西暦2072年の結婚〈40〉 地獄の始まり

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
中国派遣軍に徴集された立花真弓は、
重慶近郊に展開した日本部隊の基地で、
眠れぬ夜を過ごしていた。その頭上を
米軍の巡航ミサイルが飛んでいく。
その前線から英軍が撤退してきた——。
連載 西暦2072年の結婚
第40章 地獄の始まり

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頭の上を何個もの飛翔体が飛んでいくのを見た。
漆黒の空を赤い尾を引きながら飛んでいく飛翔体。
その轟音が消え去った北の空に、一瞬、閃光が走り、やや遅れて、「ドーン」という爆発音が響く。
米軍が東シナ海に浮かべた空母や巡洋艦から放った巡航ミサイルが、内陸部の中国政府軍基地をピンポイントで叩いているのだった。
「さぁ、来るぞ」
部隊の指揮官・西原三等陸佐が「退避~!」と号令を発した。全員が、壕に身を隠した瞬間、ヒュルル……と空気を切り裂く音がして、次に、鋭い破裂音。地面がグラり……と揺れた。壕の壁がパラパラと崩れ、何人かが「ヒッ」と声を挙げて頭を抱えた。
安全な後方から、まるでTVゲームのように巡航ミサイルを撃ち込み、空爆を繰り返す米軍。その度に、前線にいる部隊は、中国政府軍陸上部隊の反撃を受けた。
制空権は多国籍軍が握っていたが、地上戦では、圧倒的な人数を誇る中国政府軍が優位に戦いを進めている。
叩いても、叩いても、アリのように湧いてくる政府軍部隊。その執拗な攻撃に、多国籍軍の地上部隊は手を焼いていた。
この日の砲撃でも、塹壕に退避中の兵士が1人、腕を吹き飛ばされた。しかし、それで終わりじゃない。砲撃がひと通り終わると、今度は、夜陰に乗じて、政府軍の歩兵部隊が、地を這うようにベースに忍び寄って来る。
それを暗視スコープ付きの自動銃で捉えて、ひとりまたひとりと撃退する。しかし、その暗視スコープが放つ赤外線が、狙われた。彼らは、各小隊(10人程度)に1基の割合で、スティンガー型の携帯ミサイルを装備している。本来は、歩兵用の対空ミサイルとして開発されたものだが、中国政府軍は、それを歩兵用の地対地ミサイルとして改良し、夜戦用に使ってきた。
暗視スコープを向けると、彼らのミサイルの標的になる。それを覚悟で暗視スコープで敵を捉えて、素早く射撃する。そうしないと、基地内に突入した彼らと白兵戦になってしまう。白兵戦になると、人数的に劣る自分たちには勝ち目がない。
小銃を構える指は緊張に震え、汗が噴き出す。
中国派遣軍、第14部隊。500人。
立花真弓は、その一員として、重慶解放を目指す多国籍軍の中で、眠れぬ夜を過ごしていた。
漆黒の空を赤い尾を引きながら飛んでいく飛翔体。
その轟音が消え去った北の空に、一瞬、閃光が走り、やや遅れて、「ドーン」という爆発音が響く。
米軍が東シナ海に浮かべた空母や巡洋艦から放った巡航ミサイルが、内陸部の中国政府軍基地をピンポイントで叩いているのだった。
「さぁ、来るぞ」
部隊の指揮官・西原三等陸佐が「退避~!」と号令を発した。全員が、壕に身を隠した瞬間、ヒュルル……と空気を切り裂く音がして、次に、鋭い破裂音。地面がグラり……と揺れた。壕の壁がパラパラと崩れ、何人かが「ヒッ」と声を挙げて頭を抱えた。
安全な後方から、まるでTVゲームのように巡航ミサイルを撃ち込み、空爆を繰り返す米軍。その度に、前線にいる部隊は、中国政府軍陸上部隊の反撃を受けた。
制空権は多国籍軍が握っていたが、地上戦では、圧倒的な人数を誇る中国政府軍が優位に戦いを進めている。
叩いても、叩いても、アリのように湧いてくる政府軍部隊。その執拗な攻撃に、多国籍軍の地上部隊は手を焼いていた。
この日の砲撃でも、塹壕に退避中の兵士が1人、腕を吹き飛ばされた。しかし、それで終わりじゃない。砲撃がひと通り終わると、今度は、夜陰に乗じて、政府軍の歩兵部隊が、地を這うようにベースに忍び寄って来る。
それを暗視スコープ付きの自動銃で捉えて、ひとりまたひとりと撃退する。しかし、その暗視スコープが放つ赤外線が、狙われた。彼らは、各小隊(10人程度)に1基の割合で、スティンガー型の携帯ミサイルを装備している。本来は、歩兵用の対空ミサイルとして開発されたものだが、中国政府軍は、それを歩兵用の地対地ミサイルとして改良し、夜戦用に使ってきた。
暗視スコープを向けると、彼らのミサイルの標的になる。それを覚悟で暗視スコープで敵を捉えて、素早く射撃する。そうしないと、基地内に突入した彼らと白兵戦になってしまう。白兵戦になると、人数的に劣る自分たちには勝ち目がない。
小銃を構える指は緊張に震え、汗が噴き出す。
中国派遣軍、第14部隊。500人。
立花真弓は、その一員として、重慶解放を目指す多国籍軍の中で、眠れぬ夜を過ごしていた。

