西暦2072年の結婚〈53〉 癒えない傷を癒す手

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
「死ぬまでずっと消えないの?」
真弓の火傷の跡を撫でながら、由夢は、
眉を寄せた。努は「足でなくてよかった」と
親指を立てた。家族の反応はさまざまだ。
そのさまざまが、真弓の心を癒した。
連載 西暦2072年の結婚
第53章 癒えない傷を癒す手

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話し声を聞きつけて、由夢ちゃんが「あ、おじちゃんだ」と、小走りに玄関にやって来た。
出発したときは3歳だったから、もう5歳にはなっているだろうか。
由夢ちゃんも、最初は、真弓の頬から首筋にかけての火傷跡を見て、「ギョッ」という表情を見せた。しかし、すぐに思い直したようだった。
真弓が望海を抱き上げている姿を見た5歳の女の子は、すぐに「お姉ちゃん」としての威厳を取り戻そうと、健気にふるまった。
「よかったね、ノン。お父さん、帰ってきてうれしい?」
望海が家では「ノン」と呼ばれているらしいことを、真弓は、そのとき初めて知った。
「ノン」と呼ばれた望海が首をタテに動かすのを見て、今度は真弓の顔をのぞき込み、心配そうに顔を曇らせた。
「おじちゃん、ケガしたの?」
「そうだよ、大きな爆弾が飛んできて、バーンて爆発したからね」
「痛かった?」
「痛かったし、熱かったよ」
「エーッ、熱かったのォ?」
「真っ赤な火に包まれたみたいに熱かったよ。これはね、そのヤケドの跡なんだ」
真弓が首筋に手を当てて顔をしかめて見せると、早くも「プチママ」の素質を見せ始めた由夢ちゃんは、「かわいそう……」とつぶやいた。その声の調子が、どこか麻衣の言い方に似ている。吉高麻衣と草川次郎の娘・由夢は、彼女がその母親から受け継いだに違いない母性を、すでに開花させつつあるのだ――と、真弓は感じた。
その母性は、彼女の手をゆっくり、真弓の首筋に伸ばさせた。指先が、まるでETと接触する女の子のように、恐る恐る、しかしやさしく、真弓の傷跡をなぞった。
その後で彼女が発したのは、子どもらしい率直さに満ちた、しかし、それゆえに残酷な言葉でもあった。
「この傷、ずーっと消えないの?」
「由夢ちゃんみたいにツルッツルッとした肌には、もう、ならないかなぁ」
「死ぬまでずっと?」
真弓がうなずくと、由夢は眉を寄せて、その歳の女の子が示しうる最大限の憐憫の情を示した。
その由夢の肩を抱きかかえるようにしていた父親の草川次郎が、彼女の肩越しに腕を伸ばして、真弓の手を両手で握り締めてきた。
「よかったです、とにかく無事で。みんな心配してたんですよ。国防省が発表する帰還者リストにも、死傷者リストにも名前が載らないし、連絡もつかないから、行方不明になっちゃったんじゃないか、もしかして、どこかで戦死しちゃってるんじゃないか――って。麻衣さんなんて、毎日、西の空に向かって祈ってたんですよ。そしてね……」
「もう……それは言わないで」
何かを言いかけた次郎だったが、それを麻衣に止められた。その代わりに、次郎は、その娘・由夢にも影響を与えたに違いない冷静な口調で、真弓に問いかけた。
「外傷はともかくとして、内科的な障害のほうはどうなんですか? さっき、チラッと聞こえたけど、被曝したんでしょ?」
「放射線障害ですか? DNAが傷つけられてるんで、白血病などを発症する危険性は否定できないみたいですよ。定期的に検診を受けるようにと、軍医には言われてます」
「それって、確率はどれくらいなんですか?」
「正確な疫学的データは出てないみたいだけど、ハノイの診療所長が言うには、われわれの被曝量は、被曝者の半数が60日以内に死亡する線量は超えていたんだそうです。そこを生き残ったのだから、この後、すぐに何らかの後遺症を発症するということにはならないだろう。しかし、後発的後遺症を発症する危険はある。その確率は、20~30%ぐらいは覚悟しておいたほうがいい、とは言われました」
「おじちゃん、死んじゃうの?」
おとなたちの会話の様子から、何か不吉なものを感じ取ったのだろうか、由夢が再び顔を曇らせた。
「大丈夫よ。おじちゃんは不死身だから、ゼッタイ、死んだりしない」
いまにも泣き出しそうな由夢の顔を、両手で包んでニコリとほほ笑ませたのは、麻衣の母親としての力だった。
出発したときは3歳だったから、もう5歳にはなっているだろうか。
由夢ちゃんも、最初は、真弓の頬から首筋にかけての火傷跡を見て、「ギョッ」という表情を見せた。しかし、すぐに思い直したようだった。
真弓が望海を抱き上げている姿を見た5歳の女の子は、すぐに「お姉ちゃん」としての威厳を取り戻そうと、健気にふるまった。
「よかったね、ノン。お父さん、帰ってきてうれしい?」
望海が家では「ノン」と呼ばれているらしいことを、真弓は、そのとき初めて知った。
「ノン」と呼ばれた望海が首をタテに動かすのを見て、今度は真弓の顔をのぞき込み、心配そうに顔を曇らせた。
「おじちゃん、ケガしたの?」
「そうだよ、大きな爆弾が飛んできて、バーンて爆発したからね」
「痛かった?」
「痛かったし、熱かったよ」
「エーッ、熱かったのォ?」
「真っ赤な火に包まれたみたいに熱かったよ。これはね、そのヤケドの跡なんだ」
真弓が首筋に手を当てて顔をしかめて見せると、早くも「プチママ」の素質を見せ始めた由夢ちゃんは、「かわいそう……」とつぶやいた。その声の調子が、どこか麻衣の言い方に似ている。吉高麻衣と草川次郎の娘・由夢は、彼女がその母親から受け継いだに違いない母性を、すでに開花させつつあるのだ――と、真弓は感じた。
その母性は、彼女の手をゆっくり、真弓の首筋に伸ばさせた。指先が、まるでETと接触する女の子のように、恐る恐る、しかしやさしく、真弓の傷跡をなぞった。
その後で彼女が発したのは、子どもらしい率直さに満ちた、しかし、それゆえに残酷な言葉でもあった。
「この傷、ずーっと消えないの?」
「由夢ちゃんみたいにツルッツルッとした肌には、もう、ならないかなぁ」
「死ぬまでずっと?」
真弓がうなずくと、由夢は眉を寄せて、その歳の女の子が示しうる最大限の憐憫の情を示した。
その由夢の肩を抱きかかえるようにしていた父親の草川次郎が、彼女の肩越しに腕を伸ばして、真弓の手を両手で握り締めてきた。
「よかったです、とにかく無事で。みんな心配してたんですよ。国防省が発表する帰還者リストにも、死傷者リストにも名前が載らないし、連絡もつかないから、行方不明になっちゃったんじゃないか、もしかして、どこかで戦死しちゃってるんじゃないか――って。麻衣さんなんて、毎日、西の空に向かって祈ってたんですよ。そしてね……」
「もう……それは言わないで」
何かを言いかけた次郎だったが、それを麻衣に止められた。その代わりに、次郎は、その娘・由夢にも影響を与えたに違いない冷静な口調で、真弓に問いかけた。
「外傷はともかくとして、内科的な障害のほうはどうなんですか? さっき、チラッと聞こえたけど、被曝したんでしょ?」
「放射線障害ですか? DNAが傷つけられてるんで、白血病などを発症する危険性は否定できないみたいですよ。定期的に検診を受けるようにと、軍医には言われてます」
「それって、確率はどれくらいなんですか?」
「正確な疫学的データは出てないみたいだけど、ハノイの診療所長が言うには、われわれの被曝量は、被曝者の半数が60日以内に死亡する線量は超えていたんだそうです。そこを生き残ったのだから、この後、すぐに何らかの後遺症を発症するということにはならないだろう。しかし、後発的後遺症を発症する危険はある。その確率は、20~30%ぐらいは覚悟しておいたほうがいい、とは言われました」
「おじちゃん、死んじゃうの?」
おとなたちの会話の様子から、何か不吉なものを感じ取ったのだろうか、由夢が再び顔を曇らせた。
「大丈夫よ。おじちゃんは不死身だから、ゼッタイ、死んだりしない」
いまにも泣き出しそうな由夢の顔を、両手で包んでニコリとほほ笑ませたのは、麻衣の母親としての力だった。

