西暦2072年の結婚〈30〉 受胎告知

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
ある晴れた日、それは告げられた。
洗濯物を取り込んだ麻衣が、
ソファでコーヒーを飲む真弓の隣に、
腰を下ろしてきて言うのだった。
「あれがないの。もう2カ月……」。
連載 西暦2072年の結婚
第30章 受胎告知

最初から読みたい方は、こちら から、前回から読みたい方は、こちら からどうぞ。
「一妻多夫」の吉高ファミリーと「一夫多妻」の日暮ファミリーが、向かい合った「クラウド型戸建て住宅」で顔をつき合わせて暮らすようになって、1カ月が過ぎ、2カ月が過ぎた。街に降り注ぐ陽ざしからは、肌をこがすような熱気はすっかり失せてしまい、街路の木々の葉は、うっすらと黄色く色づき始めていた。
「少し、肌寒くなったわねェ~」
取り込んだ洗濯物を胸いっぱいに抱えた麻衣が、片方の手の人差し指だけを立ててベランダの窓を閉めながら言う。その言い方が、山奥の寒村で暮らす初老の婦人のようであることに、真弓は少し驚き、それからわけもわからずおかしくなった。
「何か、ヘン?」
「いや、麻衣ちゃんの言い方が、平和だなぁ――と思って」
「平和? 肌寒くなったって言っただけだよ」
「それが、何だか牧歌的で、懐かしい感じがした」
「フーン……」
「フーン」は、そのまま、「フン、フン……」という鼻歌に変わり、麻衣は、取り込んだ洗濯物をていねいに畳み始めた。
干し上がったばかりの陽の匂いのする洗濯物を畳んでいく。その時間がいちばん心が安らぐ。麻衣がふともらしたのを思い出して、真弓は、できるだけその作業を妨害しないようにした。

久しぶりの公休日だった。運送業界の人出不足は深刻で、最近は、土日も休めないことが多い。一日まるまる休める日というのは、1カ月を通しても2日か3日しかない。その貴重な休日を使って、体をゆっくり休めたい。
真弓は朝からリビングのソファに腰を下ろして、新聞に目を通し、ペーパーフィルターでいれたコーヒーをすすっていた。
「私も、一杯、もらっちゃおうかな」
洗濯物の仕分けを終えた麻衣が、自分のマグカップを持ってソファにやってきて、真弓の隣に腰を下ろした。
由夢ちゃんと努クンを保育園まで迎えに行くのは、午後2時だから、お昼前のその時間帯は、麻衣にとっても、ホッとひと息つける時間だった。
真弓がいれたコーヒーをポットから注いだ麻衣は、マグカップを両手で包み込むように持ち、ひと口すすって「おいしい」と目を輝かせた。
「あのね……」
しばらくコーヒーを口にしていた麻衣が、マグカップをコトリとテーブルに戻して、静かに口を開いた。
「もう……2カ月……ないんだ」
最初は、何のことか――と思った真弓だったが、すぐに「エッ……」となった。
「も、もしかして?」
「まだ、病院には行ってないけど、たぶん、間違いないと思う。検査薬でも陽性が出たから」
「よしッ!」と真弓は拳を握り締め、「やったね。ありがとう」と麻衣の体を抱き締めた。気のせいか、その体がいくぶんやわらかくなったように感じられた。
「行こう、病院。ボクも一緒に行くよ」
麻衣の両肩をつかんで、体を揺するようにして申し出た真弓だったが、その申し出は、やんわりと断られた。
「それは、結果がハッキリしてからにしようよ。もし違ってたら恥ずかしいし……」
「少し、肌寒くなったわねェ~」
取り込んだ洗濯物を胸いっぱいに抱えた麻衣が、片方の手の人差し指だけを立ててベランダの窓を閉めながら言う。その言い方が、山奥の寒村で暮らす初老の婦人のようであることに、真弓は少し驚き、それからわけもわからずおかしくなった。
「何か、ヘン?」
「いや、麻衣ちゃんの言い方が、平和だなぁ――と思って」
「平和? 肌寒くなったって言っただけだよ」
「それが、何だか牧歌的で、懐かしい感じがした」
「フーン……」
「フーン」は、そのまま、「フン、フン……」という鼻歌に変わり、麻衣は、取り込んだ洗濯物をていねいに畳み始めた。
干し上がったばかりの陽の匂いのする洗濯物を畳んでいく。その時間がいちばん心が安らぐ。麻衣がふともらしたのを思い出して、真弓は、できるだけその作業を妨害しないようにした。

