西暦2072年の結婚〈6〉 おじさんもママと寝るの?

暮らすクラウド・ハウス。訪ねた立花に
1人目の夫・山辺の子ども・努が、訊いた。
「おじさんもママと寝るの?」
思ったことを口にせずにはいられない
この子が、一家の意思を大きく左右して
いるらしい——と、立花は直観した。
連載 西暦2072年の結婚
第6章 おじさんもママと寝るの?

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「立花さんは、いままで一度もないんですか?」
ズバリと訊いてきたのは、山辺俊介。吉高麻衣の最初の夫だった。立花より3つ年下だが、ファミリーの中ではいちばん風格があるように見える。
結婚歴を訊かれたと思ったので、立花は、「まさか……」と答えた。
「エッ、そうなの?」と、麻衣が驚いたように声を挙げる。
「なんだ、結婚してたんですか?」と言うので、立花は慌てて首を振った。
「あ、そっちですか? それはないですよ」
「ハハハ……」と、山辺が声を挙げて笑った。

2070年に厚生労働省が発表した「人口動態統計調査」では、30歳を超えて「性経験なし」が、男性で38%、女性で41%を越えていた。「性を忘れた日本人」が、マスコミでしばしば取り上げられた。
市場には、恋人がいなくても性的欲望が満たせるさまざまなグッズがあふれていた。
VR(バーチャル・リアリティ)とロボットを連動させた人気商品もあった。あたかも目の前に恋人がいるような錯覚に陥らせ、ロボットが性器に絶妙な刺激を加える。その刺激の絶妙さは、手術ロボットの開発などで練り上げられた日本のロボット技術の粋とも言えた。
中の上以上の階層では、「SEX付き家事ロボット」を利用する単身者も少なくなかった。ほとんど人間の皮膚と変わらない人工皮膚で覆われたロボットは、高性能のAI(人工知能)を内蔵していて、相手の言葉の調子や表情から、必要な行動を選び取ることができた。
家事の中ではもっとも複雑な知的作業を求められるのは料理だが、最新の家事ロボットは、1万点以上のレシピを記憶し、しかもそのレシピを相手の気分や体調に合わせて選ぶだけでなく、味付けまでも微妙に変えることができた。
「この前、あなた、しょっぱいと言ったから、少し、薄味にしましたよ」なんてことを、流ちょうな日本語でしゃべることもできる。
夜になると、このロボットは、SEXの相手も務める。それも、ただ機械的に務めるのではない。相手の言葉や表情、さらには血中のテストステロンやエストロゲンといった性ホルモンの濃度まで読み取って、「この人はSEXを求めているかどうか?」「それは激しいSEXか、ソフトなSEXか?」などを判断して、それにふさわしい性的行動をとる。
それらのロボットは、その顔立ちから体つきまで、実にリアルに、精妙に作られていた。中には、実在のタレントなどをモデルに、3Dプリントの技術を使って本物そっくりに作られたものもあって、モデルにされたタレントとの間で、肖像権侵害の裁判沙汰になったものもあった。
もっとも、こういう「SEX付き家事ロボット」は、一体数百万円から、高いものだと一千万円を超えるものもある。中流の上~上流クラスでないと手が出せない。
立花たちが属する下流クラスでは、せいぜい、低価格のVR付きバイブレーター(2~3万円)で欲望を満たす程度だろう。しかし、そのVRに使用されるコンテンツが、男性向け、女性向けともに充実していて、リアルな「男vs女」の関係を「面倒くさい」と感じる若年層には、かなり受けているという。
恋愛からも、SEXからも、どんどんリアルが失われていく。
そんな時代を生きている自分たちだから、山辺に訊かれた質問も、そのことに触れているのかと思ったのだった。立花は、勘違いをしてしまった自分が、少し恥ずかしくなった。
ズバリと訊いてきたのは、山辺俊介。吉高麻衣の最初の夫だった。立花より3つ年下だが、ファミリーの中ではいちばん風格があるように見える。
結婚歴を訊かれたと思ったので、立花は、「まさか……」と答えた。
「エッ、そうなの?」と、麻衣が驚いたように声を挙げる。
「なんだ、結婚してたんですか?」と言うので、立花は慌てて首を振った。
「あ、そっちですか? それはないですよ」
「ハハハ……」と、山辺が声を挙げて笑った。

