2072年の結婚〈46〉 遥かなサナトリウム

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
赤い十字の医療用車両に乗せられて、
立花真弓たちは国境を越えた。
そこはベトナム。自分たちは国民の目から
隠されて隔離されるのだと真弓は思った。
その頃、日本では、麻衣たちが……。
連載 西暦2072年の結婚
第46章 遥かなサナトリウム

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山間を縫うように走る舗装道路を、もう3~4時間は揺られている。
どこを走っているのか、どこへ向けて走っているのか、わからなかった。
車体に赤の十字が塗装された医療用の車両には、真弓の他に5人の男が乗っていた。1人は、医師。他の4人は、頭や腕や背中や方を、包帯でグルグルに巻いた男たちだった。そのうちの3人は、同じ第14部隊にいた男だとわかった。
「どこへ行くんだろう?」
だれかが不安そうにつぶやいた。
「なんか、南に向かってますね、軍医さん?」
別のだれかが訊いた。
「香港に向かう予定だったんだが、もう、病床がいっぱいなんだそうだ。われわれは、これから国境を越えます」
「エッ、国境?」
立花真弓は、素っ頓狂な声を挙げた。
「ということは、ベトナムですか?」
「ハノイ郊外に、わが国が海外協力事業で建てた高度医療専門の病院がある。みなさんにはそこで、放射能障害の治療を受けてもらうことになります。日本人の専門医も何人か派遣されているので、心配ないですよ」
何寧からハノイまで、距離にして200キロ余の高速道が走っている。幸い、その舗装は爆撃を免れ、無傷で残っていた。
その高速道を、赤い十字が疾駆した。
どれほど走ったか、やがて車両は、国境の検問所らしい場所に着いた。
「××××××?」
やたら破裂音の目立つ言葉で、警備兵らしい男が、何かを尋ねている。その語調が強い。返す車両側の運転席の語調もきつい。何かもめているのかと思ったが、やがて、「OK! GO!」という声が聞こえ、クルマが動き出した。
「諸君! ベトナムへようこそ!」
軍医がおどけるように言ったが、それに反応する者はいなかった。
どこを走っているのか、どこへ向けて走っているのか、わからなかった。
車体に赤の十字が塗装された医療用の車両には、真弓の他に5人の男が乗っていた。1人は、医師。他の4人は、頭や腕や背中や方を、包帯でグルグルに巻いた男たちだった。そのうちの3人は、同じ第14部隊にいた男だとわかった。
「どこへ行くんだろう?」
だれかが不安そうにつぶやいた。
「なんか、南に向かってますね、軍医さん?」
別のだれかが訊いた。
「香港に向かう予定だったんだが、もう、病床がいっぱいなんだそうだ。われわれは、これから国境を越えます」
「エッ、国境?」
立花真弓は、素っ頓狂な声を挙げた。
「ということは、ベトナムですか?」
「ハノイ郊外に、わが国が海外協力事業で建てた高度医療専門の病院がある。みなさんにはそこで、放射能障害の治療を受けてもらうことになります。日本人の専門医も何人か派遣されているので、心配ないですよ」
何寧からハノイまで、距離にして200キロ余の高速道が走っている。幸い、その舗装は爆撃を免れ、無傷で残っていた。
その高速道を、赤い十字が疾駆した。
どれほど走ったか、やがて車両は、国境の検問所らしい場所に着いた。
「××××××?」
やたら破裂音の目立つ言葉で、警備兵らしい男が、何かを尋ねている。その語調が強い。返す車両側の運転席の語調もきつい。何かもめているのかと思ったが、やがて、「OK! GO!」という声が聞こえ、クルマが動き出した。
「諸君! ベトナムへようこそ!」
軍医がおどけるように言ったが、それに反応する者はいなかった。

なんで、ベトナムに……?
だれの顔にもそう書いてあるように見えた。
「オレたち、ベトナムに隠されちまうんじゃないの?」
頭を包帯でグルグルに巻いた男が、絶望的な声でつぶやいた。あのとき、飯尾1等陸曹の声に足を止め、真弓たちと共に負傷者の救出に向かった隊員のひとりだった。爆風で吹き飛ばされて頭部と両腕に裂傷を負ったが、それだけではなく、顔全体が火傷で焼けただれて、いまだに包帯が取れないでいる。
「こんな姿のオレたちが帰国したんじゃ、士気に関わるってか……」
包帯の奥から絞り出された言葉は、真弓が感じている不安でもあった。
もう100年ほど前、ベトナム戦争を闘ったアメリカでも、同じようなことがあった――と聞く。国内での反戦運動の高まりを恐れた当時のアメリカ政府は、大量の負傷兵をまっすぐ本国へは帰還させず、日本の基地に留めて完全に傷を治してから送り返していた。
それと同じことを日本政府もしようとしているのかもしれない。
オレたちは、国民に見せてはいけない戦争犠牲者なのだ。それも、ただの負傷者ではない。あってはいけない核爆弾の被害者なのだ。
いつになったら日本に帰れるのか?
その見込みも立たないまま、真弓たちは、ハノイ郊外の病院に併設されたサナトリウムに収容された。
閑静な森林の中に設けられた清潔な療養施設。中国政府軍もここまでは攻撃を仕掛けてはこない。安全ではある。しかし、その「安全」には希望がなかった。

どこにいる、日本軍被曝者?
メディアは、連日、その所在に関する報道を繰り返した。
出兵から2カ月。依然として真弓とは連絡がとれない。
もしかして、立花真弓は、もうこの世にいないのではないか。
だれも口にしないが、麻衣の胸にも、2人の夫たちの胸にも、そんな不安が黒雲のように湧いていた。立花真弓の従軍手当は、毎月、口座に振り込まれてくるので、当面、経済的に困るということはない。しかし、真弓と麻衣の間に望海が誕生したいま、その父親が欠けてしまうということは、吉高ファミリーの将来の生活が成り立たなくなることを意味した。
しかし、その前に、吉高ファミリーには決めなくてはならないことがあった。
自分たちの生活を、核攻撃の危険から遠ざけなくてはならない。
頭を抱えるファミリーにその疎開先を提案したのは、山辺俊介だった。
九州東部に移住者を募集している市がある。移住を希望するファミリーには、格安に住宅を提供し、農地なども割安に貸し出してくれるという。住宅の中には二世代タイプやシェア・タイプのものもあり、そこだったら、真弓が帰還しても、またファミリー7人で一緒に暮らすことができる。
問題は仕事だが、幸い、俊介が勤務する建築資材会社は、隣接する県庁所在地に事業所がある。J-ALERT以後、会社は生産の拠点を地方に移しつつあるから、人事に掛け合えば、非正規社員である自分たちでも、転勤は可能だ。WEBデザインを仕事にしている草川次郎の場合は、ネット環境さえ整っていれば、どこにいてもできる仕事だから、問題ないはずだ。
「ヘーッ、菜園も付いてるの?」と、吉高麻衣は、俊介が持ち帰った物件の資料に興味を示した。
ここでなら、野菜などを育て、子どもたちを土の上で遊ばせながら、真弓の帰還を待つことができるかもしれない。
「決めよっか……」
麻衣のひと言で、吉高ファミリーの疎開先が決まった。
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中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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