西暦2072年の結婚〈33〉 「徴兵令」発動の夜の情事

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
激化する中国の内戦。派兵を決意した
日本では、国防軍の人員不足を補うため、
徴兵令が発動されることになった。
徴集の不安の中、麻衣のおなかは
ふくらんでいく。そんなある夜——。
連載 西暦2072年の結婚
第33章 「徴兵令」発動の夜の情事

最初から読みたい方は、こちら から、前回から読みたい方は、こちら からどうぞ。
吉高ファミリーの女主人・吉高麻衣が身籠った。
そのニュースは、すぐに、向かいの日暮ファミリーにも伝わった。
日暮修一は、立花真弓の顔を見ると、「おめでとうございます」と頭を下げた。麻衣のおなかの子の父親が真弓であることを、なぜか、日暮ファミリーの主人は知っているようだった。
だれが、いつ、だれに、どんなふうに情報を流したのかは、わからない。しかし、修一の口からは、意外な言葉がもらされた。
「みなさん、何かと大変でしょうねェって、あ……これ、うちのワイフたちが言ってるんですけどね」
何を「大変」と言っているのか?
それを、なぜ、日暮家の妻たちが言っているのか?
真弓には、その理由が想像できなかった。

TVは、連日、中国での内戦の模様を伝えていた。「自由中国」を旗印に掲げる香港行政特区や広東省などを支配地域に持つ人民解放軍の「南部戦区」が、民衆らで結成された「自由中国軍」と手を結んで、北京などを支配地域とする「中央戦区」と対立していた。そこに、西太平洋の海域を守るという名目でアメリカが出兵し、それにオーストラリア、カナダ、インドなどが加わって多国籍軍を形成し、戦線を拡大させていた。
その多国籍軍に、日本の国防軍が参戦する――と政府が決定した。
東アジアは混沌としていた。
朝鮮半島では、旧北朝鮮と韓国が半島全体で衝突を繰り返し、それに武力介入しようとするロシアと中国が、国境北側でにらみ合いを続けていた。半島南部では、旧韓国時代から駐留を続ける米軍が、旧北朝鮮勢力の掃討に乗り出していた。日米安保条約を盾に、日本も派兵しようとしたが、それをやると、朝鮮半島は「反日」でまとまってしまうかもしれない――と米国などに反対され、思いとどまった。
しかし、中国は、そうはいかない。この巨大な国が、世界制覇を目論む北京の共産党政権に一党支配され、強権化を進めてしまうと、アジアは中国の支配権下に置かれ、日本も、朝鮮半島も、属国化されてしまうかもしれない。そんな危機感を募らせる与党の保守系議員たちの声が次第に大きくなり、ついに政府は、「派兵」に舵を切った。
いざ「派兵」となると、部隊の人数は、70年前にイラク戦争に派遣された自衛隊の800人程度という数字ではすまない。少なくとも数千人規模。もしかしたら、数万人規模になるのではないか――と、予測するメディアもあった。
ひとつ、問題があった。
「自衛隊」が「国防軍」と名前を変え、憲法の第9条が、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とした第1項が削除され、「国の交戦権は、これを認めない」とした第2項が、「国会議員3分の2以上の支持があれば、内閣は交戦権を発動できる」と改訂されて以来、国防軍は慢性的な人員不足に陥っていた。
万一の事態には、それでは対応ができない。
政府は《シロアリ国家論》と呼ばれる一大キャンペーンを張った。
《ひとりひとりが国を守るという気概を持たないと、
この国は、シロアリに食い荒らされる家屋のように朽ち果ててしまう。
あなたの体力と時間を、10分の1だけ、国のために使おう》
というキャンペーンだった。
キャンペーン開始から3年後の2062年10月、「徴兵制反対」の運動が数十万規模のデモを展開する中、「非常時国防人員徴集法案」が国会を通過した。
中国派兵の決議がなされて以来、国防軍の兵力不足を補うという名目で、その「徴集法」が初めて発動されることになった。
「徴集」は、無作為で抽出された20~30代の成人に男3対女1の割合で、「非常時国防人員徴集票」を郵送するという形で行われる。
自分のところにも「徴集票」が来るのではないか?
戦々恐々となる中、吉高ファミリーは、新しい生命の誕生に向けて、準備を進めることになった。
そのニュースは、すぐに、向かいの日暮ファミリーにも伝わった。
日暮修一は、立花真弓の顔を見ると、「おめでとうございます」と頭を下げた。麻衣のおなかの子の父親が真弓であることを、なぜか、日暮ファミリーの主人は知っているようだった。
だれが、いつ、だれに、どんなふうに情報を流したのかは、わからない。しかし、修一の口からは、意外な言葉がもらされた。
「みなさん、何かと大変でしょうねェって、あ……これ、うちのワイフたちが言ってるんですけどね」
何を「大変」と言っているのか?
それを、なぜ、日暮家の妻たちが言っているのか?
真弓には、その理由が想像できなかった。

