西暦2072年の結婚〈5〉 かりそめの「兄弟盃」

暮らしているのは、「放置住宅」を
リフォームした複婚家族向け住宅だった。
訪問した立花を全員が出迎えた。中で、
ひときわガッシリした体つきの山辺が、
立花にビールを勧めながら言うのだった。
「とりあえず、義兄弟の盃ってことで」。
連載 西暦2072年の結婚
第5章 かりそめの「兄弟盃」

最初から読みたい方は、こちら から、前回から読みたい方は、こちら からどうぞ。
吉高麻衣は、築27年という戸建て住宅を家賃7万円で借りて、住んでいた。
管理しているのは、「AISM」という会社。「AISM」で「アイスム(=愛住む)」と読ませるらしい。
不動産会社だが、扱っている物件がちょっと変わっている。新築物件や一般集合住宅は扱わず、最初は、もっぱら「シェアハウス」や「ゲストハウス」に特化した営業で、業界に一石を投じた。
「AISM」がその営業に特化することに決めた2010年代は、賃貸物件、新築物件ともに空き家率が20%を越えたことが問題視され始めた時代だった。特に問題とされたのは、戸建て住宅が相続されることなく放置されてしまう「放置住宅」の問題だった。
「AISM」は、その「放置住宅」をリフォームして、「シェアハウス」などとして活用する営業を開始し、それが当たった。
2033年の民法改正で「重婚」が解禁されると、その結果生まれた「複婚家族」の住居として、「AISM」が提供する「シェアハウス」が注目されるようになった。「AISM」はそれを「愛クラウド住宅」として、大々的に売り出した。
吉高麻衣の住む「愛クラウド住宅」の間取りは、5LDK。2階の3部屋を現在は2人の夫たちが使い、1部屋が空いている。1階には、12畳ほどのLDKと子ども部屋、妻の寝室が、それぞれ独立して配置されていた。
リフォームされているので、外装だけからは、それが築27年の放置住宅だったとは、とても思えない。はげ落ちかかったモルタルの壁を廃材利用の焼杉で覆った外観は、和のテイストの新築住宅のようにも見える。
表札には、「Sharing with」と記され、その下に3人の名前が列記されていた。
筆頭は、吉高麻衣。その隣に、山辺俊介、草川次郎。この山辺と草川というのが、現在の彼女の夫たちなのだろう。
よく晴れた日曜日の午後、立花真弓は、その玄関のドアホンを鳴らした。
管理しているのは、「AISM」という会社。「AISM」で「アイスム(=愛住む)」と読ませるらしい。
不動産会社だが、扱っている物件がちょっと変わっている。新築物件や一般集合住宅は扱わず、最初は、もっぱら「シェアハウス」や「ゲストハウス」に特化した営業で、業界に一石を投じた。
「AISM」がその営業に特化することに決めた2010年代は、賃貸物件、新築物件ともに空き家率が20%を越えたことが問題視され始めた時代だった。特に問題とされたのは、戸建て住宅が相続されることなく放置されてしまう「放置住宅」の問題だった。
「AISM」は、その「放置住宅」をリフォームして、「シェアハウス」などとして活用する営業を開始し、それが当たった。
2033年の民法改正で「重婚」が解禁されると、その結果生まれた「複婚家族」の住居として、「AISM」が提供する「シェアハウス」が注目されるようになった。「AISM」はそれを「愛クラウド住宅」として、大々的に売り出した。
吉高麻衣の住む「愛クラウド住宅」の間取りは、5LDK。2階の3部屋を現在は2人の夫たちが使い、1部屋が空いている。1階には、12畳ほどのLDKと子ども部屋、妻の寝室が、それぞれ独立して配置されていた。
リフォームされているので、外装だけからは、それが築27年の放置住宅だったとは、とても思えない。はげ落ちかかったモルタルの壁を廃材利用の焼杉で覆った外観は、和のテイストの新築住宅のようにも見える。
表札には、「Sharing with」と記され、その下に3人の名前が列記されていた。
筆頭は、吉高麻衣。その隣に、山辺俊介、草川次郎。この山辺と草川というのが、現在の彼女の夫たちなのだろう。
よく晴れた日曜日の午後、立花真弓は、その玄関のドアホンを鳴らした。

