西暦2072年の結婚〈41〉 生きるために掘る「死の穴」

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
米軍が敵陣地に対して戦術核を使用。
報復の核攻撃があるかもしれないと、
真弓たちは、シェルターの建設を
命じられた。それは、自分たちの墓場に
なるかもしれない穴だった——。
連載 西暦2072年の結婚
第41章 生きるために掘る「死の穴」

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米軍が中国戦線で戦術核を使用。
新聞やTVは、連日、そのニュースを流していた。
「報復に中国も戦術核を使用するかもしれない」
「報復の核は、日本本土をも標的にするのではないか」
解説者や批評家、国際政治や軍事の専門家たちは、しきりにそんな危機感を口にしていた。
吉高ファミリーの女ホスト・吉高麻衣と2人の夫は、食事が終わると、TVの前に集まって、画面に映し出される戦地の様子などを、毎日、食い入るように見入っていた。
麻衣の胸には、生まれたばかりの赤子が抱かれていた。名前を「望海」と言う。「男の子だったら」と真弓が考えて麻衣に託した名前だった。
そこには「海を希望に変えよう」という意味と「そんな海に望みを抱く男になれ」という立花真弓の願いが込められていた。
もちろん、TVに映し出される映像の意味など、0歳の望海に理解できるはずがない。しかし、画面に爆発シーンや銃を構えた兵士の姿が登場する度に、立花真弓の願いを背負って生まれた赤子は、その画面を「バブ……」と指さしながら顔を崩し、火が点いたように泣き始めた。
「この子、わかるんじゃないかなぁ」
山辺俊介が、言う。
「わかる? 何を?」と麻衣が問いかける。
「父親がこの戦場にいるってことがさ。確信はないけど……」
「そうね……」と麻衣がつぶやいた。
「パパは、兵隊さんになって、ここで闘っているのよ――って、TVを見ながら教えてるから」
「子どもながらに思うのかも知れないね。そんなところにいたら、パパ、死んじゃうよって」
「ウン……」とうなずいた麻衣が、赤子をギュッと抱き締めながら言う。
「大丈夫よ。パパはきっと、元気に帰ってくるからね」
そう言って揺すりながら、背中をポンポンとあやすと、母親の胸に抱かれた赤子は、泣くのを止め、静かに寝息を立て始めた。
新聞やTVは、連日、そのニュースを流していた。
「報復に中国も戦術核を使用するかもしれない」
「報復の核は、日本本土をも標的にするのではないか」
解説者や批評家、国際政治や軍事の専門家たちは、しきりにそんな危機感を口にしていた。
吉高ファミリーの女ホスト・吉高麻衣と2人の夫は、食事が終わると、TVの前に集まって、画面に映し出される戦地の様子などを、毎日、食い入るように見入っていた。
麻衣の胸には、生まれたばかりの赤子が抱かれていた。名前を「望海」と言う。「男の子だったら」と真弓が考えて麻衣に託した名前だった。
そこには「海を希望に変えよう」という意味と「そんな海に望みを抱く男になれ」という立花真弓の願いが込められていた。
もちろん、TVに映し出される映像の意味など、0歳の望海に理解できるはずがない。しかし、画面に爆発シーンや銃を構えた兵士の姿が登場する度に、立花真弓の願いを背負って生まれた赤子は、その画面を「バブ……」と指さしながら顔を崩し、火が点いたように泣き始めた。
「この子、わかるんじゃないかなぁ」
山辺俊介が、言う。
「わかる? 何を?」と麻衣が問いかける。
「父親がこの戦場にいるってことがさ。確信はないけど……」
「そうね……」と麻衣がつぶやいた。
「パパは、兵隊さんになって、ここで闘っているのよ――って、TVを見ながら教えてるから」
「子どもながらに思うのかも知れないね。そんなところにいたら、パパ、死んじゃうよって」
「ウン……」とうなずいた麻衣が、赤子をギュッと抱き締めながら言う。
「大丈夫よ。パパはきっと、元気に帰ってくるからね」
そう言って揺すりながら、背中をポンポンとあやすと、母親の胸に抱かれた赤子は、泣くのを止め、静かに寝息を立て始めた。