日本を出発して2週間になる。
入営の日、予定日まで2日と迫った麻衣は、産院のベッドの中にいた。
「ごめん。あなたの出発に間に合わなかったわ」
真弓の手を両手で握り締める麻衣の目には、キラリと光るものがあった。
「大丈夫。子どもの顔を見ると思ったら、帰って来る楽しみが増えるから」
強がって見せる真弓の手を握ったまま、麻衣は「お願いだから……」と声を震わせた。
「約束して。絶対に、生きて帰って来るって」
そう言って、少し伸びた後ろ髪を手に取った。その毛束を左手で束ねて、右手をサイドテーブルに伸ばすと、手にしたハサミで毛先をジョキリと切った。
ジョキン……というその音が、いまも、耳の奥に残っている。切り取られ、ていねいにタコ糸で括られた毛束は、匂い袋に包まれて、真弓の胸にぶら下がっている。
不安に苛まれ、恐怖が襲いかかるたびに、真弓はその匂い袋に鼻を押し当てた。
かすかに漂ってくる麻衣の髪の香り。胸いっぱいにその香りを吸い込むと、少しだけ気持ちが落ち着き、銃を構える手と腕に力がみなぎる。
日に日に募っていく「会いたい」という気持ち。その気持ちだけが、前線に立つ真弓の気力を支えていた。
その「会いたい」の中には、麻衣と真弓の間に誕生する新しい命も含まれていたが、真弓はまだ、麻衣が無事に出産を終えたかどうかを知らずにいた。
前線に出発するとき、第14部隊の隊員たちの携帯電話やスマホは、すべて本隊の管理部に預けさせられていた。スマホなどに装備されたGPSから、部隊の存在位置を敵に知られることを避けるためだった。
あと1週間、この前線を守り抜けば、後方で待機する第15部隊と任務を交替する。そうしたら、日本の麻衣と電話で話ができる。あと6日、あと5日、あと96時間、あと72時間……真弓は指を折って、その時を待ちわびた。

もうもうと砂煙を上げて近づいてくる車列を目にした。
交替まで90時間を切った3日目のことだった。
一瞬、敵かと身構えたが、双眼鏡で先頭の装甲車が掲げている旗を見て、ホッとした。ユニオンジャックだった。
日本部隊を認めると、車列は進行を止め、先頭の車両から指揮官らしい男が降りてきた。
「指揮官はいるか?」
口ひげを蓄えた指揮官に訊かれて、真弓は西原三等陸佐を呼びに走った。
地図を広げて何やら深刻そうに話し合う2人の指揮官。やがて西原隊長は、軍用IP通信機を手にして、どこかと連絡を取り始めた。
その顔が苦々しくゆがんで見える。
連絡を終えた指揮官は、緊張した顔で副官に「全員を集めるように」と命じた。
ただちに、全員が司令部前に集められた。
「ただいまより24時間以内に、本隊は20キロ後方に撤退する。各員、全力で撤収作業にとりかかるように」
戸惑う隊員たちに告げられた理由は、「3日以内に敵本隊に対する大規模な空爆が行われる。誤爆等の被害を避けるために、安全な地域へ退くことにする」だった。
誤爆? そんなのありかよ……?
だれの顔にもそう書いてあった。
第14部隊が野営するベースから敵本隊まで、およそ15キロは離れている。いくら何でも誤爆はないだろう、という顔だった。
何か大事なことが隠されているのかもしれない。
疑心に包まれながら撤収作業を終えた部隊は、翌日の午後、20キロ南方へ向けて移動を開始した。
夕闇迫る中、南方へ向けて10キロほど重慶を離れたときだった。
真弓たちは、遥かな上空を重慶市方向へ向けて飛行する編隊を目にした。ステルス戦闘機とそれに守られるように飛行する双発の爆撃機らしい機体。その組み合わせが、1隊、2隊、3隊……。だれかが、「あれ、B60じゃないか」と叫び、「オーッ!」とどよめきが起こった。
B605、6機を含む大規模な編隊。それは、今回の空爆がかつてない規模で行われることを意味していた。
その10分後だった。
南方へ向かう第14部隊の背後から、白い閃光が走って来て、真弓たちの車列の行く手を照らし出した。
振り返ると、重慶市街地の上空で巨大な火の玉が膨らんでいた。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
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