西暦2072年の結婚〈39〉 戦場への招待状

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
その重い封書は、ポトリと音を立てて、
吉高家のポストに投げ込まれた。
差出人は「総務省・国防人員徴集部」。
その宛名を目にしたとたん、麻衣は、
「ウソッ」と叫び、封書を床に落とした。
連載 西暦2072年の結婚
第39章 戦場への招待状

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その分厚い封筒は、ポトンと音を立てて吉高家のポストに投げ込まれた。
ふつうの郵便物の音ではない。ズシンと重い音だ。
何だろう……?
やがて臨月を迎えるという麻衣は、重い腰を慎重にソファから起こして、玄関脇のポストをのぞき、放り込まれたばかりの封書をポストから取り出した。
差出人と宛名を見た瞬間、麻衣は「ウソッ!」と声を挙げた。
手にした封筒が、ポトリと床に落ちた。
キッチンを手伝いに来ていた朋美が、その声に気づいて麻衣の傍らにやって来て、床に落ちた封書を拾い上げた。
「ウソでしょ! 大変!」
朋美の声に、やはり夕食の手伝いに来ていた日暮修一が「どうした?」と駆け寄ってきた。
朋美が目を丸くして固まっている封書を手から奪い取ると、その宛名と差出人を見て、「まさか……」と声を発したきり、絶句した。
差出人欄には、「総務省・国防人員徴集部」とあった。
そして、宛名は――。
ふつうの郵便物の音ではない。ズシンと重い音だ。
何だろう……?
やがて臨月を迎えるという麻衣は、重い腰を慎重にソファから起こして、玄関脇のポストをのぞき、放り込まれたばかりの封書をポストから取り出した。
差出人と宛名を見た瞬間、麻衣は「ウソッ!」と声を挙げた。
手にした封筒が、ポトリと床に落ちた。
キッチンを手伝いに来ていた朋美が、その声に気づいて麻衣の傍らにやって来て、床に落ちた封書を拾い上げた。
「ウソでしょ! 大変!」
朋美の声に、やはり夕食の手伝いに来ていた日暮修一が「どうした?」と駆け寄ってきた。
朋美が目を丸くして固まっている封書を手から奪い取ると、その宛名と差出人を見て、「まさか……」と声を発したきり、絶句した。
差出人欄には、「総務省・国防人員徴集部」とあった。
そして、宛名は――。

吉高ファミリーの女主人と3人の夫たちは、ダイニングテーブルで深刻な顔を寄せ合っていた。
「いっそ、拒否っちまうてのもあるんじゃないか?」
俊介が言う。いつものように乱暴な言い方だ。
「徴集拒否ってなると……確か……懲役3年ですね」
次郎が冷たく言い放つ。
「出産が間近だからっていうの、免除の条件にはならないの?」
麻衣が素朴な疑問を口にした。
「そりゃ、ならないよ。産むのは、麻衣ちゃんであって、この人じゃないんだからさ。だいたいさ、政府は男の育児期間だって免除の対象にしようとしないんだから、もうすぐ産まれるからなんて言っても、それがどうした――てなもんだろうよ」
「それにしても、こんな時期に……」
そう言ったきり、麻衣は口を閉ざした。その肩が小さく震えていた。
「みんなさぁ」と、俊介が大きな声を出した。ムリに元気を装ったというふうな、明るい声だった。
「徴集されたからって、別に命まで取られるってわけじゃないんだからさぁ」
「そ、そうですよね」と次郎がとってつけたように、相槌を打った。
しかし、その場にいるだれもが知っていた。
泥沼化する中国戦線では、日に日に犠牲者が増えていた。毎日、50人以上が戦死したり、負傷したりして、沖縄に送り返されていた。政府は、その情報を隠そうとした。負傷者がどの病院に収容されているかも明かさず、戦死者の遺体がどこにあるかも隠された。
隠すということは、戦況が必ずしも有利ではないということを意味する。しかも、ここへ来て、新聞や雑誌には、「これはほんとうに自由のための闘いか?」と、疑問を投げかける論調が目立ち始めた。
「自由中国軍」は、当初は、民主化を求める香港のリベラル・グループなどが中心となって結成された義勇軍的な組織だった。しかし、人民解放軍の「南部戦区」が「自由中国軍」と手を結んでからは、様相がガラリと変わった。その「南部戦区」が支配する地域には、多くのアメリカ資本が進出しており、「自由中国軍」は、そのアメリカ資本に資金を援助された「傀儡軍」と批判されるようにもなっていた。
米政府内には、「戦術核を使用すべきだ」と強硬に主張する右派もいて、戦況は予断を許さない状況になりつつあった。
そんな戦線に、立花真弓が徴集された。それは、死を覚悟しなければならない旅立ちでもあった。

俊介が言うように、徴集を拒否して収監されるという選択肢もあった。
しかし、やがて生まれてくる子の父親として、それはできない。
少なくとも、「パパは?」と問う子どもに、「お父さんは監獄よ」などと麻衣に答えさせるわけにはいかない。
良心的反戦主義者として戦場に赴くしかない。
それが、立花真弓が下した決断だった。
「それで……いつ、行っちゃうの?」
麻衣は、いまにも泣き出しそうな顔で真弓の顔を見つめ、絞り出すような声で尋ねた。
「書類を受け取ってから、1カ月以内に出頭せよ――だってさ」
「エッ……じゃ……この子の予定日には……」
そう言いながら、両手をふくらんだおなかに当てた。
出頭期限とされている8月31日は、麻衣の出産予定日の直前だった。
真弓は、わが子の誕生を見ないまま、帰って来られるかどうかもわからない戦地に赴くことになるのか?
真弓の胸を不安が過った。
その顔を見ながら、麻衣が両手で真弓の手を握った。
「あなたが行く前に、この子の顔を見せてあげたい。ガンバるね、私。もし間に合わなくても、産まれてくるこの子と一緒に、あなたの帰りを待ってるから」
言いながら、真弓の手を握った両手に力を込めた。
握られた真弓の手に、熱い雫がポタリと落ちた。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
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