西暦2072年の結婚〈13〉 隠された「3人目の夫」

この小説には性的表現が含まれます。18歳未満の方はご退出を。
「3回目だから」とだれも招待しなかった
麻衣だが、「ダメだよ、それ」と友人の
鷲尾いずみにたしなめられた。「それじゃ、
隠された3人目がかわいそうじゃないか」
と言うのだ。招待客がひとり増えた——。
連載 西暦2072年の結婚
第13章 隠された「3人目の夫」

最初から読みたい方は、こちら から、前回から読みたい方は、こちら からどうぞ。
ひとりだけ、招待客が増えた。
吉高麻衣の友人で、過去2回の結婚のときにもお祝いに駆けつけた鷲尾いずみという女性だった。
「3回目だからもういいか」と、だれにも連絡を取らなかった麻衣だが、鷲尾いずみから「久しぶりに会って、食事でも……」と誘いの電話が入ったとき、「あ、でも、いま……ちょっと、いろいろと立て込んじゃってるんだよねェ……」と答えてしまった。
勘のいい友人・鷲尾いずみは、その返事と声の調子を聞いて、「まさか、麻衣ちゃん……」と声のトーンを上げた。
「また、結婚するとかいうんじゃないでしょうね?」
あまりにズバリと言い当てられて、麻衣は「ウッ」と声を詰まらせた。
「エッ、そのまさかなの?」
「ごめん。もう3回目だから、来てもらうのもわるいかな……って思って、連絡しなかったの」
「ダメだよ、それ!」
咄嗟に厳しい声が返ってきた。
「3人目だからいいか……って思ったとしたら、それってさ、3人目を私たちに対して隠したってことになるんだよ。少なくとも、この鷲尾いずみに対しては隠したってことになるわよね。3人目の夫にしてみれば、『オレは隠された3人目』っていう負い目が残るんじゃないの? かわいそうだよ、それ」
正論だ――と麻衣は思った。
鷲尾いずみという女は、いつも正論を吐く。それが、うとましいと感じられることもある。しかし、彼女が口にする正論は、しばしば、麻衣が犯そうとする過ちを驚くほどの正確さで撃ち抜き、麻衣を感服させ、麻衣の人生が軌道から逸れるのを修正してくれたりもした。
何度ぶつかり合っても、麻衣がいずみと友だちでい続けるのは、それが理由かもしれなかった。
鷲尾いずみの仕事は看護師だ。いまは、ホスピスで末期ガンの患者たちのケアにあたっている。最初は、大きな総合病院の外来病棟で看護師として働いていたが、患者にムダと思える検査を繰り返したり、不要と思えるクスリを投与したりして、保険点数を稼ごうとする病院の経営姿勢に疑問の声を挙げ、医師とぶつかり合ったりもしたため、職場にいづらくなった。
総合病院を辞して、ホスピスに転職したのは、延命を拒む重篤な患者に安らかな死を迎えさせる仕事に、看護師としての使命を感じたからでもあった。
そんなふうに正論を貫くいずみの生き方に、麻衣は共感を覚えてもいたので、「3人目だから……と結婚を披露しないのはおかしい」と指摘されて、「それもそうだ」と納得した。
そうして、結婚披露パーティの13人目の参加者が決まった。
吉高麻衣の友人で、過去2回の結婚のときにもお祝いに駆けつけた鷲尾いずみという女性だった。
「3回目だからもういいか」と、だれにも連絡を取らなかった麻衣だが、鷲尾いずみから「久しぶりに会って、食事でも……」と誘いの電話が入ったとき、「あ、でも、いま……ちょっと、いろいろと立て込んじゃってるんだよねェ……」と答えてしまった。
勘のいい友人・鷲尾いずみは、その返事と声の調子を聞いて、「まさか、麻衣ちゃん……」と声のトーンを上げた。
「また、結婚するとかいうんじゃないでしょうね?」
あまりにズバリと言い当てられて、麻衣は「ウッ」と声を詰まらせた。
「エッ、そのまさかなの?」
「ごめん。もう3回目だから、来てもらうのもわるいかな……って思って、連絡しなかったの」
「ダメだよ、それ!」
咄嗟に厳しい声が返ってきた。
「3人目だからいいか……って思ったとしたら、それってさ、3人目を私たちに対して隠したってことになるんだよ。少なくとも、この鷲尾いずみに対しては隠したってことになるわよね。3人目の夫にしてみれば、『オレは隠された3人目』っていう負い目が残るんじゃないの? かわいそうだよ、それ」
正論だ――と麻衣は思った。
鷲尾いずみという女は、いつも正論を吐く。それが、うとましいと感じられることもある。しかし、彼女が口にする正論は、しばしば、麻衣が犯そうとする過ちを驚くほどの正確さで撃ち抜き、麻衣を感服させ、麻衣の人生が軌道から逸れるのを修正してくれたりもした。
何度ぶつかり合っても、麻衣がいずみと友だちでい続けるのは、それが理由かもしれなかった。
鷲尾いずみの仕事は看護師だ。いまは、ホスピスで末期ガンの患者たちのケアにあたっている。最初は、大きな総合病院の外来病棟で看護師として働いていたが、患者にムダと思える検査を繰り返したり、不要と思えるクスリを投与したりして、保険点数を稼ごうとする病院の経営姿勢に疑問の声を挙げ、医師とぶつかり合ったりもしたため、職場にいづらくなった。
総合病院を辞して、ホスピスに転職したのは、延命を拒む重篤な患者に安らかな死を迎えさせる仕事に、看護師としての使命を感じたからでもあった。
そんなふうに正論を貫くいずみの生き方に、麻衣は共感を覚えてもいたので、「3人目だから……と結婚を披露しないのはおかしい」と指摘されて、「それもそうだ」と納得した。
そうして、結婚披露パーティの13人目の参加者が決まった。

