西暦2072年の結婚〈42〉 帰って来る場所

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
中国派遣部隊が敵の核攻撃を受けた。
報復を恐れる日本では、疎開の動きが
加速していた。しかし、疎開してしまうと、
真弓が帰って来る場所がなくなってしまう。
麻衣も、俊介たちもそれを心配していた。
連載 西暦2072年の結婚
第42章 帰って来る場所

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中国政府軍が多国籍軍基地に対して、報復の核攻撃を行ったようだ。
吉高麻衣たちが、そのニュースを目にしたのは、日本列島が猛烈な残暑に襲われている9月下旬のことだった。
政府発表によるものではなかった。香港系の新聞が報じたニュースを日本の新聞やTVが伝えるという形での報道だった。
《核攻撃に遭ったのは、イギリス、オーストラリア、日本などの多国籍軍基地で、多数の犠牲者が出ている模様である》
マスコミ各社は事実確認を求めて、官邸に詰め寄った。
しかし、取材陣を前に官房長官の口から飛び出した言葉は、にわかには信じがたいものだった。
「一部、わが国の部隊に対して核攻撃が行われたとの報道がありますが、政府としては、まだ、その事実を確認しておりません」
会見場に集まった記者たちから、一斉に「エーッ!!」という声が挙がった。
「戦地に派遣された国防軍がどういう状況に置かれているか、官邸は把握してないということですか?」
記者から厳しい質問が飛ぶ。一瞬、オロッとなった官房長官の手元に、事務方が一枚のメモらしきものを渡す。長官はそのメモに目を落としながら、ほとんど感情のこもらない声で答えた。
「詳細については、ただいま、全力で情報の収集に当たっておりますが、報道が事実であれば、わが国にとっては重大な危機でありますから、米国など各国とも協議の上、わが国の対応を慎重に検討したいと……」
まるで渡されたメモを読み上げるだけのような長官の答弁に、記者席がザワついた。
「慎重に検討している場合ではないのではありませんか?」
「緊急に救援隊を派遣する予定は?」
「ただちに撤退するという考えはないんですか?」
一斉に挙がる質問の声に、「情報を調査中」とだけ答えて、会見場を逃げ出すように出ていく官房長官。その背中に、「内閣の責任は?」「撤退は?」と、詰め寄る記者の声が飛んだ。
吉高麻衣たちが、そのニュースを目にしたのは、日本列島が猛烈な残暑に襲われている9月下旬のことだった。
政府発表によるものではなかった。香港系の新聞が報じたニュースを日本の新聞やTVが伝えるという形での報道だった。
《核攻撃に遭ったのは、イギリス、オーストラリア、日本などの多国籍軍基地で、多数の犠牲者が出ている模様である》
マスコミ各社は事実確認を求めて、官邸に詰め寄った。
しかし、取材陣を前に官房長官の口から飛び出した言葉は、にわかには信じがたいものだった。
「一部、わが国の部隊に対して核攻撃が行われたとの報道がありますが、政府としては、まだ、その事実を確認しておりません」
会見場に集まった記者たちから、一斉に「エーッ!!」という声が挙がった。
「戦地に派遣された国防軍がどういう状況に置かれているか、官邸は把握してないということですか?」
記者から厳しい質問が飛ぶ。一瞬、オロッとなった官房長官の手元に、事務方が一枚のメモらしきものを渡す。長官はそのメモに目を落としながら、ほとんど感情のこもらない声で答えた。
「詳細については、ただいま、全力で情報の収集に当たっておりますが、報道が事実であれば、わが国にとっては重大な危機でありますから、米国など各国とも協議の上、わが国の対応を慎重に検討したいと……」
まるで渡されたメモを読み上げるだけのような長官の答弁に、記者席がザワついた。
「慎重に検討している場合ではないのではありませんか?」
「緊急に救援隊を派遣する予定は?」
「ただちに撤退するという考えはないんですか?」
一斉に挙がる質問の声に、「情報を調査中」とだけ答えて、会見場を逃げ出すように出ていく官房長官。その背中に、「内閣の責任は?」「撤退は?」と、詰め寄る記者の声が飛んだ。

