2072年の結婚〈45〉 隠蔽された悲劇

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
日本の首都にJ-ALERTが鳴り響いた頃、
中国の立花真弓は、南寧の野戦病院から
南方の診療所に移送されることになった。
目を覆った包帯を解かれた真弓は、
鏡に写った自分の姿を見て慄いた——。
連載 西暦2072年の結婚
第45章 隠蔽された悲劇

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その警報音は、警報の解除を伝える音だった。
《先刻のミサイルは、わが国の迎撃ミサイルによって撃墜されました。
緊急避難指示は解除されました。緊急避難指示は……》
繰り返される「解除」の言葉に、ホッと胸を撫でおろして、麻衣と望海、草川次郎は、納戸から這い出した。
「フゥ」と息を吐いておたがいの顔を見つめ合ったが、その目には、安堵の色はなかった。「やれやれ」とひと息つくと同時に、「ゾッ」となった。ミサイルを撃ち落とせたのは、運がよかっただけの話なのかもしれない。運がわるければ、いまごろ、自分たちは……。
それを思うと、異郷の地で被曝したかもしれない真弓の身が、ますます案ぜられた。相変わらず、携帯はつながらないままだった。
「やっぱりさ……」
夕食に帰ってきた山辺俊介が、頭をかきむしりながら口を開いた。
「オレたち、ここにいちゃいけないんじゃないだろうか。立花さんの帰りを待っていたいけど、でも、ここにいたら、待つこともできなくなっちまうような気がする」
「そうですね」と草川次郎が同意した。
「この子をあの人の腕に抱かせるまでは……」
そう言って麻衣は声を詰まらせた。
「何としても望海を守らなくちゃならない、あの人が帰って来るまでは。だから、生き延びる方法、考えよう」
麻衣のひと言で、吉高ファミリーの疎開が決まった。
それは、帰還するかもしれない、いや、帰還を希求する立花真弓を迎えるための、唯一の選択のように思われた。
《先刻のミサイルは、わが国の迎撃ミサイルによって撃墜されました。
緊急避難指示は解除されました。緊急避難指示は……》
繰り返される「解除」の言葉に、ホッと胸を撫でおろして、麻衣と望海、草川次郎は、納戸から這い出した。
「フゥ」と息を吐いておたがいの顔を見つめ合ったが、その目には、安堵の色はなかった。「やれやれ」とひと息つくと同時に、「ゾッ」となった。ミサイルを撃ち落とせたのは、運がよかっただけの話なのかもしれない。運がわるければ、いまごろ、自分たちは……。
それを思うと、異郷の地で被曝したかもしれない真弓の身が、ますます案ぜられた。相変わらず、携帯はつながらないままだった。
「やっぱりさ……」
夕食に帰ってきた山辺俊介が、頭をかきむしりながら口を開いた。
「オレたち、ここにいちゃいけないんじゃないだろうか。立花さんの帰りを待っていたいけど、でも、ここにいたら、待つこともできなくなっちまうような気がする」
「そうですね」と草川次郎が同意した。
「この子をあの人の腕に抱かせるまでは……」
そう言って麻衣は声を詰まらせた。
「何としても望海を守らなくちゃならない、あの人が帰って来るまでは。だから、生き延びる方法、考えよう」
麻衣のひと言で、吉高ファミリーの疎開が決まった。
それは、帰還するかもしれない、いや、帰還を希求する立花真弓を迎えるための、唯一の選択のように思われた。

「立花1等陸士。あなたの移送が決まりました」
枕元で従軍医師の鯨岡の声がした。
エッ、移送? もしかして、日本に送り返されるのか?
見えない目を懸命に声の方向へ向けてみた。しかし、一瞬、抱いた期待は、医師の冷静な声で砕け散った。
「ここより、少し南に移動します。ここは野戦病院なので、ケガの手当が主になるのですが、立花さんの場合、火傷などの外傷の手当は、きょう、目の包帯を外せば、ほぼ終了となります。しかし、放射線障害についての治療は、ここではできないんですよ。専門の治療施設が必要になりますのでね」
「専門の……? それ、日本じゃないんですか?」
「残念ながら、内地の病床は、もう手いっぱいでしてね」
手いっぱいになった理由については、医師は何も語らなかった。
あの核攻撃でそんなに多くの負傷者が出たのか?
あのとき、地上にいたのは、真弓や飯尾2等陸曹を含む20~30人の隊員だった。もしかして、シェルターの中にいた者も被曝してしまったのか?
しかし、真弓の疑問は解消されなかった。
「とにかく、目の包帯を外しましょうね。外し終えたら、ゆっくり目を開けてください。いきなり強い光を見てしまうと、気分がわるくなることがありますから」
ゆっくりゆっくりと医師が包帯を解いていく。まぶたを通して感じる光の量が少しずつ増えていく。
「片目ずつ、ゆっくり目を開けてください」
鯨岡医師の声に誘われて、恐る恐る右目のまぶたを、次に左目のまぶたを、ゆっくり開けてみる。
うっすら開いたまぶたとまぶたの間から、一条の光線が水晶体に飛び込んでくる。
その光が白い。そしてまぶしい。
一瞬、あのときの閃光を思い出して、目の奥が痛んだ。
「フーム……やっぱり、白いな」
ルーペで真弓の目を覗き込んだ鯨岡医師が唸った。
「ハ……?」
「あなたの目、特に左目がね、白内障を起こしてます。放射線を浴びたことによる白内障です。ちょっと、これを右目に当てて左目だけで私を見てください」
遮眼子で右目を覆い、左目を見開いてみるが、視界がベールをかけたようにぼやけて、ハッキリしない。
「よく見えませんか?」
真弓がうなずくと、医師はウンウンとうなずいて言った。
「とりあえず、いまは薬剤で症状を抑えておきますが、白内障は手術で治せますからね。放射線で変質してしまった水晶体を、丸ごと入れ替えてしまうんですが、それは、設備の整った施設でないとできないので、日本に帰ってからになるかもしれません」
「それは、いつ頃になるんでしょうか?」
「ウーン、それはねェ……」
しばらく腕組みをして考え込んだ鯨岡医師は、やおら、手をデスクの引き出しに伸ばした。
「立花さん、いまのご自分の姿を見てみますか?」
差し出したのは、手鏡だった。その鏡に自分の顔を写したとたん、立花真弓は息を?んだ。

これが、オレ……?
鏡に写った顔がだれのものか、自分でもわからなかった。
頭髪は、全部、抜け、右頬から首筋、肩口にかけての皮膚は、焼けただれてケロイド状になっていた。医師に「白内障」と指摘された左目は、まぶたが大きく腫れ上がり、ほとんど左目をふさぐほどになっている。
「このままの姿で日本に帰ったんでは、待っていらっしゃるご家族にもショックかもしれません。少なくとも、顔の火傷や目の腫れや脱毛した頭皮の修復は、ある程度、すませて、ちょっとケガの跡が残ってはいるけど……程度の状態に戻した上で、送り返して差し上げたいと思っているんですよ」
確かに、この姿で帰還しても、麻衣たちに、とりわけ生まれたばかりであろうわが子に、ショックを与えるだけかもしれない。
こんな姿じゃ帰れない――という気持ちが、真弓の中にもなくはなかった。
しかし、真弓の頭からは、ある疑惑が拭えないでもいた。
オレたちは、隠蔽されてしまうのではないか。
この国の指導者たちは、自分たちの愚かな政策が招いたこの惨憺たる結果を、国民の目から隠そうとしているのではないか。
どこに……?
それを思ったとき、真弓はゾッとなった。
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2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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