西暦2072年の結婚〈7〉 SEXを「試着」する

先方はおおむね好感を抱いたようだ、
と直美コンシェルジュは言う。
「それでですが」と直美が切り出したのは、
「フィッティング」の提案だった。
フィッティングとは、SEXの相性のテスト。
麻衣がそれを希望しているというのだ。
連載 西暦2072年の結婚
第7章 SEXを「試着」する

最初から読みたい方は、こちら から、前回から読みたい方は、こちら からどうぞ。
朝鮮半島の内戦が激化していた。
38度線をめぐる内戦ではない。最初は、北朝鮮内部の権力闘争だった。総書記の死後、跡目をだれに継がせるかで軍が2つに割れ、直系の娘を担ごうとする主流派と軍首脳の将軍を担ぎ出そうとする反主流派の間で衝突が起こった。その争いに韓国が巻き込まれた。反主流派を支援しようとするグループと主流派を支援しようとするグループが、韓国国内でもぶつかるようになり、そのうち、支援するグループと支援されるグループが、国境を越えて手を結び合うようになった。
こうなると、国境は意味をなさなくなる。北も南もなく、朝鮮半島全土が、両勢力がぶつかり合う戦場となった。北朝鮮は、すでに世界第4位の核保有国となっていたが、内戦では、その核の使いようもない。
そこへ、第三の勢力が現れた。跡目争いではなく、選挙で次期指導者を選べ――と主張する民主化グループで、そのグループを陰で後押ししていたのは、アメリカだった。朝鮮半島の紛争は、泥沼化する気配を見せていた。
中国は、はじめは主流派にテコ入れする構えを見せていたが、それどころではなくなった。香港で激化した民主化運動が、上海に飛び火し、人民解放軍の一部がそれに同調してストを起こし、さらには、台湾がそれを支援する構えを見せていた。
チベット、新疆ウイグル自治区では、独立運動が盛んになって、漢人排撃などの動きが起こっていた。
2020年代までは、何とか持っていた世界の安定と平和という構図が、崩れ始めていた。日本でも、一部に「徴兵制復活」を主張するグループが現れて、勢力を拡大する勢いを見せている。このまま、少子化が続けば、自衛隊が戦力不足に陥るという理由からだった。

「どうでした、吉高さんのご一家は?」
少しは、未婚率の上昇を食い止め、少子化に歯止めをかけようという理想に燃えているのかどうかはともかく、コンシェルジュの直美仁美は、立花の顔をのぞき込むように訊いてきた。その顔が、「とっとと決めちゃってくださいよね」と言っているようにも見えた。
「ええ、まあ……ほどほどに驚かされはしましたがね」
「あら、驚かされたんですか? 何に?」
「やたら、くそ生意気なガキ……あ、失礼、お子さんがいらっしゃったりして……」
「ああ、努クンのことでしょ?」
「おや、ご存じでしたか?」
「いや、麻衣さんからご報告をいただきましたのでね」
吉高麻衣から報告……? それは、もう返事が来ているということなのか?
38度線をめぐる内戦ではない。最初は、北朝鮮内部の権力闘争だった。総書記の死後、跡目をだれに継がせるかで軍が2つに割れ、直系の娘を担ごうとする主流派と軍首脳の将軍を担ぎ出そうとする反主流派の間で衝突が起こった。その争いに韓国が巻き込まれた。反主流派を支援しようとするグループと主流派を支援しようとするグループが、韓国国内でもぶつかるようになり、そのうち、支援するグループと支援されるグループが、国境を越えて手を結び合うようになった。
こうなると、国境は意味をなさなくなる。北も南もなく、朝鮮半島全土が、両勢力がぶつかり合う戦場となった。北朝鮮は、すでに世界第4位の核保有国となっていたが、内戦では、その核の使いようもない。
そこへ、第三の勢力が現れた。跡目争いではなく、選挙で次期指導者を選べ――と主張する民主化グループで、そのグループを陰で後押ししていたのは、アメリカだった。朝鮮半島の紛争は、泥沼化する気配を見せていた。
中国は、はじめは主流派にテコ入れする構えを見せていたが、それどころではなくなった。香港で激化した民主化運動が、上海に飛び火し、人民解放軍の一部がそれに同調してストを起こし、さらには、台湾がそれを支援する構えを見せていた。
チベット、新疆ウイグル自治区では、独立運動が盛んになって、漢人排撃などの動きが起こっていた。
2020年代までは、何とか持っていた世界の安定と平和という構図が、崩れ始めていた。日本でも、一部に「徴兵制復活」を主張するグループが現れて、勢力を拡大する勢いを見せている。このまま、少子化が続けば、自衛隊が戦力不足に陥るという理由からだった。