久しぶりの公休日だった。運送業界の人出不足は深刻で、最近は、土日も休めないことが多い。一日まるまる休める日というのは、1カ月を通しても2日か3日しかない。その貴重な休日を使って、体をゆっくり休めたい。
真弓は朝からリビングのソファに腰を下ろして、新聞に目を通し、ペーパーフィルターでいれたコーヒーをすすっていた。
「私も、一杯、もらっちゃおうかな」
洗濯物の仕分けを終えた麻衣が、自分のマグカップを持ってソファにやってきて、真弓の隣に腰を下ろした。
由夢ちゃんと努クンを保育園まで迎えに行くのは、午後2時だから、お昼前のその時間帯は、麻衣にとっても、ホッとひと息つける時間だった。
真弓がいれたコーヒーをポットから注いだ麻衣は、マグカップを両手で包み込むように持ち、ひと口すすって「おいしい」と目を輝かせた。
「あのね……」
しばらくコーヒーを口にしていた麻衣が、マグカップをコトリとテーブルに戻して、静かに口を開いた。
「もう……2カ月……ないんだ」
最初は、何のことか――と思った真弓だったが、すぐに「エッ……」となった。
「も、もしかして?」
「まだ、病院には行ってないけど、たぶん、間違いないと思う。検査薬でも陽性が出たから」
「よしッ!」と真弓は拳を握り締め、「やったね。ありがとう」と麻衣の体を抱き締めた。気のせいか、その体がいくぶんやわらかくなったように感じられた。
「行こう、病院。ボクも一緒に行くよ」
麻衣の両肩をつかんで、体を揺するようにして申し出た真弓だったが、その申し出は、やんわりと断られた。
「それは、結果がハッキリしてからにしようよ。もし違ってたら恥ずかしいし……」

翌週、結果が出た。「妊娠3か月」という診断だった。
その結果は、すぐに翌日の夕食の席で吉高ファミリーの全員に発表された。
「みんなにご報告があります」
改まった口調に、何事かと見守る全員の前で、麻衣は慎重に口を開いた。
「いま、私のおなかには、わが家の3人目の子どもがいます。父親は、ここにいる立花真弓さんです」
「オーッ!」と俊介も次郎も声を挙げ、努と由夢は「エッ、どうしたの?」というふうに、キョトンとした顔で目だけを大きく見開いた。
「喜べ。おまえたちに、弟か妹ができるんだって」
「やったぁ」と努が歓声を挙げ、由夢は、よく意味がわからないままに、ニマニマとうれしそうな顔をした。
「これで4対3か。日暮一家に一歩近づきましたね」と、次郎は指を折って見せる。
「そういう問題じゃないだろう」とたしなめた俊介が、いきなりバシンと背中を叩いてきたので、真弓は危うく、飲みかけたお茶を吹き出しそうになった。
「やりましたね、立花さん」と改めて握手を求めてくる。
その力がやけに強いのに、真弓はちょっと驚いた。
麻衣の懐胎を、ファミリーの一員として心から喜んでくれているのかもしれない。しかし、その祝福には、「この野郎、やりやがったな」という男としてのライバル心が込められているのかもしれない。
複雑な気分で、真弓もその手を握り返した。
その様子を見ていた麻衣が、「そういうわけなので……」と、夫3人の顔を見回した。
「妻としての夜のおつとめのほうは、しばらく……」
申し訳なさそうに頭を下げようとする麻衣を、俊介も次郎も、そして真弓も、あわてて両手で制した。
「そんなこと、オレたち、気にしてないって。それより麻衣ちゃん、これからは重い物持ったりとか、階段上ったりとかはしないようにしないと……だね」
「買い物にもだれかつき合ったほうがいいんじゃないですかね」
男たちの会話は、まるで腫れものに触るように慎重になっていく。
そんな様子をみて、麻衣が「あきれた……」という顔をした。
「もォ……わたし、病気になったわけじゃないんだからね」
それはそうだが――と、男たちはたがいに顔を見合った。
出産予定日には33歳になる麻衣に、この後、何度も妊娠・出産のチャンスが訪れるわけではあるまい。
今回の出産が失敗すると、次はないかもしれない。だからこそ、麻衣の懐胎は、みんなで守らなくてはならない。そういう思いが、夫たちの口を慎重にさせた。
⇒続きを読む
筆者の最新小説、キンドル(アマゾン)から発売中です。絶賛在庫中!

一生に一度も結婚できない「生涯未婚」の率が、男性で30%に達するであろう――と予測されている「格差社会」。その片隅で「貧困」と闘う2人の男と1人の女が出会い、シェアハウスでの共同生活を始めます。新しい仲間も加わって、築き上げていく、新しい家族の形。ハートウォーミングな愛の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。



【左】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



→この小説の目次に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 西暦2072年の結婚〈31〉 夜のおつとめ (2018/03/01)
- 西暦2072年の結婚〈30〉 受胎告知 (2018/02/23)
- 西暦2072年の結婚〈29〉 「主夫」のSEXは、義務か? 権利か? (2018/02/13)