西暦2072年の結婚〈26〉シングルマザーになった理由

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
健斗クンは「ほんとうの父親」が
他にいることを知っているのか?
「あり得ない」と否定したのは麻衣だった。
なぜなら彼の母親は、自ら望んで、
シングルマザーの道を選んだから——。
連載 西暦2072年の結婚
第26章 シングルマザーになった理由

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健斗クンが発した「いいなぁ」は、「おまえ、遊んでもらえる父ちゃんがふたりもいるのか、いいなぁ」という意味だったのかもしれない。
しかし、真弓にはそれが、「ほんとうの父ちゃんが帰って来るのか、いいなぁ」というふうにも聞こえた。
どっちなんだろう?
迷っていると、日暮氏が「きょうはどうも」と頭を下げてきた。
「うちには、あの子たちと遊んでやれるおとながひとりしかいないんで、きょうみたいに思い切り動いて遊んであげるってことが、なかなかできないんですよ。よかったら、また、一緒に遊んでやってください」
「私の仕事が休みの日だったら、いつでも」
そう答えながら、真弓は、つい、言わずもがなの言葉を口にした。
「しかし、日暮さん、エラいですね」
「何がですか?」
「一生懸命、お父さんやろうとしてるし……」
ちょっと考え込んだ日暮氏の口から返ってきた言葉は、意外だった。
「仕事ですからね……」
気のせいか、その口調には、どこか哀感が込められているようにも感じられた。
もしかしてこの男は、「仕事としてしか父親になれない」自分の身を嘆いているのか?
それとも、自分の「ほんとうの子」ではない子どもに、心のどこかで「負荷」を感じているのか?
もちろん、そんなことを本人に訊くわけにはいかなかった。
しかし、真弓にはそれが、「ほんとうの父ちゃんが帰って来るのか、いいなぁ」というふうにも聞こえた。
どっちなんだろう?
迷っていると、日暮氏が「きょうはどうも」と頭を下げてきた。
「うちには、あの子たちと遊んでやれるおとながひとりしかいないんで、きょうみたいに思い切り動いて遊んであげるってことが、なかなかできないんですよ。よかったら、また、一緒に遊んでやってください」
「私の仕事が休みの日だったら、いつでも」
そう答えながら、真弓は、つい、言わずもがなの言葉を口にした。
「しかし、日暮さん、エラいですね」
「何がですか?」
「一生懸命、お父さんやろうとしてるし……」
ちょっと考え込んだ日暮氏の口から返ってきた言葉は、意外だった。
「仕事ですからね……」
気のせいか、その口調には、どこか哀感が込められているようにも感じられた。
もしかしてこの男は、「仕事としてしか父親になれない」自分の身を嘆いているのか?
それとも、自分の「ほんとうの子」ではない子どもに、心のどこかで「負荷」を感じているのか?
もちろん、そんなことを本人に訊くわけにはいかなかった。

「やっぱりね……」
夕食の後、その話をすると、草川次郎がボソリと口を開いた。
「日暮さん、相当、ムリしてお父さん役、やってるんじゃないかな」
「それよりさぁ」と、山辺俊介が声を潜めた。
「子どもたちは知ってるのかなぁ。彼のほかに、ほんとの父親がどこかにいるってことをさ」
「でもさぁ、少なくとも、健斗クンや聡クンが、日暮さんを『お父さん』『お父さん』って呼ぶ姿には、どこにも不自然な感じはなかったけどね」
真弓が言うと、俊介は、指を折って何やら計算を始めた。
「あの一家が一緒に暮らし始めたのは、3年前でしょ? そのとき、健斗クンは3歳? 聡クンは2歳だよね。ビミョーだね」
「もし、その直前まで、彼女たちが前の男と一緒に暮らしていたとすれば、その記憶は残っているかもしれないよね。聡クンはともかく、健斗クンの場合は……」
「それはないと思うわ」
真弓たちがそんな話をしていると、キッチンで洗い物をしていた麻衣が顔を出して、キッパリと断定するので、真弓も、俊介も、次郎も、思わずその顔を見つめた。
「だって……」と、麻衣が指摘したのは、しごく当然のことだった。
「健斗クンのお母さん、さやかさんは、シングルマザーだったのよ。だれかと結婚して子どもを産んだけれど、何かの理由で別れてしまったので、仕方なくシングルマザーになっちゃったっていうんじゃなくて、最初から、シングルマザーになる覚悟を決めて、健斗クンを産んだのよ」
「エッ、そうなの?」
全員が、おたがいの顔を見合った。

旧姓・三上さやか。彼女が息子・健斗を産んだのは、23歳のときだった。
大学で経営学を学び、大手損保に総合職として就職した彼女だったが、入社1年目で道ならぬ恋に落ちた。相手は、彼女が所属したシステム部の上司。学生時代に「アクチュアリ」の資格を取ってしまうほどの頭脳の持ち主で、将来は、会社の主要な業務を担う幹部候補として期待されるエリートだった。
こんなすごい人がいるんだ――。
新卒として入社したばかりの彼女は、その男の能力に打ちのめされ、圧倒され、たちまち、それが「尊敬」という「あこがれ」に変わっていった。
「あこがれ」が「恋愛」へ変わっていくのに、時間はかからなかった。
しかし、それは、彼女の一方通行の想いだった。
男には、妻も子もいた。いくら、彼女が想いを募らせようと、実らない恋。そして、始まりもしない恋。
それでも、三上さやかは、「あの人に認めてもらいたい」という一心から、男の前に身を投げ出した。部内での飲み会の帰り、酔ったフリをして、「もう、歩けない」と男の腕につかまった。
女子大生でもやらないだろうという幼稚な手法だったが、男は、そういう面に関しては、あまり免疫が育っていなかった。
「好きです」とも「愛してます」とも言わないままの、一度だけの過ち。
しかし、その過ちで、彼女は自分の体に起こった変化を知ることになる。
妊娠だった。
迷いはなかった――と、さやかは麻衣に語ったと言う。
あの人の子どもなら産んでもいい。いや、産みたい。
そう思ったさやかは、男には何も告げないまま、シングルマザーになる決意を固めた。会社には、「体を壊した」を理由に1年間の休職を願い出て、だれにも知られないまま、妊娠⇒出産の期間を過ごし、そして、仕事に復帰した。
もちろん、子どもを産んだことは、会社には隠しておいた。
しかし、仕事をしながら育児も――となると、そうラクな話ではない。
そんなときに、三上さやかは、同じ悩みを抱える園田朋美と出会ったという。
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2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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