロほど離れていたが、避難指示地域に指定されたため、移転を余儀なくされた。
入院患者の多くは、それぞれの家族の避難先などに合わせて、転院の手続きをとった。家族のいない患者については、いずみたち看護師や事務員が手分けして各地のホスピスに連絡をとり、転院先を探した。
いずみが担当している患者のうち、3名は、出身地でもある九州での治療を希望した。幸い、福岡県内に、受け入れてくるホスピスがあったので、いずみは転院の手続きをとり、自分もそのホスピスで勤務することにした。
福岡と言っても、豊後水道に面した日豊線沿線側なので、麻衣たちが暮らす街からは、普通列車で1時間ちょっとで行き来できる。
「公休日には会いに来れるね」
「たまにごはん食べにおいでよ」
「そうだね。こういうファミリーでの食事、私、長いことしてないから」
そんな話をしているときだった。
「いずみちゃん、まだ、いい人、見つかってないの?」
麻衣が、突然、訊いた。いきなりすぎる質問に、鷲尾いずみの顔が、一瞬、曇ったように見えた。
「見つかるには見つかったんだけどさ……」
「もしかして、フラれちゃった?」
「ウウン」と首を振る。
しばらくの沈黙の後で飛び出した言葉が、その場の全員を驚かせた。

「もう籍も入れてあるんだけどね……取られちゃったんだ……」
「取られたぁ? だれに?」
許せない――という感じで、麻衣がいずみの顔をのぞき込んだ。しかし、鷲尾いずみは力なく首を振った。
「だれかにっていうのなら、まだいいんだけどね」
「横取りされたんじゃないの? エッ。じゃ……」
「コ・ク・ボ・ウ……」
「エッ……!?」と、今度は、真弓が声を挙げた。
「もしかして、徴集されちゃったんですか?」
真弓の質問にコクリとうなずく。
それを見て、麻衣が今度は真弓の顔をのぞき込んだ。
「ね、ね。もしかして、中国で一緒だったんじゃない?」
横から口を添えた麻衣の言葉に、鷲尾いずみが、「エッ」という顔をした。
「立花さんも中国に出兵してたんですか?」
「ええ。どこかでご一緒してたかもしれませんね。その人の名前は?」
一瞬、希望に輝くかに見えたいずみの顔だったが、「でも……」と、その顔はすぐに曇った。
「原爆の直撃を受けたらしいんです。それからは、何度問い合わせても、行方不明だ――という返事ばかりで。私、もうあきらめてるから」
「この人も、被曝したのよ、いずみちゃん。私も、半分はあきらめてたんだけど、つい3か月前、この人、ブラッと帰って来たの。だから、あきらめちゃダメ!」
「その人の名前、教えてください。ボクら、被曝した者は、ベトナムの診療所に収容されていて、前政権の時代には、その事実は隠されていたんですよ。だから、もしかしたら、あなたのカレは生きているかもしれない。名前は? その人の名前は?」
真弓は勢い込んで尋ねた。
その名が「飯尾」だったら、彼女には冷酷な事実を告げなければならなくなる。しかし、そうでなかったら――。
「ツ・カ・ダ……タ・ケ・ヒ・ロ……
真弓は、いきなり身を乗り出して、鷲尾いずみの手を両手でつかんだ。つかんだまま、その手を上下に振って叫んだ。
「生きてますよ、いずみさん。その人、生きてる!」
⇒続きを読む
筆者の最新小説、キンドル(アマゾン)から発売中です。絶賛在庫中!

一生に一度も結婚できない「生涯未婚」の率が、男性で30%に達するであろう――と予測されている「格差社会」。その片隅で「貧困」と闘う2人の男と1人の女が出会い、シェアハウスでの共同生活を始めます。新しい仲間も加わって、築き上げていく、新しい家族の形。ハートウォーミングな愛の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。



【左】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



→この小説の目次に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 西暦2072年の結婚〈57〉 再会は海峡を越えて (2018/09/20)
- 西暦2072年の結婚〈56〉 その人の名は? (2018/09/12)
- 西暦2072年の結婚〈55〉 土に触れる喜び (2018/09/04)