西暦2072年の結婚〈36〉 ヘルプの達人

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
麻衣の妊娠中、吉高家の男たちの面倒を
看てもいい——と申し出た朋美は、
キャバクラで働く「お水の女」だという。
勤務する店で人気トップにのしあがった
彼女の売りは、男あしらいのうまさだった。
連載 西暦2072年の結婚
第36章 ヘルプの達人

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「あ、動いた」
麻衣は、大きくふくらんだ腹部をさすりながら、そこに宿る小さな生命をいとおしむように目を細めた。
「ホラ……」と突き出すおなかにおそるおそる手を当てると、確かにそこからは、新しい生命がそこに存在するという鼓動のようなものが伝わってくる。
「お父さんですよぉ~」
その腹部に口を当てて呼びかけてみた。その声に、何かがピクリと動く気配がした。
「あっ、反応した。お父さんだよ、お父さんですよォ~」
「もォ……選挙カーじゃないんだからぁ」
その様子を見て、麻衣があきれたような声を挙げた。しかし、その目は笑っている。
少し目を細めて笑みを浮かべた顔が、一瞬、慈母観音のように見えた。
「もう、すっかり、お母さんの顔だね」
真弓が思ったとおりの感想を口にすると、麻衣は、両手を腰に当て、鼻をツンと上に向けて、「当然でしょ」という顔で答えた。
「もう、とっくにお母さんよ。大きな3人の子どもと小さな2人の子どもがいるんだもん。みんなのビッグ・ママですよォ~」
おどけて言っているのだろうが、当たっているような気もする。実際、吉高ファミリーのメンバーは、子どもたちはもちろん、男たちも、最近では、麻衣のことを「ママ」と呼ぶことが多い。そう呼ぶことが不自然ではないという雰囲気を、麻衣は漂わせている。
「フフッ……」と、つい、口から笑い声がもれた。
「何か、おかしい?」
「いや。日暮さんも同じようなことを言ってたからね、ちょっとおかしくなって」
「エ……? 日暮さんも?」
「妻たちの父親になったような気がするってさ。だから、今回のことも、咎める気にはなれない。むしろ、俊介さんには感謝したいくらいだって」
「私もよ」と言って、麻衣は真弓を見た目を瞬かせた。
「朋美さんには、ありがとうって言いたいくらい。あの人ね、そうなる前に仁義を切ってくれたのよ」
「じ、じんぎ……?」
思わず、声が裏返った。
「麻衣さん、大変でしょ? 私、ひとりぐらい面倒見てもいいわよ――って」
「面倒みる? そんな言い方?」
「正確に言うと、私、ヘルプで入ろうか――だったかな。キャバクラ業界では、よく使う言葉だって」
「ああ、知ってる。本指名の女の子が人気で、自分の使命客に手が回りきらないときなどに、その客の席に着いて、場をつないだりする女の子のことだよね」
「私、ヘルプされちゃったわけよ、朋美さんに。あなたもヘルプしてもらう?」
「いやいや、ボクは……」
あわてて首を振った。
麻衣は、大きくふくらんだ腹部をさすりながら、そこに宿る小さな生命をいとおしむように目を細めた。
「ホラ……」と突き出すおなかにおそるおそる手を当てると、確かにそこからは、新しい生命がそこに存在するという鼓動のようなものが伝わってくる。
「お父さんですよぉ~」
その腹部に口を当てて呼びかけてみた。その声に、何かがピクリと動く気配がした。
「あっ、反応した。お父さんだよ、お父さんですよォ~」
「もォ……選挙カーじゃないんだからぁ」
その様子を見て、麻衣があきれたような声を挙げた。しかし、その目は笑っている。
少し目を細めて笑みを浮かべた顔が、一瞬、慈母観音のように見えた。
「もう、すっかり、お母さんの顔だね」
真弓が思ったとおりの感想を口にすると、麻衣は、両手を腰に当て、鼻をツンと上に向けて、「当然でしょ」という顔で答えた。
「もう、とっくにお母さんよ。大きな3人の子どもと小さな2人の子どもがいるんだもん。みんなのビッグ・ママですよォ~」
おどけて言っているのだろうが、当たっているような気もする。実際、吉高ファミリーのメンバーは、子どもたちはもちろん、男たちも、最近では、麻衣のことを「ママ」と呼ぶことが多い。そう呼ぶことが不自然ではないという雰囲気を、麻衣は漂わせている。
「フフッ……」と、つい、口から笑い声がもれた。
「何か、おかしい?」
「いや。日暮さんも同じようなことを言ってたからね、ちょっとおかしくなって」
「エ……? 日暮さんも?」
「妻たちの父親になったような気がするってさ。だから、今回のことも、咎める気にはなれない。むしろ、俊介さんには感謝したいくらいだって」
「私もよ」と言って、麻衣は真弓を見た目を瞬かせた。
「朋美さんには、ありがとうって言いたいくらい。あの人ね、そうなる前に仁義を切ってくれたのよ」
「じ、じんぎ……?」
思わず、声が裏返った。
「麻衣さん、大変でしょ? 私、ひとりぐらい面倒見てもいいわよ――って」
「面倒みる? そんな言い方?」
「正確に言うと、私、ヘルプで入ろうか――だったかな。キャバクラ業界では、よく使う言葉だって」
「ああ、知ってる。本指名の女の子が人気で、自分の使命客に手が回りきらないときなどに、その客の席に着いて、場をつないだりする女の子のことだよね」
「私、ヘルプされちゃったわけよ、朋美さんに。あなたもヘルプしてもらう?」
「いやいや、ボクは……」
あわてて首を振った。