2070年に厚生労働省が発表した「人口動態統計調査」では、30歳を超えて「性経験なし」が、男性で38%、女性で41%を越えていた。「性を忘れた日本人」が、マスコミでしばしば取り上げられた。
市場には、恋人がいなくても性的欲望が満たせるさまざまなグッズがあふれていた。
VR(バーチャル・リアリティ)とロボットを連動させた人気商品もあった。あたかも目の前に恋人がいるような錯覚に陥らせ、ロボットが性器に絶妙な刺激を加える。その刺激の絶妙さは、手術ロボットの開発などで練り上げられた日本のロボット技術の粋とも言えた。
中の上以上の階層では、「SEX付き家事ロボット」を利用する単身者も少なくなかった。ほとんど人間の皮膚と変わらない人工皮膚で覆われたロボットは、高性能のAI(人工知能)を内蔵していて、相手の言葉の調子や表情から、必要な行動を選び取ることができた。
家事の中ではもっとも複雑な知的作業を求められるのは料理だが、最新の家事ロボットは、1万点以上のレシピを記憶し、しかもそのレシピを相手の気分や体調に合わせて選ぶだけでなく、味付けまでも微妙に変えることができた。
「この前、あなた、しょっぱいと言ったから、少し、薄味にしましたよ」なんてことを、流ちょうな日本語でしゃべることもできる。
夜になると、このロボットは、SEXの相手も務める。それも、ただ機械的に務めるのではない。相手の言葉や表情、さらには血中のテストステロンやエストロゲンといった性ホルモンの濃度まで読み取って、「この人はSEXを求めているかどうか?」「それは激しいSEXか、ソフトなSEXか?」などを判断して、それにふさわしい性的行動をとる。
それらのロボットは、その顔立ちから体つきまで、実にリアルに、精妙に作られていた。中には、実在のタレントなどをモデルに、3Dプリントの技術を使って本物そっくりに作られたものもあって、モデルにされたタレントとの間で、肖像権侵害の裁判沙汰になったものもあった。
もっとも、こういう「SEX付き家事ロボット」は、一体数百万円から、高いものだと一千万円を超えるものもある。中流の上~上流クラスでないと手が出せない。
立花たちが属する下流クラスでは、せいぜい、低価格のVR付きバイブレーター(2~3万円)で欲望を満たす程度だろう。しかし、そのVRに使用されるコンテンツが、男性向け、女性向けともに充実していて、リアルな「男vs女」の関係を「面倒くさい」と感じる若年層には、かなり受けているという。
恋愛からも、SEXからも、どんどんリアルが失われていく。
そんな時代を生きている自分たちだから、山辺に訊かれた質問も、そのことに触れているのかと思ったのだった。立花は、勘違いをしてしまった自分が、少し恥ずかしくなった。

「訊き方がわるかったですよね。でも、よかったです」
「何がですか?」
「立花さんが、リアルに男やってるみたいだから。ね、麻衣ちゃん?」
どうやら、山辺という男は、率直にモノを言うタイプらしい。
「ね?」と同意を求められた麻衣は、「バカ……」とひと言つぶやいて、ちょっと頬を赤らめた。
山辺は吉高麻衣を「麻衣ちゃん」と呼び、草川次郎は「ママ」と呼ぶ。何となく、ハウス内の力関係が想像できた。
「ちょっと家の中を案内しましょうか?」
麻衣の言葉に、「そうだね」と男たちがうなずき、腰を上げようとしたそのときだった。それまで興味深そうに、おとなたちの会話を聞いていた男の子が、「ねェ、ねェ」と声を発して、隣にいる父親である山辺の顔を見上げ、そして麻衣の顔を見た。
「このおじさんも、ママと一緒に寝るの?」
もう5歳だ。おとなたちの関係について、薄々、何かを感じ取っているに違いない。
「こら……」と山辺が諫めようとしたが、「ママ」と呼ばれた麻衣は、じっとその瞳を覗き込み、そして言った。
「努ちゃんが、このおじさんを好きになってくれて、みんなが新しいお父さんとしてお迎えしてもいいよって言ってくれたら……ね」
「フーン……」
5歳の男の子は、年齢相応に神妙な顔をして、立花の全身をつま先から頭のてっぺんまで、穴が開くんじゃないか――というほど凝視した後で、突然、意外な質問を発した。
「おじさんって、サッカーできる?」
「やるよ。高校生のときは、サッカー部の選手だったんだよ」
その目が少し輝いたように見えた。
「わるくないね」
子どもらしくない口の利き方を、山辺が再び、「コラ」とたしなめた。
どうやら、この生意気なガキは、ファミリーの意思決定に少なからぬ影響を及ぼしているようだ――と、立花は直観した。

吉高麻衣が案内したのは、まず、1階の浴室とトイレ、洗面室。そして、いまは、努と由夢、ふたりの子どもが使っている子ども部屋。その子ども部屋と廊下を隔てた向かい側に設けられた麻衣の寝室。
「どうぞ」と言われて、立花は、部屋の中に足を踏み入れた。瞬間、鼻腔を甘い香りがくすぐった。フレグランスの発する人工的な香りではない。ミルクのような、甘酸っぱい香り。やさしく官能を揺り起こすような、そして、どこかホッと安心するようなその香りは、きっと、麻衣の体から発せられたものに違いない。
6畳ほどの部屋には、セミダブルのベッドと、質素な白木のチェストが置かれ、壁の一面はクローゼットになっていた。
チェストの上には、吉高ファミリーの全員が写った写真が、フォトスタンドに入れて立てかけられている。その横には、小さな江戸切子の一輪挿し。白く、可憐な十字型の花がほのかな香りを放っていた。
あの写真に、自分も加わることになるのだろうか?
そして、このベッドで、自分は、5歳の努が訊いたように、麻衣の体と重なることになるのだろうか?
それを想像すると、立花の体はちょっとムズッとなった。
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みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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