西暦2072年の結婚〈48〉 トマトが赤い実をつける頃までに

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
停戦命令が出た。しかし、帰国には、
しばらく時間がかかるという。
ここで残留兵になってしまうのか…?
真弓が不安に駆られている頃、日本では、
麻衣たちが菜園にトマトを植えて——。
連載 西暦2072年の結婚
第48章 トマトが赤い実をつける頃までに

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「諸君、停戦命令が出た。戦争は終わりだ」
次の日、真弓たちの病室にやって来た軍医が、全員に聞こえるように叫んだ。
「オーッ!」
病床に横たわる傷病兵たちから一斉に歓声が挙がった。その歓声は、だれもがその闘いに疑問を感じ、早く兵役を終えたいと思っていることの証とも思えた。
「じゃ、オレたち、もう日本に帰れるんですね?」
だれかが、ベッドから体を起こして、明るい声で尋ねた。しかし、軍医の顔は、一瞬、曇った。
「それなんだがね、諸君。諸君の帰国には、もう少し時間がかかりそうなんだ……」
理由は、日本国内にある――と、軍医は苦り切った顔で言った。
「すでに諸君たちも聞き及んでいるかと思うが、日本の首都圏が核ミサイルの攻撃を受けて、30万を超える負傷者を出している。そのほとんどが、放射線による障害を受けた者たちだ。国内の治療施設は、どこも満杯で、もはや新たに患者を受け入れる余裕がなくなっている。それと、もうひとつ、実はこっちのほうが、深刻なんだが……」
軍医によると、先の政変で、国防軍の中が2つに割れている。中国派遣軍に関しても、いまだ戦場に兵力をとどめて、停戦終了後の戦闘開始に備えるべきだ――と主張する旧政権寄りの幕僚幹部たちがいて、派遣軍の引き上げに消極的なのだと言う。
そのために、負傷者以外の部隊の帰還が手間取っている。臨時政府は、民間の船舶なども活用して、帰還兵の輸送に充てようと計画しているが、それには、少し時間がかかるという話だった。
「やれやれ……」と、だれかが大きなため息をついた。
「オレたちは、見捨てられて残留兵になるのか?」
立花真弓にも、同じ不安があった。
「心配するな。新政権は、必ずキミたちを安全に帰還させると言ってる。私もそれを信じている。だから、安心して治療に専念してくれ。待っている家族に、少しでも元気な姿を見せられるように」
元気な姿――と言われて、真弓は鏡で見た自分の姿を思い出した。
これを元気な姿と言えるのか?
このまま、どこかに消えてしまいたいという気持ちも、なくはなかった。しかし、そんなとき、いつも頭に浮かぶ麻衣の言葉があった。
「あなたは、私たちの代わりに戦場に駆り出されたんだわ。あなたの無事は、私たちの無事。どんなに傷ついても、どんな体になっても、必ず無事で日本に帰って来てね」
しかし、その言葉の主が生きているのかどうか、立花真弓には確かめる術がなかった。
次の日、真弓たちの病室にやって来た軍医が、全員に聞こえるように叫んだ。
「オーッ!」
病床に横たわる傷病兵たちから一斉に歓声が挙がった。その歓声は、だれもがその闘いに疑問を感じ、早く兵役を終えたいと思っていることの証とも思えた。
「じゃ、オレたち、もう日本に帰れるんですね?」
だれかが、ベッドから体を起こして、明るい声で尋ねた。しかし、軍医の顔は、一瞬、曇った。
「それなんだがね、諸君。諸君の帰国には、もう少し時間がかかりそうなんだ……」
理由は、日本国内にある――と、軍医は苦り切った顔で言った。
「すでに諸君たちも聞き及んでいるかと思うが、日本の首都圏が核ミサイルの攻撃を受けて、30万を超える負傷者を出している。そのほとんどが、放射線による障害を受けた者たちだ。国内の治療施設は、どこも満杯で、もはや新たに患者を受け入れる余裕がなくなっている。それと、もうひとつ、実はこっちのほうが、深刻なんだが……」
軍医によると、先の政変で、国防軍の中が2つに割れている。中国派遣軍に関しても、いまだ戦場に兵力をとどめて、停戦終了後の戦闘開始に備えるべきだ――と主張する旧政権寄りの幕僚幹部たちがいて、派遣軍の引き上げに消極的なのだと言う。
そのために、負傷者以外の部隊の帰還が手間取っている。臨時政府は、民間の船舶なども活用して、帰還兵の輸送に充てようと計画しているが、それには、少し時間がかかるという話だった。
「やれやれ……」と、だれかが大きなため息をついた。
「オレたちは、見捨てられて残留兵になるのか?」
立花真弓にも、同じ不安があった。
「心配するな。新政権は、必ずキミたちを安全に帰還させると言ってる。私もそれを信じている。だから、安心して治療に専念してくれ。待っている家族に、少しでも元気な姿を見せられるように」
元気な姿――と言われて、真弓は鏡で見た自分の姿を思い出した。
これを元気な姿と言えるのか?
このまま、どこかに消えてしまいたいという気持ちも、なくはなかった。しかし、そんなとき、いつも頭に浮かぶ麻衣の言葉があった。
「あなたは、私たちの代わりに戦場に駆り出されたんだわ。あなたの無事は、私たちの無事。どんなに傷ついても、どんな体になっても、必ず無事で日本に帰って来てね」
しかし、その言葉の主が生きているのかどうか、立花真弓には確かめる術がなかった。

