西暦2072年の結婚〈21〉 ゴミ集積所のスキャンダル

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
麻衣と3人の夫たちが共棲する
吉高ファミリーは、町内では異色の
存在だった。真弓たちの複婚生活は、
周囲の単婚ファミリーが向けてくる
奇異の目との闘いの日々でもあった。
連載 西暦2072年の結婚
第21章 ゴミ集積所のスキャンダル

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冷蔵庫の扉に貼られたマグネットシートの下には、麻衣を抱きたい夫の言問いポストイットと、麻衣の返信シールが隠されている。
今夜は、だれが麻衣の寝室に足を忍ばせるのか?
つい、めくってみたくなる。
しかし、そうやって、麻衣の寝室の秘密を暴くことに、何の意味があるのか? それをやることによって失う「麻衣の3人目の夫」というプライドのほうが大きい。それに、秘密は秘密としてそっとしておくほうが、このハウスでの生活を楽しめるような気もする。
そう思ったので、真弓は、扉に伸ばした手をすっと引っ込めた。
干渉は、むしろハウスの外から真弓や麻衣たちに向けられた。
その週のゴミ出し当番は、立花真弓だった。
ゴミ集積所には、近所の主婦と思われる40~50代の女性が3人ほど集まって、世間話に興じているようだった。真弓が両手にゴミ袋をぶら下げて、「おはようございます」と近づくと、もっとも年配と思われるひとりが「あら……?」と声を挙げた。
「あなた、こないだ、吉高さんの家に引っ越して来た……」
「ホラ、あれよ」と、隣の40代と思われる女が声をひそめた。
「吉高さんの3人目の……」
「ああ、あれねェ」
最初の50代後半と思われる主婦が、老眼鏡の奥の目を光らせた。薄紫色に染めた髪の後ろ髪を片手でヒョイヒョイと直しながら、「いいわねェ」とつぶやくと、他の2人もウンウンというふうにうなずいた。
「夫が3人もいたんじゃ、吉高さんも大変ねェ……」
3人の中ではもっとも年下と思われる40代前半の女が、「大変ねェ」を妙に粘っこい発音で言う。いちばん年かさの薄紫女がそれをからかった。
「郁恵さん、うらやましいんでしょ?」
「いや、そんなことないですよ」
郁恵さんと呼ばれた女は、ムキになってそれを否定した。それを、もうひとりの40代がからかった。
「和田さんのとこ、もう2年もレスだとか言ってなかったっけ?」
彼女たちが吉高ファミリーにどういう種類の関心を抱いているのかわかったので、手にしたゴミ袋を集積所のネットの中に置くと、真弓はそそくさとその場を離れようとした。その背中に、年配の女性の声が飛んだ。
「新人さん、ガンバってね」
続いて、「何を?」「やだぁ」などという声と、笑い声が起こった。
今夜は、だれが麻衣の寝室に足を忍ばせるのか?
つい、めくってみたくなる。
しかし、そうやって、麻衣の寝室の秘密を暴くことに、何の意味があるのか? それをやることによって失う「麻衣の3人目の夫」というプライドのほうが大きい。それに、秘密は秘密としてそっとしておくほうが、このハウスでの生活を楽しめるような気もする。
そう思ったので、真弓は、扉に伸ばした手をすっと引っ込めた。
干渉は、むしろハウスの外から真弓や麻衣たちに向けられた。
その週のゴミ出し当番は、立花真弓だった。
ゴミ集積所には、近所の主婦と思われる40~50代の女性が3人ほど集まって、世間話に興じているようだった。真弓が両手にゴミ袋をぶら下げて、「おはようございます」と近づくと、もっとも年配と思われるひとりが「あら……?」と声を挙げた。
「あなた、こないだ、吉高さんの家に引っ越して来た……」
「ホラ、あれよ」と、隣の40代と思われる女が声をひそめた。
「吉高さんの3人目の……」
「ああ、あれねェ」
最初の50代後半と思われる主婦が、老眼鏡の奥の目を光らせた。薄紫色に染めた髪の後ろ髪を片手でヒョイヒョイと直しながら、「いいわねェ」とつぶやくと、他の2人もウンウンというふうにうなずいた。
「夫が3人もいたんじゃ、吉高さんも大変ねェ……」
3人の中ではもっとも年下と思われる40代前半の女が、「大変ねェ」を妙に粘っこい発音で言う。いちばん年かさの薄紫女がそれをからかった。
「郁恵さん、うらやましいんでしょ?」
「いや、そんなことないですよ」
郁恵さんと呼ばれた女は、ムキになってそれを否定した。それを、もうひとりの40代がからかった。
「和田さんのとこ、もう2年もレスだとか言ってなかったっけ?」
彼女たちが吉高ファミリーにどういう種類の関心を抱いているのかわかったので、手にしたゴミ袋を集積所のネットの中に置くと、真弓はそそくさとその場を離れようとした。その背中に、年配の女性の声が飛んだ。
「新人さん、ガンバってね」
続いて、「何を?」「やだぁ」などという声と、笑い声が起こった。