重慶上空に閃光を見た翌未明、真弓たちの第14部隊は、重慶市街から南西方向に35キロほど離れた長江沿いの寒村にキャンプを張って、次の指令を待っていた。
指令は、「現退避地点で待機せよ」だった。待機しながら、前線から引き揚げて来る兵士や避難民の救護活動に当たる。それが、真弓たちの部隊に与えられた任務だった。
その兵士や避難民たちの姿を見て、真弓たちはギョッ……となった。
ボロボロに焼けはがれた服。むき出しになった肌は赤く焼けただれ、一部は炭化してケロイド状に崩れている。よくここまで歩いてこれたものだと思うような足取りで、やっとキャンプにたどり着いた一団は、口々に「熱い、熱い」とうめき、「水をくれ」と懇願する。その水を与えると、がぶがぶと飲み干し、そのままこと切れてしまう者もいた。
何が起こったのか、すぐにはわからなかった。しかし、想像はできた。
これまでに使われたことのない強力な爆弾が使われたのに違いない。それは、近くにいる友軍をも巻き込む破壊力を持つ爆弾なのではないか――。
「みんな、よく聞いてくれ」
動揺する部隊員を前に、西原部隊長が声を張り上げた。
「昨夜、諸君たちが見た光は、米軍が用いた戦術核だった。重慶市内の敵部隊に甚大な打撃を与えたが、市内の一般市民にも、そして近郊に展開して突入を図っていた友軍の特殊部隊にも、少なからぬ被害が及んだ模様である。前線から避難してくる負傷者等に対しては、その救護に当たるようにとの本部からの指令はすでに伝えてあるが、今朝、もうひとつ、重大な指令が下った」
隊員たちの顔に緊張が走った。
「連隊本部によれば、今後、中国政府軍からの報復核攻撃も考えられるとのことである。本大隊は、救護活動にあたるとともに、全力で避難用のシェルター建設にあたる。第1中隊は、医療中隊とともに避難者の救護活動に従事。第2中隊は施設中隊とともにシェルター建設にあたる。第3中隊は、第1・第2中隊の作業中、本隊の警備にあたり、敵の襲撃に備えること。以上、各員、中隊指揮官の指示にしたがって、迅速に任務を遂行されたし」
指揮官の指示に隊員たちからは「オーッ!」と雄たけびが上がった。

第2中隊に属する真弓の任務は、シェルター作りだった。
長江流域の粘っこい土を掘り起こして、深さ4メートルほどの穴を掘り、そこに組み立て式のシェルターを設置して、再び土を埋め戻す。穴の数は全部で4つ。しかし、施設隊には、ショベルカーもブルドーザーも、それぞれ2機しかない。ざっくりと穴を掘って地ならしをした後は、人海戦術で固定用の穴を掘り、杭を打ち、床板を敷き、壁板、天井を組み合わせて、仮設のシェルターを作る。
ひとつのシェルターに収容できる人数は、100~150人程度。それくらいの人数が寝転ぶことぐらいはできるが、そこで長期生活ができるかというと、とてもそんな設備を備えたシロモノではない。とりあえず、核爆弾の直接的被曝を避けるための、一時的非難設備にすぎない。
そういうシェルターを4基、大急ぎで作れ――という。1基は、負傷者や避難民を収容するために。残りの3基は、大隊員を収容するために。「急げ」ということは、それだけ事態が差し迫っていることを物語っていた。
「オレたち、こんな穴の中でくたばってしまうのかよ」
だれかが、ヤケクソ気味につぶやいた。
「なんか、テメェの墓穴を掘ってるようなもんだな」
と、だれかが応じた。
「野ざらしになって野犬に食い荒らされるよりはましさ」
別のだれかが応じたが、それに賛同するものはいなかった。
「ああ、こんなことならやっときゃよかったよ、立さん」
真弓の隣でスコップで掘り起こした土をネコ車に放り込んでいた男が、ため息交じりにつぶやいた。
「何をだよ?」
「彼女と一発。ついでにはらませとけばよかった」
ホレていた女がいたが、とうとう、SEXしないまま徴集に応じて、戦地に赴いて来てしまった。それが心残りだと言うのだった。
人は、死を覚悟したとき、「子孫を残す」という本能に目覚めるらしい。
自分の子孫はどうなったか?
麻衣が臨月を迎えたところまでは知っている。しかし、無事、子どもが生まれたかどうかを、真弓はまだ知らされていなかった。
それを知らないまま、真弓は、遠く離れた異郷の地で、自分たちの墓となるかもしれない穴を掘っていた。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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【右】『『チャボのラブレター』
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中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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