西暦2072年の結婚〈22〉 崩壊する戸建ての中流

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
一本の法律が国会を通過した。
「土地家屋の相続に関する特例法」。
不動産の相続に高率の税金を課し、
実質的に相続がむずかしくなる法律。
戸建ての単婚組があわて出した。
連載 西暦2072年の結婚
第22章 崩壊する戸建ての中流

最初から読みたい方は、こちら から、前回から読みたい方は、こちら からどうぞ。
単婚組と複婚組の間で起こる親同士のもめ事。
それは、必ず、子どもたちの世界にも伝播する。
単婚家庭の子どもたちが複婚家庭の子どもたちをいじめたり、逆に、複婚家庭の子どもが単婚家庭の子どもをいじめたりというトラブルが、各地の教育現場で多発して、保育園や小中学校では、単婚クラスと複婚クラスを分けようという動きが出てきたりもしていた。
マンションやアパートという集合住宅では、「単婚世帯専用」「複婚世帯専用」を賃借の条件として表記する業者も出てきた。
しかし、それらの動きは、政府通達で「自粛するように」と指導された。
社会の分断を招くから――という理由だったが、それでも、その勧告に従わない業者もいた。
特に、吉高ファミリーが暮らすこの町では、保育園でも、学校でも、単婚家庭の声が強かった。単婚組のほとんどは中流の上クラスで、その住居は、大部分が持ち家だった。
複婚に走るやつらなんて、貧乏で、嫁ひとりを満足に食わせられない情けない連中だ。
男から金を巻き上げて、自分は働かずにラクしようっていう女に踊らされてるんだよ。
ひとりの妻、ひとりの夫じゃ満足できない、愛欲にまみれた連中さ。
彼らの間には、そんな口さがない言説を振りまいては、複婚家庭に敵意をむき出しにする人間もいて、町内では、そういう連中がオピニオン・リーダー的な役割を演じていた。
「下品な言葉を口にする人間のほうが、大きい声を出すんだよね」
真弓が言うと、麻衣も、俊介も、次郎も「そうよねェ」「だよなぁ」とうなずいた。
しかし、そういう連中の声がしぼんでしまうようなニュースが、その年の年末、TVや新聞で大々的に報じられた。
それは、必ず、子どもたちの世界にも伝播する。
単婚家庭の子どもたちが複婚家庭の子どもたちをいじめたり、逆に、複婚家庭の子どもが単婚家庭の子どもをいじめたりというトラブルが、各地の教育現場で多発して、保育園や小中学校では、単婚クラスと複婚クラスを分けようという動きが出てきたりもしていた。
マンションやアパートという集合住宅では、「単婚世帯専用」「複婚世帯専用」を賃借の条件として表記する業者も出てきた。
しかし、それらの動きは、政府通達で「自粛するように」と指導された。
社会の分断を招くから――という理由だったが、それでも、その勧告に従わない業者もいた。
特に、吉高ファミリーが暮らすこの町では、保育園でも、学校でも、単婚家庭の声が強かった。単婚組のほとんどは中流の上クラスで、その住居は、大部分が持ち家だった。
複婚に走るやつらなんて、貧乏で、嫁ひとりを満足に食わせられない情けない連中だ。
男から金を巻き上げて、自分は働かずにラクしようっていう女に踊らされてるんだよ。
ひとりの妻、ひとりの夫じゃ満足できない、愛欲にまみれた連中さ。
彼らの間には、そんな口さがない言説を振りまいては、複婚家庭に敵意をむき出しにする人間もいて、町内では、そういう連中がオピニオン・リーダー的な役割を演じていた。
「下品な言葉を口にする人間のほうが、大きい声を出すんだよね」
真弓が言うと、麻衣も、俊介も、次郎も「そうよねェ」「だよなぁ」とうなずいた。
しかし、そういう連中の声がしぼんでしまうようなニュースが、その年の年末、TVや新聞で大々的に報じられた。