「はーい」
中から、元気のいい声がして、ドタドタ……と足音が響いた。その足音がひとつじゃない。軽いのもあれば、重いのもある。ドスドスもあれば、ペタペタもある。それらが一斉に、玄関に向かって突進してくる気配が感じられた。
立花真弓は、一瞬、たじろいだ。
「みんながそろってるから、日曜日がいいわ」
吉高麻衣にそう言われ、「話は早いほうがいいから」と、その日の訪問が決まった。
訪問は約束していたが、彼女の家族との面会は、もっとさりげなく行われるだろう――と、立花は予測していた。しかし、ドアホンを鳴らした途端に部屋の中で起こった地響きのような足音は、それが、少しもさりげなくはないことを物語っていた。
「どうぞ」と言われてドアを開けると、そこには、吉高ファミリーの全員が勢ぞろいしていた。
真ん中で「いらっしゃい」とほほ笑む吉高麻衣。その右隣で、やや背の高いガッシリした体格の男が、片手を腰に当て、もう一方の手を横に立った男の子の背中に当てていた。たぶん、その子は、男と麻衣の間にできた最初の子どもだろう。
不思議そうに立花の顔を見ていたその子が、隣の父親のシャツの裾をチョンチョンと引っ張って、顔を見上げながら言う。
「お兄ちゃんじゃないじゃん」
「コラ!」
隣の男がその頭をコツンとやって、ペコリと頭を下げる。
「すみません。新しいお兄ちゃんが来るって言っちゃったもんですから。あ、私は、山辺と言います。そして、こいつが、息子の努です」
「はじまして。立花と申します。ごめんね、お兄ちゃんじゃないんだ。おじちゃんなんだよ」
少し腰を屈めて言うと、その子はコクッと首を動かして、右手をゆっくり持ち上げた。握手でもしようというのかと思ったが、どうもそうではないらしい。その手は拳の形に握られたままだ。立花は、その右手に向かって、自分もグゥの形に握った拳を差し出した。
「イエーイ!」と言うので、立花も「イエーイ!」と口に出して拳を合わせた。
その様子を、麻衣がおかしそうに見ている。その右手は、小さな女の子の手を引いていた。
「こんにちは」と声をかけると、恥ずかしそうにうつむいて母親のスカートの陰に隠れようとする。
「この子が由夢。こちらが、父親の草川次郎です」
麻衣の紹介を受けて、左端に立った男が「どうも」と頭を下げた。ガッシリした山辺とは対照的な、ヒョロッとした体形。目にかけた分厚いメガネの奥で、小さな目が神経質そうに瞬いていた。

「玄関じゃなんだから、上がってもらったら、麻衣ちゃん?」と言い出したのは、山辺と名乗った男だった。
「そうね」と麻衣が立花にスリッパを用意し、足元に置く。草川と名乗った男は麻衣の手から女の子を受け取って抱き上げ、「どうぞ」と立花を先に行かせようとする。
それだけで、何となく、ファミリーの人間関係がうかがい知れた。
12畳はあるというLDKには、6人がゆったり座れるだけの大きなダイニングテーブルが置かれ、東側の隅には、L字型の4人がけのソファが置かれ、その前に30インチのTVが配置されていた。
立花が勧められた席に座ると、山辺と名乗った男が、「いいでしょ、麻衣ちゃん?」と冷蔵庫に立った。
「エッ、もう?」
「とりあえず、お近づきに――ってことでさ、一杯だけ。立花さん、やる口でしょ?」
「もう、しょうがないわね。彼はいつもああいう調子なんですよ。立花さん、大丈夫ですか?」
「あ、私は大丈夫ですが……」
「じゃ、ひとりロング缶1本ずつね。まだ、昼間なんだから」
言われた山辺が、立花の顔を見て、眉をしかめて見せた。
「うちのビッグ・ママ、けっこう、管理厳しいんですよ。あ、ドライでいいですか?」
「あ、銘柄には特にこだわりがないですから」
山辺がロング缶を4本取り出すと、麻衣は、食器棚からタンブラーを4客出してテーブルの銘々の席に置き、別にマグカップを2客、取り出して子どもたちの前に置いた。
山辺がロング缶を開けて、タンブラーをビールで満たす間、麻衣は冷蔵庫から取り出したジュースをマグカップに注いだ。
「じゃ、立花さん。ようこそ、わたしたちのクラウド・ハウスへ」
麻衣のあいさつで、それぞれが自分たちのタンブラーとマグカップを目の高さに上げると、山辺がひと言、付け加えた。
「とりあえず、仮盃ってことで」
「エッ、何の?」と、麻衣が言う。
「義兄弟のだよ」
「それ、まだ早いっしょ」
麻衣の言葉に、今度は、草川が口をはさんだ。
「でも、家まで連れて来たの、立花さんが初めてだから。麻衣さん、よっぽど気に入ったんですよ」
「だな……」と、山辺がうなずいた。
「勝手に人の気持ちまで決めつけない!」
ビッグ・ママと言われた吉高麻衣は、プイと怒って見せた。
⇒続きを読む
筆者の最新小説、キンドル(アマゾン)から発売中です。絶賛在庫中!

一生に一度も結婚できない「生涯未婚」の率が、男性で30%に達するであろう――と予測されている「格差社会」。その片隅で「貧困」と闘う2人の男と1人の女が出会い、シェアハウスでの共同生活を始めます。新しい仲間も加わって、築き上げていく、新しい家族の形。ハートウォーミングな愛の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。



【左】『聖少女~六年二組の神隠し』
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



→この小説の目次に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 西暦2072年の結婚〈6〉 おじさんもママと寝るの? (2017/09/01)
- 西暦2072年の結婚〈5〉 かりそめの「兄弟盃」 (2017/08/20)
- 西暦2072年の結婚〈4〉 「ロボット力」vs「天然力」 (2017/08/14)