すぐに、努クンが学校から帰って来た。
もう、小学校の3年生ぐらいにはなっているはずだ。生意気盛りになった男の子は、サッカーボールを蹴りながら玄関から入って来るなり、真弓の顔を見て、「オッ」と声を発した。
「おっちゃん、生きとったと?」
いつの間にか、言葉が九州なまりに変わっている。
真弓の傷跡を見ると、望海や由夢と同じく、ギョッと驚いたような顔をしたが、その後の反応がちょっと違った。
「顔と首だけ? 脚はやられとらんと?」
真弓が「ウン」とうなずいて、その場で足踏みをして見せると、努は右手の親指を立てて、「サムズアップ」のポーズを作って見せた。
「やったね、サッカーできるばい」
努にとっては、ボールを蹴り合える家族が帰って来たことが、いちばんの収穫らしい。それを草川次郎が、やんわりと諭した。
「努クン、おじちゃんさ、原爆でケガしてるから、あんまりムリさせちゃダメだよ」
「エーッ、原爆? それで死なんかったと? おっちゃん、ターミネーターみたいやね」
そのたとえは少し違うと思ったが、真弓は負けずにサムアップのポーズを作って「イエーイ!」と叫んで見せた。

日が暮れると、努の父親・山辺俊介が、勤め先から帰って来た。
真弓の姿を見るなり、「オーッ!」と声を挙げて飛びかかってきて、両腕をバンバンと叩き、全身をハグしてくる。
「生きてましたか、よかった、よかった」
ハグしたまま、背中をバシバシと叩く。ファミリーの中ではもっとも手荒く、痛い歓迎の表し方ではあったが、叩かれるうちに、真弓の体はその痛さに慣れ、痛さに慣れるとともに、その精神から戦場のサビが抜け落ちていった。
家族はいろいろだ――と、立花真弓は思った。
そのいろいろいる家族の元に帰って来たことで、やっと、戦争は終わったのだと実感できた。
「よし、今晩は宴だ。浴びるほど飲もうぜ!」
俊介のかけ声で、その夜の吉高家の晩餐は、歓迎の宴となった。
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【右】『『チャボのラブレター』
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中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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