TVは、連日、中国での内戦の模様を伝えていた。「自由中国」を旗印に掲げる香港行政特区や広東省などを支配地域に持つ人民解放軍の「南部戦区」が、民衆らで結成された「自由中国軍」と手を結んで、北京などを支配地域とする「中央戦区」と対立していた。そこに、西太平洋の海域を守るという名目でアメリカが出兵し、それにオーストラリア、カナダ、インドなどが加わって多国籍軍を形成し、戦線を拡大させていた。
その多国籍軍に、日本の国防軍が参戦する――と政府が決定した。
東アジアは混沌としていた。
朝鮮半島では、旧北朝鮮と韓国が半島全体で衝突を繰り返し、それに武力介入しようとするロシアと中国が、国境北側でにらみ合いを続けていた。半島南部では、旧韓国時代から駐留を続ける米軍が、旧北朝鮮勢力の掃討に乗り出していた。日米安保条約を盾に、日本も派兵しようとしたが、それをやると、朝鮮半島は「反日」でまとまってしまうかもしれない――と米国などに反対され、思いとどまった。
しかし、中国は、そうはいかない。この巨大な国が、世界制覇を目論む北京の共産党政権に一党支配され、強権化を進めてしまうと、アジアは中国の支配権下に置かれ、日本も、朝鮮半島も、属国化されてしまうかもしれない。そんな危機感を募らせる与党の保守系議員たちの声が次第に大きくなり、ついに政府は、「派兵」に舵を切った。
いざ「派兵」となると、部隊の人数は、70年前にイラク戦争に派遣された自衛隊の800人程度という数字ではすまない。少なくとも数千人規模。もしかしたら、数万人規模になるのではないか――と、予測するメディアもあった。
ひとつ、問題があった。
「自衛隊」が「国防軍」と名前を変え、憲法の第9条が、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とした第1項が削除され、「国の交戦権は、これを認めない」とした第2項が、「国会議員3分の2以上の支持があれば、内閣は交戦権を発動できる」と改訂されて以来、国防軍は慢性的な人員不足に陥っていた。
万一の事態には、それでは対応ができない。
政府は《シロアリ国家論》と呼ばれる一大キャンペーンを張った。
《ひとりひとりが国を守るという気概を持たないと、
この国は、シロアリに食い荒らされる家屋のように朽ち果ててしまう。
あなたの体力と時間を、10分の1だけ、国のために使おう》
というキャンペーンだった。
キャンペーン開始から3年後の2062年10月、「徴兵制反対」の運動が数十万規模のデモを展開する中、「非常時国防人員徴集法案」が国会を通過した。
中国派兵の決議がなされて以来、国防軍の兵力不足を補うという名目で、その「徴集法」が初めて発動されることになった。
「徴集」は、無作為で抽出された20~30代の成人に男3対女1の割合で、「非常時国防人員徴集票」を郵送するという形で行われる。
自分のところにも「徴集票」が来るのではないか?
戦々恐々となる中、吉高ファミリーは、新しい生命の誕生に向けて、準備を進めることになった。

吉高麻衣の妊娠は、高まる社会的不安の中に芽生えた、希望の芽だった。
こういうときだからこそ、この生命は、みんなで大事に守らなくてはならない。ファミリーのだれもが、その想いを強くしていた。
しかし、その強い想いは、強いがゆえに、挫けることもある。
中国出兵のための徴集人数が5000人と発表された翌月のことだった。
夕食の時間に俊介の姿が見えない。
「俊介さんは?」
真弓がキョロキョロして尋ねると、少し目立つようになった腹部をさすりながら、麻衣が答えた。
「きょうは外で飲み会なんだって」
「ヘェ、珍しいね」
「ウン、珍しい。あれも……お休みなんだって」
麻衣が「あれ」と言うのは、夜のローテーションのことだった。
その目が「代わりに、あなたが来る?」と誘っているようにも見えたが、真弓は、その誘いに気づかないフリをした。
俊介の夕食欠席は、その後も、何度か繰り返された。
そんなある日だった。

夕食を終えて自室に引き上げ、本に目を通していた真弓は、ふと目をやった窓の外に、人の気配を感じて目を凝らした。
1ブロック先の街灯の陰で、何やらうごめく人の姿があった。
よく見ると、それはふたりの人影だった。
ひとりは男だ、とわかった。その腰が、前方に向かって一定のリズムで突き出されている。最初は、立小便でもしているのかと思った。
しかし、違った。
突き出される腰の先に、もうひとつの人影があった。黒いハーフコートを羽織ったその人影は、前方に向かって前屈するような体勢をとり、尻を後方へ突き出している。
そのコートの裾は捲り上げられている。コートの下のスカートも捲り上げられ、その下のストッキングと下着はずり下ろされ、白いヒップがむき出しにされている。
男の腰は、その白い尻に向けて突き出されているのだとわかった。
だれも通らない住宅街の路地の、街灯の陰の暗がりで、音もなく動く男の腰とそれを迎え入れているらしい女の尻。
真弓は「ハッ」となり、胸の鼓動が高くなるのを感じた。
次の瞬間、鼓動の高まりは極限に達した。
腰のリズムをどんどん早くする男が、上体をのけぞらせた瞬間、男の顔が街灯の明かりの中に浮かび上がった。
あの男、山辺俊介ではないか……?
⇒続きを読む
筆者の最新小説、キンドル(アマゾン)から発売中です。絶賛在庫中!

一生に一度も結婚できない「生涯未婚」の率が、男性で30%に達するであろう――と予測されている「格差社会」。その片隅で「貧困」と闘う2人の男と1人の女が出会い、シェアハウスでの共同生活を始めます。新しい仲間も加わって、築き上げていく、新しい家族の形。ハートウォーミングな愛の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。



【左】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



→この小説の目次に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 西暦2072年の結婚〈34〉 「合意」された裏切り (2018/03/24)
- 西暦2072年の結婚〈33〉 「徴兵令」発動の夜の情事 (2018/03/18)
- 西暦2072年の結婚〈32〉 「捨てる神」と「拾う神」 (2018/03/12)