西暦2072年の結婚〈49〉 無言電話の主

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
出兵して2度目の夏が過ぎ、冬が過ぎ、
春が過ぎた頃、吉報がもたらされた。
帰国の飛行機に乗れることになったと言う。
その頃、日本で待つ麻衣の携帯が鳴った。
発信者は「立花真弓」だった―—。
連載 西暦2072年の結婚
第49章 無言電話の主

最初から読みたい方は、こちら から、前回から読みたい方は、こちら からどうぞ。
自分たちは、異国の地に打ち捨てられてしまったのではないか。
日に日に募る不安の中、立花真弓たちは二度目の夏を乗り切り、秋を迎え、冬を越した。
ハノイで迎える二度目の春。福音は、リノリウムの床に響く靴音とともに、真弓たちの病室にやって来た。
「諸君!」とやって来たのは、軍医の菊池だった。
「喜んでくれ。飛行機に乗れることになったゾ」
その声に、「オーッ!」と歓声が起こった。
歓声を耳にして、軍医はバツが悪そうに頭をかいた。その顔に「喜んでいるところ、わるいのだが」と書いてあった。
「ひとつだけ残念なことがある。司令部で預かっていた諸君の携帯やスマホだが、南寧の司令部が略奪に遭って、いまだ発見にいたってない。おそらく、出て来る可能性はゼロに近い。誠に申し訳ない」
停戦が成立して以後、中国国内は、無政府に近い状態に陥っていた。各地で略奪が横行し、それを取り締まる警察組織も、鎮圧にあたる軍隊も、モラールが低下し、正当には機能していなかった。それどころか、警察や軍隊までもが略奪者と化す地域まであった。
正義の旗が下ろされると、あるいは覇権による締め付けが崩れると、この国では、無法が牙をむいて暴れ出す。そんな中で、オレたちは「自由中国軍」を支援して、北京の政府軍と闘ってきた。そして、核爆弾の熱戦を浴びた。
オレたちは、いったい、何のために闘ってきたのか?
だれの胸にも、そんな疑問が湧いていた。
そして、もうひとつの不安。
核攻撃を受けた日本でも、同じことが起こっているのではないか?
情報が入って来ない日本の情勢についての不安だった。
それでも、全員が願った。
日本に帰りたい。そして、家族に会いたい――と。
日に日に募る不安の中、立花真弓たちは二度目の夏を乗り切り、秋を迎え、冬を越した。
ハノイで迎える二度目の春。福音は、リノリウムの床に響く靴音とともに、真弓たちの病室にやって来た。
「諸君!」とやって来たのは、軍医の菊池だった。
「喜んでくれ。飛行機に乗れることになったゾ」
その声に、「オーッ!」と歓声が起こった。
歓声を耳にして、軍医はバツが悪そうに頭をかいた。その顔に「喜んでいるところ、わるいのだが」と書いてあった。
「ひとつだけ残念なことがある。司令部で預かっていた諸君の携帯やスマホだが、南寧の司令部が略奪に遭って、いまだ発見にいたってない。おそらく、出て来る可能性はゼロに近い。誠に申し訳ない」
停戦が成立して以後、中国国内は、無政府に近い状態に陥っていた。各地で略奪が横行し、それを取り締まる警察組織も、鎮圧にあたる軍隊も、モラールが低下し、正当には機能していなかった。それどころか、警察や軍隊までもが略奪者と化す地域まであった。
正義の旗が下ろされると、あるいは覇権による締め付けが崩れると、この国では、無法が牙をむいて暴れ出す。そんな中で、オレたちは「自由中国軍」を支援して、北京の政府軍と闘ってきた。そして、核爆弾の熱戦を浴びた。
オレたちは、いったい、何のために闘ってきたのか?
だれの胸にも、そんな疑問が湧いていた。
そして、もうひとつの不安。
核攻撃を受けた日本でも、同じことが起こっているのではないか?
情報が入って来ない日本の情勢についての不安だった。
それでも、全員が願った。
日本に帰りたい。そして、家族に会いたい――と。

待ってくれているはずの家族の間には、しかし、あきらめの色が広がっていた。
TVは、帰還兵が帰って来る度に、その様子をニュースとして流していたが、最近は、その回数も減った。出兵した国防軍兵士の数から戦死者の数を引き、帰還者の数を引くと、なお、100名近くの数が残る。
そのおよそ100名は、「行方不明者」として報道されていた。そして、その行方不明者の中には、前線で被曝したと思われる数十名が含まれているはずだ――と報じた週刊誌もあった。
もしかして、もう生きていないのではないか。
九州で疎開生活を送る吉高ファミリーが、そんな不安に襲われ始めていたある日、吉高麻衣の携帯が、突然、着信を告げた。
「エッ、ウソォ~!」
画面に表れた着信表示を見て、麻衣は思わず声を挙げ、危うく手にしたスマホを取り落としそうになった。
「どうした?」と、そばにいた俊介が画面をのぞき込み、麻衣と同じように「エッ、ウソだろ」と声を挙げた。
発信者:立花真弓
だれもがあきらめかけていた名前。液晶画面に浮かび上がったその名前を見た瞬間、麻衣の指が震え始めた。麻衣に、「早く!」と電話に出ることを促したのは、俊介だった。
「もしもし、真弓さん? 真弓さん、あなたなの? 無事だったのね?」
急き込んで尋ねる麻衣の問いかけに、電話の向こうからは応答が返って来ない。応答はないが、何やら、人が大声で話している声が聞こえる。
「真弓さん? あなた、真弓さんじゃないの? もしもし、もしも~し!」
「ヌゥ、ヌゥ~」
だれかが大きな声で叫び、笑い声が起こり、そして、電話はプツリと切れた。
「日本語じゃなかった……」
麻衣は、すぐに返信ボタンをクリックしたが、二度と電話が応答することはなかった。
「現地の中国人に拾われたか、奪われたか、そのどっちかかもしれないね。もし、拾われたとしたら……」
そこから先の言葉を、俊介は呑み込んだ。
それを口にすることは、麻衣に、あまりに辛い現実を突きつけることになる――と思ったからだ。

ベトナムの診療所にいる真弓たちに送還の日時が知らされたのは、5月の第2週になってからだった。
その日が近づくにつれて、隊員たちの顔は、半分は、希望に輝いた。しかし、残りの半分の顔は、日に日に不安に曇った。
顔を曇らせる理由は、こんな姿になった自分たちを、家族や社会が暖かく迎えてくれるだろうか――という不安だった。
かつて、福島で原発事故が起こったとき、避難した被災者を「汚染が伝染る」と拒んだ市民たちがいたことを、真弓は何かの本で読んだことがあった。
遠い昔の話とはいえ、自分たちが同じ目に遭わないとは限らない。
そして、真弓には、もうひとつの不安があった。
はたして、自分には帰る場所があるのか――だった。
「おまえ、家はどこだ?」
同じ中隊で被曝した徴集兵の塚田が訊いてきた。
「東京だ」という真弓の返事を聞くと、ちょっと顔を曇らせて、「そりゃ、心配だなぁ」と言う。
「相当ひどくやられたらしいじゃないか。東京は、ほとんど全域が避難指示区域になってるらしいぞ」
塚田はその情報を、親しくなったベトナム人看護師から聞いたと言う。
帰還はうれしいことではある。しかし、どこへ?
立花真弓は、少し、気が重くなった。
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中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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【右】『『チャボのラブレター』
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