西暦2072年の結婚〈51〉 戦士の帰還

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
あなたの家族は九州に疎開されています。
総務省の役人に告げられて、
真弓は新幹線に乗った。名前も知らない街。
検索した地図を頼りに探し当てた
家の前をウロついていると——。
連載 西暦2072年の結婚
第51章 戦士の帰還

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聞いたことのない街の名前だった。
どこにあるのか、その場所を地図として想像することもできなかった。
「吉高さんご一家は、そちらで、全員ご無事で暮らしていらっしゃいます」
総務省の役員は、「よかったですね」というふうにうなずいて、立花真弓の前に一枚のコピーを差し出した。住民票の写しだった。その家族欄の末尾に「立花望海」とあった。
「あの子、生まれたんだ……」
そうつぶやくと同時に、目の奥から熱いものが湧いて出た。
「よっ、どうだった?」
同じ中隊にいた塚田1等陸士が真弓の肩に手をかけて、顔をのぞき込んできた。
「みんな、疎開していて、無事だったらしい」
「ヘーッ、大分か。遠いなぁ」
真弓が手にしたペーパーをのぞき込みながら、塚田は感嘆したように言う。
「遠い。肉体的にも、心理的にも……」
真弓が「ハァ……」とため息をもらすと、いきなりバシンと背中を叩かれた。
肩の付け根の火傷跡が、ズキンと痛んだ。
「何言ってんだよ、立花。家族が生きて待ってるんだろ。飛んででも帰って、無事な顔を見せてやれよ」
「ああ。しかし、この姿じゃなぁ……」
「バカヤロー!」と、再び、背中をどつかれた。
「家族ってのは、そんなもんじゃないだろうが。どんな姿でもいい。生きてさえ帰ってくれれば――と、そう願うもんじゃねェのかよ。あのプレハブに飛び込んで行ったときだって、これでケガしたらどうしようとか考えなかっただろう? 考えてたら、体、動かなかったはずだろうが。今度は、何も考えずに飛んで帰れよ!」
バチバチ背中をたたかれながら、真弓は、ウンウンとうなずいた。
塚田陸士にも、待っているはずの家族がいた。東京都内のホスピスで看護師として働いていた、新婚ホヤホヤの妻がひとり。しかし、総務省の調査によれば、その行方はいまだ不明だという。
兵舎で、「ああ、オレもはらませとけばよかった」と嘆いてみせた塚田陸士の新妻は、いま、生きているのか、死んでいるのかさえもわからない。
そんな塚田に背中をバンバン叩かれているうちに、立花真弓は思った。
家族が生きて待っているということがわかっただけでも、自分はマシなのではないか。負傷した自分の身を気に病んで二の足を踏んでいたのでは、塚田にわるい。
よし、帰ろう。
真弓は、決意を固めた。
どこにあるのか、その場所を地図として想像することもできなかった。
「吉高さんご一家は、そちらで、全員ご無事で暮らしていらっしゃいます」
総務省の役員は、「よかったですね」というふうにうなずいて、立花真弓の前に一枚のコピーを差し出した。住民票の写しだった。その家族欄の末尾に「立花望海」とあった。
「あの子、生まれたんだ……」
そうつぶやくと同時に、目の奥から熱いものが湧いて出た。
「よっ、どうだった?」
同じ中隊にいた塚田1等陸士が真弓の肩に手をかけて、顔をのぞき込んできた。
「みんな、疎開していて、無事だったらしい」
「ヘーッ、大分か。遠いなぁ」
真弓が手にしたペーパーをのぞき込みながら、塚田は感嘆したように言う。
「遠い。肉体的にも、心理的にも……」
真弓が「ハァ……」とため息をもらすと、いきなりバシンと背中を叩かれた。
肩の付け根の火傷跡が、ズキンと痛んだ。
「何言ってんだよ、立花。家族が生きて待ってるんだろ。飛んででも帰って、無事な顔を見せてやれよ」
「ああ。しかし、この姿じゃなぁ……」
「バカヤロー!」と、再び、背中をどつかれた。
「家族ってのは、そんなもんじゃないだろうが。どんな姿でもいい。生きてさえ帰ってくれれば――と、そう願うもんじゃねェのかよ。あのプレハブに飛び込んで行ったときだって、これでケガしたらどうしようとか考えなかっただろう? 考えてたら、体、動かなかったはずだろうが。今度は、何も考えずに飛んで帰れよ!」
バチバチ背中をたたかれながら、真弓は、ウンウンとうなずいた。
塚田陸士にも、待っているはずの家族がいた。東京都内のホスピスで看護師として働いていた、新婚ホヤホヤの妻がひとり。しかし、総務省の調査によれば、その行方はいまだ不明だという。
兵舎で、「ああ、オレもはらませとけばよかった」と嘆いてみせた塚田陸士の新妻は、いま、生きているのか、死んでいるのかさえもわからない。
そんな塚田に背中をバンバン叩かれているうちに、立花真弓は思った。
家族が生きて待っているということがわかっただけでも、自分はマシなのではないか。負傷した自分の身を気に病んで二の足を踏んでいたのでは、塚田にわるい。
よし、帰ろう。
真弓は、決意を固めた。