「何なんだよ、あいつは!」
それまで黙ってTVを見ていた山辺俊介が吐き捨てるように口にして、テーブルをバンッ……と叩いた。その音に、母親の胸で寝ていた幼い望海が目を覚ました。しかし、泣き出しはしなかった。幼い子の目は、おとなたちの目に浮かぶ怒りの色を必死に読み取ろうとしているように見えた。
麻衣は、目からあふれ出そうになるものを懸命にこらえていた。
「大丈夫だよ、麻衣ちゃん。派遣部隊は仮設用のシェルターを用意してるみたいだから、たとえ核で攻撃されても、きっと、うまく身を隠してるよ」
「シェルター……」と、麻衣は力なくつぶやいた。
「カレ、そんなところにいるんだ。この子が生まれたことも知らないまま」
吉高ファミリーは、沈痛な空気に包まれていく。そんな空気の中、いつもクールな言葉を吐く草川次郎が切り出した。
「オレたちも考えなくちゃ……ですよね?」
「そうだな」と俊介がうなずいた。
中国戦線での核使用が現実の可能性としてささやかれるようになってから、日本の社会には、2つのあわただしい動きが起こった。
ひとつは、上流階層や中流の上クラスで起こったシェルター建設の動きだった。
広い庭を持つ上流クラスは、あわてて庭に穴を掘って、地下室タイプのシェルター建設に走った。各家庭が一斉に穴を掘り始めたので、土木・建設関係の業者は引っ張りダコになり、その余波で、公共工事などに支障が出た。それを、新聞などは「穴掘り上流、公共工事を止める」などと書き立てた。
そこまで広い庭を持たない中の上クラスは、庭や屋内に置くだけで避難ができるカプセル型のシェルターの購入に走った。しかし、こちらもたちまち品薄となった。商品を取り扱うホームセンターや家電量販店などには、客が押し寄せ、商品を奪い合って客同士がモメるという現象も起こって、こちらもメディアに「延命争奪戦」などと皮肉られた。
しかし、吉高ファミリーのような下層に属する一般大衆には、シェルター建設も、カプセル購入も、思いもつかないことだった。
自分たちには、逃げるしか方法がない。
そう考えた下流層には、核攻撃の対象となりそうな大都市から地方の中小都市へ、さらには農村部へと、脱出を図る動きが現れ、メディアはそれを「貧困疎開」と呼んだ。

日暮ファミリーは、すでに、東北地方の中都市への「疎開」を決めていた。
その疎開先をファミリーに紹介したのは、吉高一家と日暮一家が暮らす「愛クラウド型住宅」を管理している「AISM」だった。もともと、シェアハウスとして活用できそうな放置物件を見つけては、それをリフォームして、複婚型ファミリーに斡旋するという業務に特化していた「AISM」だが、疎開の動きが活発になると予測してからは、人口減に悩む地方の都市や農村部で、住む人のいない物件を見つけては、それを「疎開先」として複婚ファミリーに提供するという事業を開始していた。
日暮一家は全員で話し合った結果、いくつかの疎開先候補の中から、東北の海岸部に面したその都市の物件を選んだ。決め手になったのは、仕事先が確保できる――だった。
大手損保に総合職として勤務する三上さやかは、パソコンさえ持っていけば、オフィスに出社しなくても仕事ができる。会社も、そういう勤務形態をすすめているところだったので、何の問題もなく疎開することができる。
園田朋美は、「お水系」の仕事なので、探そうと思えば、その種の仕事は簡単に見つけることができるだろう。最初の妻・なつみは、スーパー勤務で覚えた商品管理の技術などを地元の水産会社などで生かせるだろうと言い、保育士の資格を持つ4番目の妻・静香は、保育士不足が問題になっている地方都市でなら、都会でよりもよほど充実した仕事に就けるだろうと主張して、一家の疎開が決まったのだった。
企業の中には、生産活動を維持し、資産を守るために、企業活動の拠点を地方へ移転させる動きも出ていたので、地方で収入を得るということには、問題がないようにも思われた。
首都圏からの人口流出は、もはや止めようのない動きとなっていた。
自分たちはどうするか?
吉高ファミリーも、それを決めるべき時期に来ていた。
しかし、麻衣には、ひとつ、それを決められない理由があった。
もし自分たちが疎開してしまったら、帰還する真弓は帰るべき場所を失ってしまうのではないか。山辺俊介も、草川次郎も、同じことを心配していた。
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