「どうでした、吉高さんのご一家は?」
少しは、未婚率の上昇を食い止め、少子化に歯止めをかけようという理想に燃えているのかどうかはともかく、コンシェルジュの直美仁美は、立花の顔をのぞき込むように訊いてきた。その顔が、「とっとと決めちゃってくださいよね」と言っているようにも見えた。
「ええ、まあ……ほどほどに驚かされはしましたがね」
「あら、驚かされたんですか? 何に?」
「やたら、くそ生意気なガキ……あ、失礼、お子さんがいらっしゃったりして……」
「ああ、努クンのことでしょ?」
「おや、ご存じでしたか?」
「いや、麻衣さんからご報告をいただきましたのでね」
吉高麻衣から報告……? それは、もう返事が来ているということなのか?
「先方は何かおっしゃっていましたか?」
「そうですね……」と、コンシェルジュは、手元のファイルを繰って、何やらウンウンとうなずく。
「みなさん、おおむね、好感を持ってくださったようですよ。ああ、努クンも気に入ったようですねェ」
「ああ、あの生意気な男の子ですか?」
「おじさんが来たら、サッカー教えてもらえる――って、楽しみにしてるようですよ」
「何だ、そっちか」
「でも、吉高ファミリーにとっては、子どもたちが受け入れてくれるかどうかが、いちばんのポイントらしいですから」
やっぱりな……と、立花は思った。ファミリーの意思決定のカギは、あのガキが握っているのだ。
吉高麻衣という女と結婚するということは、あのガッシリした体格の山辺俊介と飲み仲間になるということであり、その息子・努のサッカーのコーチ役を務めるということでもある。
草川次郎とどういう関係になるかは、いまのところ、想像がつかない。立花より11歳も若いWEBデザイナーは、どこか、山辺に遠慮してモノを言っているようなところもあり、その山辺よりも年上の立花が、もしかしたら麻衣の新しい夫になるかもしれないということを、どこか警戒しているようにも見える。
吉高麻衣をめぐっては、年上の山辺俊介がどちらかと言うと彼女をリードする役目を負い、草川次郎は彼女を崇拝してその後に従っている。それで、全体のバランスがとれているようでもある。
そこへ、自分という人間が入っていったら、そのバランスはどう変わってしまうのか?
立花真弓が抱く不安は、そこにあった。

「それでなんですがね、立花さん……」
直美コンシェルジュが、少し言いにくそうに立花の顔を見て、声をひそめた。
「吉高さんは、あなたとのフィッティングをご希望されてるんですよ」
「フィ……何ですって?」
「フィッティングです。つまり……ですね、あなたとの、何と言いますか、性的相性ですね。それを、事前に確かめておきたいっておっしゃるんですよ」
「エッ、ということは……」
立花は思わずむせそうになった。
「つまり、セックスをテストするっていうことですか?」
「ハイ。吉高さんは、それがけっこう重要だと考えていらっしゃるようですよ」
「ウワァ……それ、あんまり、自信ないんだけど……」
答えながら、立花は、小沢のガッシリした体形を頭に浮かべた。とても、あいつにはかなわないだろうな――と思って首を振ると、直美コンシェルジュがその様子を見て、クスリ……と笑った。
「自信はないほうがいいようですよ。フィッティングっていうのは、性的能力をテストするのが目的じゃなくて、肌が合うかどうかをチェックするのが目的なんです。たいていの場合、自信たっぷりっていう感じの男性は、はねられてしまうことが多いみたいですよ」
「そうなんですか」と答えながら、ここで変に安心して見せるのも情けない。立花は、気を落ち着かせて、「それで……」と尋ねた。
「そのフィッテイングのために、家に来てほしい――ってことですか?」
「いえいえ、それだとみなさんの目が気になるでしょうから、ま、どこかで……ということになるでしょうね。吉高さんは、当社のフィッティング・ルームでいいっておっしゃってますけど、立花さんはどうなさいます?」
「フィッティング・ルーム?」
思わず、大きな声が出た。
「そんなものがあったんですか? まさか、試着室みたいな、その……カーテンで仕切っただけの個室なんてのじゃないでしょうね?」
「アハハ……とんでもない」と、今度は、声を出して笑われた。
「上のワンフロアを、まるまるフィッティング・フロアとしてご用意してるんですよ。自慢じゃないですけど、そこらのホテルより、よほどしっかりした個室になってます。ここだけの話なんですけどね……」
そこで、直美コンシェルジュは声をひそめた。
「フィッティング・ルーム目的で、当社に入会される方もいらっしゃるんですよ」
つまり、それは、いろんな相手と「フィッティング」することを目的に、「I&You」を利用する客もいるということだ。
なるほど……と思いながら、立花は、ちょっとだけ気になることを口にした。
「あの……フィッティングってことは、その結果がどうだったかを直美さんにご報告することになるわけですか?」
「いいえ」と、また笑われた。
「弊社は、セックス・コンサルタントではありませんから、そんなことまではお尋ねしません。おふたりが、その結果を踏まえて、総合的に判断していただければ――」
「そうですか」と答えながら、立花は「では……」と背中を伸ばした。
「それでお願いします」
「I&You」のスタッフに「それ」と知られながら、フィッティング・ルームで吉高麻衣とセックスを試す。少し照れくさくはあるが、どこか、エキサイティングな決断でもあった。
⇒続きを読む
「そうですね……」と、コンシェルジュは、手元のファイルを繰って、何やらウンウンとうなずく。
「みなさん、おおむね、好感を持ってくださったようですよ。ああ、努クンも気に入ったようですねェ」
「ああ、あの生意気な男の子ですか?」
「おじさんが来たら、サッカー教えてもらえる――って、楽しみにしてるようですよ」
「何だ、そっちか」
「でも、吉高ファミリーにとっては、子どもたちが受け入れてくれるかどうかが、いちばんのポイントらしいですから」
やっぱりな……と、立花は思った。ファミリーの意思決定のカギは、あのガキが握っているのだ。
吉高麻衣という女と結婚するということは、あのガッシリした体格の山辺俊介と飲み仲間になるということであり、その息子・努のサッカーのコーチ役を務めるということでもある。
草川次郎とどういう関係になるかは、いまのところ、想像がつかない。立花より11歳も若いWEBデザイナーは、どこか、山辺に遠慮してモノを言っているようなところもあり、その山辺よりも年上の立花が、もしかしたら麻衣の新しい夫になるかもしれないということを、どこか警戒しているようにも見える。
吉高麻衣をめぐっては、年上の山辺俊介がどちらかと言うと彼女をリードする役目を負い、草川次郎は彼女を崇拝してその後に従っている。それで、全体のバランスがとれているようでもある。
そこへ、自分という人間が入っていったら、そのバランスはどう変わってしまうのか?
立花真弓が抱く不安は、そこにあった。