ウエディングドレスもタキシードもない「結婚を祝う会」。
しかし、立花真弓は唯一持っている黒の礼服に深紅の蝶ネクタイを締め、吉高麻衣も一張羅の黒のワンピースの胸元に淡いパープルのバラのコサージュをあしらって、一応、「あらたまった服装」という程度には身なりを整えた。
ハウスの他の住人たちも、平服ではあるけれど、それなりにふたりへの祝福の気持ちを示そうという意思を感じさせる服装で宴に臨んだ。
式次第のようなものはなかったが、だれ言うとなく、唯一の来賓であるコンシェルジュ・直美仁美に、ひと言、スピーチしてもらって、乾杯の音頭をとってもらおうよ――ということになった。
いつもは黒のパンツ・スーツでシャープな姿を見せている直美コンシェルジュだが、この日は深紅のベッチンのワンピースといういでたちで、その胸には、ユリの花をモチーフにした銀のブローチが留められていた。
「きょうはフェミニンですね」
真弓が言うと、直美コンシェルジュは照れたような笑みを浮かべて言った。
「いつもは、女を捨てて仕事してますからね」
それを聞いて、麻衣がゆっくり首を振った。
「捨ててなんかいないと思いますよ。もし、直美さんが女捨ててたら、私、そんな人のマッチングなんか受けなかったと思う」
「それ、ホメ言葉と思っていいのかなぁ……?」
麻衣がうなずくと、直美コンシェルジュは、うれしそうに顔をほころばせた。