1カ月が過ぎ、2カ月が過ぎ、3カ月が過ぎた。
核攻撃を受けた日本の首都では、爆心に近い西部地域はもちろんだが、東部地域でも高い放射線量が観測されたため、ほぼ全域が避難指定地域とされた。
もはや、人が住むことのできない巨大なコンクリートの街。人々は、そこから次々に逃げ出した。シェルターを造って核爆発の直撃を逃れた富裕層も、そこで生活することができないことを知って、渋々、家屋敷を放棄した。
東京に拠点を構えていたメーカーなどは、すでに、その主要な研究施設や制作部門などを地方に移転させていた。金融機関も、データ管理などの統括部門を、早い段階で地方に移していた。
壊滅的な打撃を受けたのは、サービス・流通業界だった。その対象となる消費者が首都圏からいなくなったのだから、流通センターなどのロジスティクス産業が打撃を受け、巨大ショッピングモール、各種商業ビル、外食産業、アミューズメント施設などが、壊滅的と言っていい被害を被った。
消費都市としての首都は、もはや、命を失ったも同然だった。
政治もまた、首都を逃げ出すしかなかった。臨時政府は、とりあえず、国会を京都の国際会議場で開くことに決め、首相官邸も同敷地内に仮設された。ゆくゆくは、琵琶湖周辺に中央政府の機能を集中させるという計画が発表された。
皇居も京都御所に移ることになり、明治以来、380年余に及ぶ首都・東京の歴史に幕が下ろされることになった。
東京の除染には、今後50~70年かかるだろう――と、専門家たちは試算していた。
人間たちが犯した愚かな選択の跡を無残にさらしたまま、かつての虚栄の都は、冬を過ごし、そして春を迎えようとしていた。

春は、東北海岸部に移住した日暮ファミリーにも、九州東部の半島の付け根に移住した吉高ファミリーにも訪れた。
吉高家の菜園では、麻衣たちが、ポットに植えたトマトを露地に移植し、子どもたちも手伝って支柱を立て、茎と支柱をヒモで結んでいく。のどかな農作業を子どもたちも楽しんでいるように見えた。
夏を迎える頃には、菜園に真っ赤なトマトが実をつけて、それは吉高家の食卓に供されることになるだろう。その頃までには、真弓も帰国してくるのではないか。いや、帰国してほしい。
麻衣も、俊介も、次郎も、口には出さずに願ったが、まだ、その安否さえ、だれも確かめることができないでいた。
桜の花が散り始める頃になって、中国派遣軍の第一陣が、宮崎の国防軍基地に輸送機で到着した。帰還者の名前は新聞で発表された。麻衣たちは食い入るように紙面を探したが、そこに立花真弓の名前はなかった。
第二陣、第三陣……と、その度に、100人程度の兵士たちが帰還し、メディアは帰還兵と家族が抱き合う様子などを大々的に報じたが、そこにも真弓の名前はなかった。
前線で被曝した兵士たちが、どこに収容され、どう治療を受けているのについても、政府発表はなく、その報道もなかった。
やがて、トマトが青い実をつけた。
もうすぐ、立花真弓が出征して、2年になろうとしていた。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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