「それでなんですがね、立花さん……」
直美コンシェルジュが、少し言いにくそうに立花の顔を見て、声をひそめた。
「吉高さんは、あなたとのフィッティングをご希望されてるんですよ」
「フィ……何ですって?」
「フィッティングです。つまり……ですね、あなたとの、何と言いますか、性的相性ですね。それを、事前に確かめておきたいっておっしゃるんですよ」
「エッ、ということは……」
立花は思わずむせそうになった。
「つまり、セックスをテストするっていうことですか?」
「ハイ。吉高さんは、それがけっこう重要だと考えていらっしゃるようですよ」
「ウワァ……それ、あんまり、自信ないんだけど……」
答えながら、立花は、小沢のガッシリした体形を頭に浮かべた。とても、あいつにはかなわないだろうな――と思って首を振ると、直美コンシェルジュがその様子を見て、クスリ……と笑った。
「自信はないほうがいいようですよ。フィッティングっていうのは、性的能力をテストするのが目的じゃなくて、肌が合うかどうかをチェックするのが目的なんです。たいていの場合、自信たっぷりっていう感じの男性は、はねられてしまうことが多いみたいですよ」
「そうなんですか」と答えながら、ここで変に安心して見せるのも情けない。立花は、気を落ち着かせて、「それで……」と尋ねた。
「そのフィッテイングのために、家に来てほしい――ってことですか?」
「いえいえ、それだとみなさんの目が気になるでしょうから、ま、どこかで……ということになるでしょうね。吉高さんは、当社のフィッティング・ルームでいいっておっしゃってますけど、立花さんはどうなさいます?」
「フィッティング・ルーム?」
思わず、大きな声が出た。
「そんなものがあったんですか? まさか、試着室みたいな、その……カーテンで仕切っただけの個室なんてのじゃないでしょうね?」
「アハハ……とんでもない」と、今度は、声を出して笑われた。
「上のワンフロアを、まるまるフィッティング・フロアとしてご用意してるんですよ。自慢じゃないですけど、そこらのホテルより、よほどしっかりした個室になってます。ここだけの話なんですけどね……」
そこで、直美コンシェルジュは声をひそめた。
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つまり、それは、いろんな相手と「フィッティング」することを目的に、「I&You」を利用する客もいるということだ。
なるほど……と思いながら、立花は、ちょっとだけ気になることを口にした。
「あの……フィッティングってことは、その結果がどうだったかを直美さんにご報告することになるわけですか?」
「いいえ」と、また笑われた。
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「そうですか」と答えながら、立花は「では……」と背中を伸ばした。
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中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



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