まず、電話をかけてみる――という手もあった。
しかし、スマホは、南寧の司令部に保管されていたのが略奪に遭ってしまい、以後、手にしてない。公衆電話で――というのでは、なんだか他人行儀な気がする。第一、公衆電話がどこにあるのかがわからないし、使い方もわからない。
真弓は、住民票の住所だけを当てに、新幹線に乗り、九州に入った最初の駅で日豊本線の特急に乗り換えた。九州路を走るのは、それが初めてだった。
左手に豊後水道、右手に九州山地の山々を眺めながら、1時間ほど走ったところで列車を下り、バスに乗り換える。
着いたのは、どこかレトロな……と感じられる商店街の広がる、小さな街だった。
どうしてこんなところに……と思いながら、真弓は、地図を探した。しかし、書店をのぞいても、コンビニをのぞいても、そもそも、地図というものがない。
それもそうだと、真弓は地図探しをあきらめた。出版社が地図を印刷物という形で発行したのは、2055年が最後だった。理由は、「売れないから」だった。スマホが普及し、画面上で目的の位置の地図を瞬時に表示させることができるようになって、市販の区分地図帳などは、社会的使命を終えたと判断された。
さて、どうするか?
キョロキョロしていると、観光案内所という看板が目に飛び込んできた。観光客らしい男女が何人か、パソコンに向かって何かを打ち込んではメモを取ったりしている。入ってみると、「パソコンは自由にお使いください」とあった。
住民票の写しに記載された住所を打ち込むと、すぐに目的地近辺の地図が画面に現れ、指定の住所位置が赤いマークで示される。それを必要な大きさに拡大してプリントアウトする。ついでに画面を「航空写真」に切り替えると、吉高ファミリーが住んでいるはずの家が、周辺の景観とともに画像として表示された。
車庫付きの2階建て戸建て住宅。たぶん、5LDKぐらいはあるだろう。家屋の南側には、庭らしきものがあり、何やら菜園らしいものが作られている。
ホイールを上向きにスクロールすると、画像はどんどんUPされ、庭に洗濯物が干されている様子までが、確認できる。菜園と見えた場所には、何本も支柱が立てられ、巻き付いた枝から何かが垂れ下がっているのが見える。
暮らしている人は、しっかり天日に洗濯物を干し、庭で何かの実野菜を育てて、家族に食べさせているのだろう。住人たちが健全に暮らしているらしいことが、航空写真からも見て取れた。
真弓はその写真もプリントアウトし、ついでにストリートビューを開いて、その何枚かもプリントして、案内所を後にした。
最寄りのバス停へは、ターミナルから15分ほどで着くという。真弓は、プリントアウトした地図と写真を手に、バスに乗り込んだ。

バスを降りて2~3分。ストリートビューを参考に歩くと、すぐに目当ての一戸建ては見つかった。
しかし、立花真弓の足は、その門の前まで来てためらった。ちょいと押せば簡単に入れるアルミ製の門扉。いったんは手にかけたものの、その手を放して、また歩き出してしまった。
何と言って玄関を開けるか、その言葉が思いつかなかった。
100メートルほど歩いて、気を取り直し、踵を返して再び、門の前までやって来るのだが、それでも、門を開ける勇気が奮い起こせない。
首を振って再び通り過ぎ、バス停まで戻っては、「こんなことではいかん」と取って返す。
三度、門の前までやって来て、「さて……」と思い迷っていると、不意に後ろから声をかけられた。
「ちょっと、あーた。その家に何か用ね?」
家の前を行ったり来たりしている男に、近所に住む老婦人が不信感を抱いたのだろう。
いきなり大声で問いただされて、真弓は、ちょっとあせった。
「あ……いや、ボクはですね……実は、この家の者で……」
シドロモドロに答えていると、老婦人が「あら、あんた」と、驚いたような声を出した。
「もしかして、戦争に行っとった人やないね?」
返事も待たずに、老婦人が「吉高さ~ん」と叫んだ。
叫びながら門を開け、玄関のチャイムを鳴らし、ドアをドンドン叩きながら、老婦人はなおも叫び続けた。
「吉高さん、吉高さ~ん! あんたのご主人、戦争に行っとったご主人が、帰って来たば~い。吉高さ~ん!」
立花真弓の苦悩の逡巡は、婦人の大音声で、一瞬にして砕け散った。
やがて、廊下を急ぎ足で駆けてくるドタドタという音が、家の中から響いてきた。
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