複婚を「可」とする民法改正が行われて、40年近くが経つ。
総務省に新設された住民統計局の発表によると、2033年の民法改正以降、新たに婚姻を届け出た新規婚姻件数の約23%が、配偶者が複数いる「複婚」であり、その件数は、年々、わずかずつではあるが増えているという。
しかし、「複婚」世帯は、数の上ではいまだ少数派だ。大衆の結婚に対する意識が大きく変化したか――と言うと、そうとも見えない。
多数派である「単婚派」は、「複婚派」をどこか蔑んだ目で見ているようなところも感じられた。
「一夫一妻」で子どもを1人か2人生んで、一生かけてマイホームのローンを払い続け、やがて子どもたちが巣離れしてしまうと、ホームを手放して介護付きの高齢者住宅に移り住む。
そんな生涯を幸せな人生のパターンとして描いている彼らにとって、複数の夫と妻と子どもが一緒に暮らしている「複婚」というスタイルは、どこか不純と感じられるのかもしれない。
町内20世帯のうち13世帯は、そんな「単婚」家庭で占められていた。残り7世帯の内、4世帯は「単身=未婚世帯」で、真弓たちのような「複婚」世帯は、3世帯だけだった。吉高ファミリー以外の2世帯の「複婚」家庭がどの家なのか、麻衣も、真弓も知らなかった。

「ああ、集積所にたむろしてるおばさんたちね。あいつらは、無視、無視」
その日の夕食の後、ゴミ集積所の話をすると、山辺俊介はそう言って手をヒラヒラと振った。俊介が近隣の住民たちにいい感情を持ってないことは、「あいつら」という言い方からも推測できた。
「保育園でもいろいろあったのよね」
横から、麻衣が口を添えた。
問題なのは、「複婚家庭」を「特殊な家庭」だとして差別的な視線を向ける「単婚主婦層」がいることだ――と、俊介は言う。
一度、俊介がキレたことがある。
それは、保護者会の席での、ある出席者の発言をめぐってだった。
「この園には、うちにはお父さんが2人いるとか3人いると言うお子さんもいらっしゃいますよね。うちの子が言うんですよ。どうして、うちにはお父さんがひとりしかいないの――って。家庭でどういうしつけをしてらっしゃるのかわかりませんが、うちの子がそういうおかしな考え方に汚染されてしまうのは、親として我慢ができません。そこでなんですが、たとえば、単婚家庭の子どもと複婚家庭の子どものクラスを分けるとか、園としても何か考えていただけないでしょうか?」
「汚染とは何ですか!」と、俊介が声を荒げた。会場には、他にも複数の複婚家庭の親が来ていて、俊介の声に「そうだ!」「取り消せ!」などの声が挙がり、会場は騒然となった。
「あなたたちが古い結婚観にしがみつくというのであれば、それは個人の自由ですから、どうぞご勝手にです。しかし、それでは、この国の少子化がもはや救いようがないと判断されたので、民法が改正され、複婚を認めようということになったのではありませんか? それをおかしいと言うあなたたちの頭のほうがおかしい」
俊介の言葉の勢いに単婚組の親たちからは、「頭がおかしいのはそっちでしょ!」という声も起こった。しかし、多くの者たちは顔色を失って口をつぐんだ。
その種の問題は、ひとり、努が通う保育園だけの問題ではなかった。
同種の問題が、保育園でも、小学校でも、そして各種の集合住宅でも起こっていた。
真弓が麻衣の夫となったのは、そういう時代だった。
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2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
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【左】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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