「きょうはお招きいただいてありがとうございます。そして、立花真弓さん、吉高麻衣さん、ご結婚、ほんとうにおめでとうございます」
直美コンシェルジュのあいさつは、そんな言葉から始まった。
「おふたりは、私が『I&You』のコンシェルジュとしてお世話させていただいた、ちょうど100組目のカップルになります」
「オーッ!」と、みんなから歓声が挙がった。
「こちらで一緒に暮らしていらっしゃる山辺俊介さんと吉高麻衣さんをマッチングさせていただいたのも、草川次郎さんと吉高麻衣さんを結びつけさせていただいたのも、私でした。こちらのトリプル婚をすべてお世話させていただいたわけで、なんだか、とても不思議なご縁を感じています」
「ありがとう。優秀なコンシェルジュさんのおかげで、みんな、ハッピーに暮らしていますよォ~」
山辺俊介が飛ばした合の手に、「優秀」と言われたコンシェルジュは、恥ずかしそうにほほ笑んで、頭を下げた。
「私が、ダブル婚やトリプル婚のカップリングをお世話するようになった頃、まだ、世間には、複婚に対する偏見もあり、その推進を図ろうとする私たちの業務に対して、さまざまないやがらせや妨害行為が行われたこともありました。それでも、国民の半数が結婚を望まなくなった、あるいは望んでもできなくなったといういまの社会で、何としてもこれ以上の少子化に歯止めをかけ、日本人を絶滅の危機から救うためには、みんなで力を合わせて子ども育てていこうという『複婚』の制度を推し進めるしかない。私たちはそう考えて、これまで、みなさんの出会いをお手伝いしてまいりました」
山辺俊介が草川次郎の肩をチョンと突いて、「なんか、選挙演説みたいになってきちゃったゾ」と、耳打ちした。
その声が聞こえたのかどうかはわからないが、そこから直美コンシェルジュの話がガラリと変わり、声のトーンも変わった。
「私がそうして関わらせていただいた100組の複婚家族の中で、こちらの吉高ファミリーは、私から見ても、うらやましくなるほどうまくいっているファミリーだと言っていいと思います。こんなファミリーの一員になら、私もなってみたい。そう思えるファミリーです。みなさんが幸せに暮らしている姿を拝見するたびに、私がやってきたこともムダではなかった、と感じることができて、私は、ほんとに……」
そこで、ちょっと声を詰まらせた。
コンシェルジュが連れてきたカメラマンが、その姿を、そしてそのスピーチを聞いて目を潤ませるファミリーひとりひとりの姿を、動画に収めていた。
「そんなファミリーの中心にいて、いつも太陽のように輝いているのは、山辺俊介さんの妻であり、草川次郎さんの妻であり、何よりも、努クンと由夢ちゃんのお母さんである吉高麻衣さんです。みなさんたちのファミリーが、幸せなファミリーの形を作り上げてこられたのも、ここにいらっしゃる麻衣さんの天然で、しかし、大胆で、何よりも慈愛に富んだ愛の力だと思います。そして、その愛を受けて、力強く彼女をサポートする山辺俊介さんの男気、繊細にその計画を実行に移し、色づけていく草川次郎さんのやさしい心根。見事なアンサンブルを奏でていたファミリーに、この度、めでたく6人目の家族が加わることになりました。私は、ここにおいでの立花真弓さんにお会いしたとき、直観的に確信したのです。この人なら、吉高ファミリーの一員として、きっとみなさんとうまくやっていけるに違いない――って。私はひとつだけ、立花さんに念を押したことがあります。吉高さんには、すでに2人の夫がいらっしゃいますが、吉高さんと結婚するということは、その2人の夫とも生活を共にすることになります。それを立花さんは気になさいますか――って。そのときの立花さんの返事を聞いて、私は、『この人なら』と確信を得たのです。そのときの立花さんの返事というのは……」
直美コンシェルジュがそこまで話したときだった。
山辺俊介の5歳の息子・努が、LDKに駆け込んできて、「ねェ」と父親の腕を引いた。
「玄関の外に、だれかいるよ」
その言葉に、全員が「エッ……!」と目を玄関に向けた。
⇒続きを読む
筆者の最新小説、キンドル(アマゾン)から発売中です。絶賛在庫中!

一生に一度も結婚できない「生涯未婚」の率が、男性で30%に達するであろう――と予測されている「格差社会」。その片隅で「貧困」と闘う2人の男と1人の女が出会い、シェアハウスでの共同生活を始めます。新しい仲間も加わって、築き上げていく、新しい家族の形。ハートウォーミングな愛の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。



【左】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



→この小説の目次に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 西暦2072年の結婚〈14〉 招かれざる婚礼の客 (2017/10/25)
- 西暦2072年の結婚〈13〉 隠された「3人目の夫」 (2017/10/17)
- 西暦2072年の結婚〈12〉 清貧の祝宴 (2017/10/11)