《マイホーム相続に税の壁》
《格差の相続、許さない》
《相続特例法、国会を通過》
そんな見出しとともに、新聞やTVは、連日のようにそのニュースを伝え、識者たちが延々と解説して見せた。
「資産として不動産を手に入れるという時代は、もう終わりましたね」と、冷たく言い放つファイナンシャル・プランナーもいた。
「財政に行き詰った政府が、とうとう、富裕層の資産に手を伸ばしたということです」と、クールに解説してみせる経済記者もいた。
「富める者はますます富んでいき、貧しい者はどんどん貧しくなっていくだけという社会が、これで少しは、是正されるかもしれませんね」と、無責任にコメントする社会評論家もいた。
2071年から審議を重ねてきた「土地家屋の相続に関する特例法」が、12月に入って衆院を通過し、参院も通過して成立した。
土地や家屋などの不動産を相続させる際には、その評価額を基礎控除の対象から除外し、60%(相続人がその不動産物件に現に居住すると認められた場合)~75%(居住が確認できない場合)の相続税を課す――という法律だった。
施行は、2074年の4月。施行されると、たとえば、評価額5000万の不動産を相続する者は、3000万から3750万の相続税を納めなければならなくなる。よほどの財がなければ、そんな税額は払えない。払えなければ、その不動産は、国家に返納するしかない。中流の上クラスの、ムリムリにマイホームを手に入れたという世帯にとっては、実質的には、不動産の相続がムリになる法律と言ってよかった。
法律の成立を受けて、そのクラスの不動産所有者は、あわてふためいた。
法律施行前に所有していた不動産を処分してしまおうと、あわてて売りに出す者もいた。町内の単婚組も、住んでいた戸建て住宅の処分に動き出した。しかし、みんなが一斉に売りに出したために、不動産価格は、一気に下落した。
持っているのも地獄、売りに出すのも地獄。そんな苦境に立たされた町内のオピニオン・リーダーたちの顔からは、みるみる、精彩が失われていった。

町内の戸建て住宅に「売り家」の立て札が立てられ始めたのは、1カ月ほど経ってからだった。
その数が、少しずつ増えていく。何軒かは、すでに住人が引っ越しを終えたのか、空き家状態となり、庭には雑草が生い茂ったまま放置されているものもある。
立花真弓たちにとっては、あまり好ましい住人たちとは言えなかったが、それでも、住んでいた住宅が「売り家」の立て札を立てたまま荒れ果てていく姿を見ると、憐れを感じて胸の奥が痛んだ。
吉高ファミリーが住む「愛クラウド住宅」の向かいの一軒は、ゴミ集積所で真弓たちに悪態をついて見せた50代の主婦が住む家だったが、そこにも、「売り家」の立て札が立てられた。
「この前、トラックが来て、荷物を運び出してたわ。かわいそうにね」
吉高麻衣が、眉を寄せてつぶやいた。
「このままだと、中流は分解してしまうね」と、山辺俊介が冷静な分析を口にした。
「あの人たち、どこに越していったんだろう?」と、草川次郎が心配そうに言う。
「ウワサだけど、どこかのUR住宅とかに移るらしいわよ」
「賃貸組に仲間入りかぁ」と、俊介。その口調には、微量な皮肉が込められていた。
「これも、ウワサなんだけど……」と、麻衣が慎重に口を開いた。
「お向かいの空き家、AISMが購入するかもしれない――って」
「それ、情報源は?」
真弓が尋ねると、麻衣はちょっと考えるしぐさを見せて口を開いた。
「直美さん情報よ」
「オッ、それじゃ、かなり信ぴょう性あるなぁ」と、俊介がうなった。
「AISM」は、吉高ファミリーが住んでいる「愛クラウド住宅」や「シェアハウス」に特化して、放置された家屋などをリフォームして賃貸物件として売り出し、管理している会社だ。
AISMが乗り出したということは、吉高ファミリーと同じような複婚ファミリーが、お向かいに住むということになる。
それは、どんな家族なのか?
楽しみではあるが、同時に、少し不安でもあった。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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