西暦2072年の結婚〈37〉 怒れるアリたちの群れ

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
中国戦線に国防軍を増派するために
政府は「国防人員徴集法」の発動を
決めた。しかし、免除税を払えば、
徴集を免除される。怒った下流層が、
国会を包囲した。真弓もその中にいた。
連載 西暦2072年の結婚
第37章 怒れるアリの群れ

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中国での戦闘が激化していた。
アメリカが中心となって構成された多国籍軍に参加することを決定した日本の国防軍も、「自由中国軍」を支援して、各地で戦闘に加わっていた。
毎日、戦死者が出ていた。
最初は、1人、2人……という数字だった。その度に、メディアは死者の名前を大々的に報じ、悲しみに暮れるその家族のコメントや映像を紹介した。しかし、その数が10人を超える頃から、政府の発表の仕方にも、報道の仕方にも、変化が現れた。
中国大陸での死者や負傷者はまとめて「死傷者」と表現されるようになり、「中国大陸での死傷者、ついに1千人を突破!」などと、戦況全体の報告として伝えられるようになり、戦死者の名前は、政府広報として発表されるだけになった。それを、新聞が「2面の片隅」に転載する。
「戦死者」は、そうして、日本の「日常」となった。
一般の国民の目には留まらなくなった死者の顔と名前。その数が、累計2000人を超えたとき、政府は、2回目の「非常時国防人員徴集」を実施した。1回目には1000人だった徴集人数が、2回目には2500人となった。
その徴集方法に批判が集まった。
批判の的となったのは、同法の第13条に設けられた「徴集免除」の項目だった。そこには、こう記されていた。
「何だよ、この第三項は!」
まず声を挙げたのは、山辺俊介だった。
「金持ちはケンカしなくてよろしいってことですかね」と、草川次郎がやや皮肉を交えて答えた。
「それに……」と立花真弓は首を傾げた。
「第二項も問題じゃないか」
「そうよね」と吉高麻衣が応じた。
「そうか!」と俊介が手を打って、「修一さんかぁ」と大きな声を挙げた。
「育児中の母親は免除の対象だけど、育児中の父親は対象になってないでしょ。修一さんが徴集されちゃったら、日暮さんちは大変なことになるわ」
「父親の育児参加をさんざん謳い上げたくせに、舌の根も乾かないうちに、今度は徴集の対象とするゾ――ってわけだ。政府のやってることは、もうメチャクチャだね」
アメリカが中心となって構成された多国籍軍に参加することを決定した日本の国防軍も、「自由中国軍」を支援して、各地で戦闘に加わっていた。
毎日、戦死者が出ていた。
最初は、1人、2人……という数字だった。その度に、メディアは死者の名前を大々的に報じ、悲しみに暮れるその家族のコメントや映像を紹介した。しかし、その数が10人を超える頃から、政府の発表の仕方にも、報道の仕方にも、変化が現れた。
中国大陸での死者や負傷者はまとめて「死傷者」と表現されるようになり、「中国大陸での死傷者、ついに1千人を突破!」などと、戦況全体の報告として伝えられるようになり、戦死者の名前は、政府広報として発表されるだけになった。それを、新聞が「2面の片隅」に転載する。
「戦死者」は、そうして、日本の「日常」となった。
一般の国民の目には留まらなくなった死者の顔と名前。その数が、累計2000人を超えたとき、政府は、2回目の「非常時国防人員徴集」を実施した。1回目には1000人だった徴集人数が、2回目には2500人となった。
その徴集方法に批判が集まった。
批判の的となったのは、同法の第13条に設けられた「徴集免除」の項目だった。そこには、こう記されていた。
第13条 ただし、以下の者は、本法に定める国防人員徴集に応じる義務を免れることができる。
① 軍役に就くことが困難と思われる疾病または傷を負っていることが、医師により証明された者。
② 5歳未満の子どもを育児中の母親。
③ 年間500万円以上の所得税を納めた者または国防人員免除税300万円を納めて「徴集免除」を申請した者。
① 軍役に就くことが困難と思われる疾病または傷を負っていることが、医師により証明された者。
② 5歳未満の子どもを育児中の母親。
③ 年間500万円以上の所得税を納めた者または国防人員免除税300万円を納めて「徴集免除」を申請した者。
「何だよ、この第三項は!」
まず声を挙げたのは、山辺俊介だった。
「金持ちはケンカしなくてよろしいってことですかね」と、草川次郎がやや皮肉を交えて答えた。
「それに……」と立花真弓は首を傾げた。
「第二項も問題じゃないか」
「そうよね」と吉高麻衣が応じた。
「そうか!」と俊介が手を打って、「修一さんかぁ」と大きな声を挙げた。
「育児中の母親は免除の対象だけど、育児中の父親は対象になってないでしょ。修一さんが徴集されちゃったら、日暮さんちは大変なことになるわ」
「父親の育児参加をさんざん謳い上げたくせに、舌の根も乾かないうちに、今度は徴集の対象とするゾ――ってわけだ。政府のやってることは、もうメチャクチャだね」