10代で始めた「夜の世界」での接客という仕事。
旧姓・園田朋美にその仕事に就いて金を稼ぐように求めたのは、その頃つき合っていた男だった。
朋美は、店ではたちまち売れっ子になったらしい。Eカップはあろうかという胸を揺らして歩く姿は、女目当てに通ってくる男たちの目を惹いた。しかし、人気になった理由は、それだけではなかった。
当時の朋美の男は、彼女に手を挙げては、稼いだ金を巻き上げるような男だった。そういう男と暮らすうちに、朋美は、男の暴力やわがままにただ耐えるだけでなく、そういう男のバイオレンスを巧みに躱し、逆にそのわがままを利用する術を身に着けた。
それは、朋美にとって、「男あしらい」という仕事上のスキルともなった。他の女の子たちが「扱いにくい」と感じる客も難なくあしらってしまうので、店にとって朋美は、貴重な戦力となった。
山辺俊介は、SEXに関しては、ワイルドなタイプだが、暴力に訴えたり、わがままを言ったりするタイプではない。朋美にとっては、御しやすい男だったに違いない。むしろ、嬉々として麻衣のヘルプに回っているようにも見えた。

しかし、真弓にとって朋美は、ちょっと苦手なタイプだった。
朋美が仕事に出かけるときに履くヒールの細いハイヒールが、そもそも好きではない。
指に嵌めた大ぶりなリングも、その指に施したネイルアートも、ウエストにあしらったゴールドのチェーンも、どうも好きになれない。
それらは、生理的な嫌悪と言ってもよかった。
そして、朋美がふとしたときに見せる「こうすれば男は喜ぶだろう」という所作も、ものの言い方も、目にし、耳にする度に、真弓の神経はザワッ……となった。
別に、性格がわるいというわけではない。
そうでなければ、日暮氏も妻として迎え入れたりはしなかっただろう。
しかし、自分だったら受け入れたか――と言われると、答えは「NO」だった。
なので、麻衣に「あなたもヘルプしてもらう?」と訊かれたとき、真弓は迷わず首を振った。
「そう。せっかくなのに残念ね」と、麻衣はからかうように言う。
何が「せっかく」なのか、よくわからない。
「残念だけど、タイプじゃないんだ」と答えると、
「じゃ、あなたのタイプは?」と訊く。
「もちろん」と言って、真弓は片手を上げ、ピンと伸ばした人差し指をまっすぐ麻衣の鼻の頭に近づけた。
その指を、麻衣がパクリと口にくわえた。
他愛もない時間。
その後、吉高ファミリーが見舞われる運命を、麻衣も、そして真弓も、まだ知らなかった。
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【左】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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