真弓たちが挙げた怒りの声は、国の60%を占める下流層の声でもあった。
「60%の下流層の血で、4%の富裕層の安寧を贖うのか?」
その声は、30%を占める中流層の一部をも巻き込んで、たちまち社会全体に拡散した。
元々は、戦争そのものに反対し、「派兵反対!」を訴える声が主流だったが、その声に「不公平徴兵だ!」「下流殺しだ!」という声が加わって、反対運動は、「反戦・平和運動」から「階級間闘争」へと、その様相が変わっていった。
国会周辺は、連日、50万を超えるデモ隊で埋め尽くされた。デモに集まった群衆は国会を取り巻き、そこからあふれた群衆が内堀通りをも埋め尽くして、霞ヶ関、日比谷から虎ノ門一帯までを、抗議の人波であふれさせた。
最初はソフトに警備していた警察だったが、そのあまりの数に恐れをなして、鎮圧行動に乗り出した。その根拠として使われたのが、2035年に大反対の中で国会を通過した「非常事態対策法」だった。
第18条に、「日常の経済活動や市民の健全な生活に重大な支障があると判断できる場合、政府は、夜8時以降の夜間政治行動を禁止することができる」とある。その第18条を盾に、国会を警備する機動隊がデモ隊の解散を命じるようになった。
最初は、「みなさんの行動は、夜間の政治行動を禁止する非常時対策法第18条に違反しています。ただちに解散して道路を開放してください」とソフトに呼びかけていたが、すぐにそれは「ただちに解散しなさいッ!」という命令口調に変わり、「〇月〇日、8時18分、非常時対策法第18条により、ただいまより強制排除に着手」という号令に変わった。
号令を合図に、機動隊はジュラルミンの盾を押し立てて、国会前に詰めかけた抗議の群衆を排除にかかった。それを押し返そうとする群衆との間でもみ合いになった。
「止めなさい! 抵抗する者は逮捕する!」
指揮車から指揮官らしい男の声が響くと同時に、装甲車の屋根の上の放水ノズルがクルリと回転した。ノズルは、機動隊ともみ合うデモ隊の最前列に向けられた。その筒先から、ものすごい水圧で水が噴き出す。前列でジュラルミンの盾に抵抗していた者が、その水圧に吹き飛ばされる。隊列は後退を余儀なくされた。
後退した群衆は、虎ノ門から新橋・銀座方面へとあふれ出した。そして、その一部が暴徒化した。
銀座では、裏通りに駐車している高級外車が次々に引っくり返され、火を点けられて燃え上がった。高級ブランドの店もシャッターを叩き壊され、ガラスを割られ、陳列されていたブランド品が路上に引っ張り出されて、引きちぎられ、踏みつけられ、燃やされた。
ここ1世紀近くの間、国内ではお目にかからなかった光景だった。

その混乱する路上に、立花真弓がいた。
仕事からの帰り道、電車で国会議事堂前を通った真弓は、そこでプラカードや旗竿を手にした乗客が、大挙、ホームに降りていくのを見た。「下流殺しの徴兵反対」「中国派兵反対」「殺すな!」などとメッセージの刷り込まれたベストを羽織った若者もいた。「子どもたちの命を奪うな!」と手書きのメッセージを書き込んだ手作りのゼッケンを、Tシャツに縫い込んだ年配の婦人たちもいた。
真弓は、思わず、その人の流れに従って、電車を下りた。
駅を出ると、国会正門へと通じる通りは、すでに群衆で埋め尽くされていた。とても歩道に収まりきれる人数ではない。歩道からあふれた人数が車道にあふれ、その車道も人であふれて、正門前に通じる通りは、南からも、北からも、東からも押し寄せた抗議の人並みで、ぎっしり埋まっていた。
まるで、アリが象の死骸に群がるように、人の群れが国会の正門へ、正門へ――と、うごめいている。
そうだ、オレたちはアリなのだと、真弓は思った。なりたくてなったのではない。アリのように扱われてアリになった、怒れる人間たちの群れなのだ。
「金持ち優遇徴兵制、絶対反対!」
「対米追随出兵、ただちに止めろ!」
「自由中国守るより、日本の格差をまずなくせ!」
「非常時徴集法、ただちに撤廃!」
コーラーが叫ぶシュプレヒコールが、要所要所に設置された拡声器を通して、デモ隊が集結する全域にとどろく。群衆は、それを復唱しながら、一歩ずつ正門への距離を縮めていく。
不思議な高揚感が真弓の体を支配していた。
国会へ、国会へ。そうして詰めていく一歩、一歩は、真弓にとって、自分と麻衣、そして生まれてくる新しい命を守るための一歩でもあった。
やっと、国会正門が見えるところまで近づいたとき、隊列の先頭から怒号と悲鳴が巻き起こった。同時に、前へ、前へと進んでいた隊列が、なだれのように後方へ崩れ始めた。
何が起こっているのか、瞬時には判断できなかった。
先頭からは、崩れて後退しようとする人の群れが、自分のほうに向かって押し寄せてくる。しかし、後方からは、なおも前へ向かおうとする人の群れが背中を押してくる。
前から押され、後ろから押されて、息もできないほどの圧迫を感じる。そういうもみ合いの中で、いつの間にか真弓たちの体は、隊列の先頭へと押し出されていた。
そこへ、いきなり、放水が浴びせられた。直撃を受けた真弓の体は、強烈な水圧を浴びて吹き飛ばされた。
一瞬、意識が遠のくほどの衝撃だった。
「いったん、後退だ!」
だれかが叫ぶ声が聞こえた。その声が「後退!」「後退!」と連鎖して、先頭の一群が霞ヶ関の官庁街へと退き始めた。
ズブ濡れとなった真弓の体も、その群れの中にいた。
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